第78話 ケリーナダンジョン③支配と共存
大蛇にワニ、触れと言われたが拒否させていただいた。
下の階では土人形ちゃんなら、魔物にタッチをするのはやぶさかではないと思った。
けどさー、蛇やワニは触らなくてもいいでしょ。
だってさ、ドロップ品て、その魔物に関係するものが出るわけだよ! 大蛇やワニのドロップ品なんか欲しくないでしょ、絶対!
わたしはもふもふの毛のあるものは好きだが、毛のないものは得意じゃない。ツルピカドラゴンをかわいいと思えたことが稀なのだ。
わたしはシヴァから降りないことを誓ったよ、この階ではね。みんな残念そうだったが、わたしが嫌がったので諦めた。
それにしても父さまも本当に強かったんだね。わたしが10人ぐらいの太さの蛇を剣でスパッと切ったよ。事切れた大蛇は急に白目になり、顔が落ちてきて地面を叩いた。夢にみそうだよ。
「ごめんね、シヴァ」
「どうしたんですか?」
「仕留めたい、でしょ?」
「こうしてお嬢を守れて、光栄ですよ?」
そう言って優しく微笑む。もう片方の手で持った剣で蛇を串刺しにしながら。
うう、台詞と背景のギャップがっ。
「シヴァ、伏せろ!」
父さまの大声。
シヴァがわたしを抱えたまま身を伏せた。上を何かが通った。
もふさまが走ってきて、飛んできた何かを尻尾で打ち上げる。
『ヒンヒだ。知能が高い、気を付けろ』
もふさまの注意が飛ぶ。手足の長い、ヒヒみたいな生き物だ。
目の周りがお化粧をしたみたいに赤い。
さっきから絶え間なく飛んでくる何かは、そのヒンヒが投げていた。
熟れた果物みたいなものだ。それは切られたり、打たれたりして飛んでいって地面に落ちて割れると、ぐちゃっと中身が出て、そこから悪臭が出ている。鑑定をかける。
ペリドの実:匂いは強いが、美味。果肉が体や衣服につくと3日は匂いがとれない。中にある種から神経を麻痺させる薬を作ることができるので高価。ペリドの木をヒンヒが守っているので市場にはなかなか出回らない。
「土人形、ペリドの実を回収!」
潰れた実は種だけを、傷のない実は丸ごと回収させる。
『どうした、この実が欲しいのか?』
わたしはもふさまに鑑定の結果を伝えた。
『鑑定とは便利なものだな』
もふさまはそういって、ヒンヒを1匹倒した。茶色の魔石が落ちた。
わたしが話してから、みんな飛んでくるペリドの実を避けまくっている。そりゃ3日も匂いが落ちなかったら嫌だよね。相当臭いし。
「くっ、サイだ!」
父さまは実が当たっちゃったのだろうか?
「アラン、ロビン、土魔法で足止めしろ」
兄さまが双子に指示を出す。
足止め? と兄さまがいる方を見ると、新手がいた。4つ足の……見るからに、サイ。
父さまはサイが来たと言ったのか、紛らわしい。
サイの足元が波打った。おじいさまがあしどめされたサイの背中に剣を立てる。
おおー、煙になった。
「キャッキャ」
「ギャ」
「キャッ」
ヒンヒたちがうるさくなった。後ろの方から、ゴリラのような手をついた独特の歩き方で、真っ赤なヒンヒがやってきた。
「どうやら、あれがこの階の試練になるらしい」
ボスヒンヒ:戦闘狂。戦うことが大好き。強い者が好き。目が合うと威嚇せずにはいられない。腕の筋肉が強いので接近戦には注意。首に腕を絡められたら折れる確率大。
チンピラ属性かい。ボスヒンヒって、本当にゲームみたいだ。いや、現実のことってわかっているよ?
「ボス、目、合わせちゃダメ。腕筋肉すごい。首を折るの得意」
ボスがダッシュした。父さま目掛けて一直線だ。他のヒンヒも兄さまたちに接近してきた。
くるっとシヴァが回ったので、そこからは兄さまたちを見ていられなかった。ヒンヒがシヴァ目掛けてやってきたのだ。シヴァはわたしというお荷物があるから、1匹だったら難なく対処できても、もう1匹が隙をついてくると、わたしを抱える手に力が入った。
そのときわたしは、唐突に〝上原くん〟のことを思い出した。多分、2、3回しか話したことがなくて、前世のときは卒業してからは一度も思い出さなかった、中学校のクラスメイトだった上原くんの言葉を。
なぜか音楽室で、周りに人がいなかったように思う。わたしはゲームは好きだけれど、トロいので戦闘が重要視されないRPGものばかりをやっていた。その頃流行っていたのはオンラインの戦闘もので、時間を合わせパーティを組み一緒に戦う約束が飛び交っていた。わたしは足を引っ張るのは目に見えていたので、そんな遊び方はできなかった。
上原くんはゲーマーで、どんなゲームのことでも尋ねると答えが返ってくると一目置かれた存在だった。わたしはそのとき何を尋ねたのかは忘れてしまったけれど、彼は言った。
「原因と結果みたいにさ、物事には必ず理由があるんだ。現実ではそれを言葉にするのは難しかったりするけど、ゲームだとわかりやすい。だから好きなんだ」
なぜそのときのことを思い出したのか、謎だった。ゲームというキーワードかな? きっと理由があるはず。だが、現実には言葉にしたり、把握することは難しい。まさにそれだなと思い〝理由〟という言葉に思考が止まった。
理由? ヒンヒはなぜペリドの木を守っているんだろう? 守っているのに、なぜその実を投げるんだろう?
……ペリドの実の種は神経を麻痺させる成分がある。
投げる。投げやすいからかもしれない。匂いが強いから敵のいる場所がわかるようにするためかもしれない。臭がるのを楽しんでいるのかもしれないし、ヒンヒが何を考えているかはわからないけれど。
種からはやがて芽が出る。種族を増やそうとするのは生き物の本能だ。タンポポの綿毛が遠くの地で種族を増やすために、風に飛ばされやすいよう進化していったように。植物が蜜を餌に虫に受粉の手助けをしてもらい、種族を増やそうとするように。ペリドがヒンヒに投げさせて、そこで芽吹くためだとしたら?
この階の試練はヒンヒでなくて、ペリドだ。
「シヴァ、ペリドの木のそば、行って」
シヴァがヒンヒを避けながら、大きなペリドの木に向かい走っていく。
近づくに連れて、わたしたちの行手を阻むヒンヒの数が多くなる。当たりだ。
「ボス、ペリドの木!」
わたしは大きい声で告げた。
この時、父さま以外はボスって何?状態だったみたいだけど、わたしがペリドの木と叫んだことと、近づくとヒンヒが妨害をしてくることから、あの木を倒すのが正解と思ったようだ。みんなが木を目指して集まってくる。
「ダンジョンも、火、使う、危ない?」
森で火系の魔法を使うのは火事になるリスクがあるけれど、ダンジョンではどうなんだろう?
「ダンジョンでは火事のようなことにはならない」
「ロビ兄!」
ロビ兄が頷く。
「火の玉!」
ロビ兄が掌を木に向けて、腕を突き出すようにして叫んだ。
掌から炎が飛び出し、ペリドの木を襲撃した。
ペリドの木が燃え出す。
木を住処にしていたらしいヒンヒたちが慌てて降りてくる。
「火の玉」
同じように兄さまがペリドの木に向かって手を突き出した。
「火魔法」
シヴァも言いながら剣を突き出す。剣の先から稲妻のようにカクカクした炎がペリドの木に届き勢いよく燃えた。炎に包まれた木は一瞬ユラっとしたかと思うと消え、気がつくとヒンヒたちもいなくなっていた。ジャングルでもなんでもない、草の生えた地になっていて、木があった場所にはいっぱいの魔石と毛皮みたいのや何やらが山になってあった。
お宝!
わたしは片っ端から鑑定し、後悔した。
ヒンヒもまたいろいろと薬になるみたいで、ヒンヒの心臓だのなんだのがあったからだ。石みたいにカチコチになっていて見た限りではなんなのかわからないけど。
「リディアは魔力は減っていないか?」
ステータスを見てみたが、魔力はまだ十分にある。おじいさまにそう伝えると、おじいさまが笑顔になった。鑑定は結構魔力を食うことみたいだ。1つにつき1から3マイナスしているけど。わたしは〝省魔力〟体質みたいだ。
ドロップ品は袋に納め、出てきた階段を上った。