第774話 いいこと悪いこと⑧興味
「でも陛下。犯罪者とわかったらすぐに爵位を取り上げるなりしませんと、陛下の御世に傷がつきますよ?」
まだ言うか?
「たとえセイン国でどう思われることがあっても、私は現侯爵ですし、咎められるようなことは何もしておりません。ミッナイト殿下は私を犯罪者にしたいようですが……」
「シュタイン子息を貶めたり、私やバイエルン候を貶めたがる。そしてシュタイン嬢をセイン国へと誘い、……なんだか、シュタイン嬢を本気で欲しているように見えますね」
柔らかい口調ながら、アダムの目は鋭い。
そ、そんなこと言っちゃって大丈夫なの?
アダムは今、伯爵家子息だよ、相手は王族だよ?
「シュタイン令嬢は噂の絶えない方ですから、興味はあります。特に神獣と聖獣の加護があると知り、両加護を受けるなんてどんな令嬢かと胸が踊りました。
シュタインの姫ぎみ、ここに神獣や聖獣を呼んでいただけませんか? 一度見せていただきたい。本当のことなのですか、加護があるとは?」
そう言われて気づく。そっか、加護自体の話が嘘と思われることもあるのか。
「どう思っていただいてもけっこうです」
「はい?」
「わたしは自分から加護があるなど、申し上げたことはございません」
「え、でも」
「わたしが仲良くしているところを見た方たちが、起こり得る可能性を心配して、各方面へお伝えしてくださったと聞きました。わたしは、わたしと仲良くしてくださる方たちが大好きなだけです」
その事実を思えば、いつだって胸がほわっとあったかくなる。
「わたしは大好きな方たちに、迷惑をかけたくありません。わたしには何の力もありません。どう思われてもけっこうです」
そう、何かしてもらいたくて友達になったわけじゃない。
本当にそんな力があるのかなんていう確認のために呼び出せなんて、いくら相手が王族でも頷く気になれなかった。
わたしはただもふさまのことが好きなだけ。ノックスさまやフレデリカさまが好きなだけ。
その時、一角がパッと光った。窓が開いていたとか、どこかが開いたとかは一切なく、唐突に小鳥が現れた。
『リディア、見つけたわ!』
急降下された真っ白のまん丸の小鳥、フレデリカさまは、わたしの目の前のテーブルにちょんと降り立ち、ティーカップの隣でわたしを見上げる。
「ふ、フレデリカさま」
空の守護者はあたりを見回す。
『ここは教会ではなさそうだけど、神力のあるものたちが多いわね』
「シュタイン嬢、そちらは?」
ロサに尋ねられる。
し、神獣ってこんなに人前にうかつに姿を現していいの?
そういえば、うちの親戚にも普通に姿を見せていた。
紹介していいのかな?
『神獣・空の守護者よ。リディアが困っているではないか』
『あら、聖獣さん。なぜ、リディアが困るのよ?』
その時、部屋のドアが激しくノックされた。
「何事だ?」
ロサが声を張り上げる。
「ご歓談中失礼いたします。ただならぬ神力が舞い降りたと、神官長さまが陛下へお伝えを……」
「入れ」
扉を守っていた兵が扉を開けて、ルシオのお父さんである神官長さまが部屋に入ってきた。
陛下たちに頭を下げ、そしてわたしの前にちょこんといる、まん丸のシマエナガそっくりの容姿のフレデリカさまに目を止め、ひれ伏した。
「神の遣いよ、ユオブリアの神官がご挨拶申し上げます」
神官長様がフレデリカさまに緊張した面持ちで言った。
『気にするでない。我はリディアに用があるのだ』
「リ、リディア嬢にですか?」
神官長さまはフレデリカさまの言葉がわかるみたいだ。
神獣は姿を現してもいいみたいだね。それならと紹介することにする。
「こちらは神獣のフレデリカさまです。フレデリカさま、今わたしはユオブリアの王宮に来ているのです。皆さまをご紹介させていただいてもよろしいですか?」
『ああ、それが〝困る〟ことなのね? いいわ』
フレデリカさまは何かを納得されたようだ。
「ユオブリアの国王さまです。
その隣が第2王子殿下のロサさま。その隣がゴーシュ・エンターさま。
その隣がバイエルン侯爵さま、ロビ兄はご存知ですね。
ロサさまの前にいらっしゃるのがセイン国、第3王子のミッナイト・シア・セイン殿下です。その隣がドナイ侯爵さま。
そしてあちらはユオブリアの神官長さまです」
『ご機嫌よう。神獣のフレデリカよ。けれど名前は呼ばないで。それは我が許したものしか呼ばせないわ』
神官長さまがフレデリカさまの言葉を皆に伝えた。
あ、名前呼んでいいのって特別だったんだ……。かなり嬉しい。
「ノックスさまの他にも、仲良くしている方がいらしたんだね」
アダムに言われる。あれ、話してなかったっけ?
「神獣の加護……複数なのか」
ミッナイト殿下が呟いた。
「フレデリカさま、火急の用件ですか?」
『うーん、そうといえばそうだけど、リディアの方が忙しそうね。いいわ、終わるまで待っているから。ねえ、この飲み物いただいてもいい? 香りがいいわ』
口はつけてないものの、わたしに用意されたものだけど、いいのかな?
わたしはハンカチしか入らない意味のない小さなバッグから、見せ収納袋を出したようにし、さらにその中からとるようなふりをして、収納ポケットからフレデリカさま用のお猪口カップと専用のお皿を出す。
テーブルの上にハンカチを敷いて、お猪口に冷めた紅茶、それから取り分けてもらったお菓子をお皿に載せる。
フレデリカまはご機嫌で紅茶を飲んだ。可愛らしい様子にみんな目が釘付けだ。
『王宮に何の用なの?』
「シュタイン家に、あちらのセイン国の殿下が話があると……」
フレデリカさまはチラッとミッナイト殿下を見た。
『神力はあるけど、気持ちのいいものではないわね』
フレデリカさまは、お菓子を啄む。
「神獣さま、よければ少しお話をうかがえませんか?」
神々しいスマイルで、ミッナイト殿下はフレデリカさまに尋ねる。
『……いいわ、話しなさい』
神官長さまがその言葉をそのまま伝えた。




