第779話 急病①狙い
「父さま!」
衛兵に案内され部屋に入ってきたのは父さまだった。
「父さま、世界議会からの話はアランの魔具のこと?」
兄さまが心配そうに尋ねる。
父さまはアダムに軽く挨拶をしながら椅子に座る。
「ああ、やはりドナイ候が世界を揺るがす危険な魔具として、世界議会に送ったようだ」
「それで?」
ロビ兄が噛みつくように促す。
「世界を揺るがすような危険なもの、とのことで、〝反響定位〟のことを言っていたみたいだから、確かにそんな魔具ができるのならと魔具を調べたらしい。けれど調べても、数値が無作為に出てきて、それを本体に転送する術式にしか思えないそうだ。
それを依頼主にも伝え済みだがそんなはずはないと、目の前で使うところを見ていたと言い張り、それが予備のものだから本体こそ危険な魔具だと言い放ったそうだ。
依頼主は、今持ち主は意識のない状態だが、意識が戻ったら本体を出させて調べることを要求した。定義としては危険だから、訴えがあったので調べなくてはいけない。それでアランの様子を聞かれた」
「それでどうしたの?」
ロビ兄の声は鋭い。
「ありのままを答えた」
わたしは口をうっすら開けたまま、父さまを見ていた。
「ありのままって?」
ロビ兄が詰め寄る。
「アランから相談を受けていた、と。仕事の上司が、盛んに魔具の特許を勧めてくる。でも上司が絶賛する速度向上は、自分のギフトとスキルの力であり、魔具の力ではない。上司は魔具で早めてやっていると勘違いしているようだ。何度か違うと告げたが、信じないし、執拗に勧められるので、他の目的があるのではないかと疑いたくなった。それで絶対にできないだろう定義を使っていると言ってみた。
そしてその魔具は自分にしか作る事はできないし、使えない、と。そう言ったら静かになったので、安心していた。
ところがまったく関係のない護衛中、山崩れにあった。災害だと思ったが、巻き込まれた者がそれはドナイ候の親戚であるヴェルナーの仕業だと言った。
ひとつ間違えれば、自分たちは死ぬところだった。
そのヴェルナーも妹のリディアに執着していた。ヴェルナーが妹を狙ってのこととも思えるが、自分もドナイ候に狙われているのでは?と思った。
やっとのことで家に連絡を取れば、ドナイ候が仕事で必要となったとして自分の魔具を取り寄せていた。もう仕事はあらかた終わっているし、魔具は自分しか使ったことがないから、使い方はわからないはずだ。ということは、いよいよ自分も狙われていると思った。そこで自分はまだ意識がないことにした。
……そういうことにしているが、アランは本当は意識もはっきりしていると告げた」
世界議会はユオブリアの北にて山崩れがあったのは知っていた。が、それが人工的に起こされたものだとは思っていなかった。そこで詳細を教えてくれと言われ、冒険ギルドに問い合わせていただいても結構ですがと前置きをし、護衛の依頼があり、その前に受けたわたしのカモミン討伐の話。店に送りつけられていた幼体のこと。請け負っていたグリットカー氏の話。それからそれを見届け、失敗とわかったら魔具を使えと言われていたゴロツキの話とを、世界議会にしたようだ。
世界議会は、ユオブリアの一部がパッと見、セイン国に経済的制裁を加えようとしているのは、問題視はしないが認識はしていた。
セイン国が第3王子を勅使とたててユオブリアに赴いたこと。その第3王子の婚約者がドナイ候の孫娘という情報も得ていた。
そして先ほど起こった、神獣によるセインの教会への制裁。
神獣が怒っていたのは、わたしへの絡みも含まれるから、セインがわたしに何かしらの思惑があったのも裏付けされたと感じたようだ。
本当のところ、神獣の怒りに触れるのは、神への冒涜と、その神の遣いである神獣の言葉を利用するような小賢しさだったと思うけど。
世界議会としては、訴えがあった以上、そのアラ兄の使っていた魔具を調べる必要があり、アラ兄から直接話が聞きたいのとその魔具を調べさせて欲しいとのことだった。
父さまは何があるかわからないので、アラ兄をユオブリアからは出したくないといい、成人前であるし、調書はこちらに来て欲しいことと、魔具は調べていただいて構わないと言ったそうだ。
調べて貰えば一目瞭然だ。少し安心する。
その時、ちょっと外が騒がしくなった。
気になったのはわたしだけでないようで、アダムがどうしたのだろうと調べにいって、ロサが倒れたときき、わたしたちは驚いた。
さっきまで元気だったのに。
それとも無理してた?
王宮には光の使い手も医師もいる。王子殿下だけに、手厚く看護される。
……けれど、光魔法でもよくならず、熱が高いままだという。
わたしたちは無理をいってお見舞いをさせてほしいと頼み込んだ。
許されて、ロサの部屋に通される。
ベッドには赤い顔をしたロサが、苦しそうに息をしながら寝ている姿があった。
もふさまに頷く。
もふさまに合図をしたら結界を張って欲しいとお願いしたのだ。わたしが魔力を使ったとわからないように。
光の使い手がもう試しているわけだから、意味はないだろうけど。
いつも親身になってくれるロサに、何もしない選択肢はなかった。
「ロサ、辛いね……」
と顔の汗をハンカチで拭く。
そしてそっと光魔法を使おうとして……瘴気に跳ね返された。
瘴気はわたしが苦手なものだからすぐにわかる。
「トルマリンさんを呼んでください!」
わたしは叫ぶように言っていた。
医者やメイドがあっけにとられた顔をしている。
「殿下は病気じゃありません。これは瘴気におかされています」
メイドが外へと走った。
兄さまに手を握られる。
「呪術か?」
わたしは首を横に振る。
「そこまではわからない。ただ瘴気としか、わたしには……」
陛下と宰相さま、神官長さま、魔法士長さま、そしてトルマリンさんが部屋に入ってきた。
トルマリンさんは挨拶もそこそこに、早速ロサへと近づく。
「どうなのだ?」
陛下が尋ねた。
「呪術ではありません。が、瘴気でいくつかの臓器が覆われているようです」
「瘴気を払う事はできるのか?」
「……やってみます」
トルマリンさんは肘を外側に突き出して、自分の胸の前で掌を合わす。
そして目を瞑り、あの不思議な音を出す。
手がいつの間にか人差し指だけを立てて組まれていて、その人差し指の先をロサに向ける。
祈りのような、懺悔のような、音が続く。
ロサの顔から汗がひき、赤みがひいて、正常な寝息となった。
ロサに対して斜めに指で切って、トルマリンさんは肩で息をついた。
「どうだ?」
「ひとまず、今ある瘴気は払いました。が、術ではないとすると、どうして殿下にこのように瘴気がまとわりついたのかわかりません。落ち着くまで、瘴気がまた出てこないか側にいて注意していたいのですが」
「そうか、頼む。シュタイン嬢にも礼をいう。よく、瘴気だと気づいてくれた」
「いいえ、わたしは瘴気が苦手なだけ……」
え、赤い、赤い、赤い。視界が赤く染まった。
頭が痛い。気持ち悪い。ぐるぐるする。
『リディア!』
「リディー!!」
「リディア嬢?」
「リー」
ぐるぐると視界が回る。
嘘。これってまさか。わたしこんなみんなのいる前で……。




