第772話 いいこと悪いこと⑥刃向かわない
そうきたか。
刃向かうことを知らない、幼い令嬢っぽくを心がける。
「シュタイン家を呼び出したということは、ウチに何か関係があるということでしょうか?」
わたしはか細い声を出して、震わせるよう努力した。
「何歳だっけ?」
「13歳です」
「ふぅん、本当だ。噂に聞くように賢いね。私のところにお嫁に来るかい? 私は可愛くて賢い子が好きなんだ」
「殿下、彼女には婚約者がおります。そうお伝えしたはずです。無礼すぎやしませんか?」
ロサが嗜めた。
そんなロサにチロリと目をやるものの、
「どうだい、シュタイン伯? 侯爵家へ嫁がせるより、王族に嫁がせる方がよくはないかい? よく考えて。令嬢を嫁がせるなら、全てを不問に付してもいいと言ってるんだ、私は」
一番面倒がないのは、わたしが結婚するのに国を離れることだからだろう。けれど、わたしには婚約者がいるのに。いてもこうなんだもん、もししてなかったらどうなったか。
緊迫した空気にメスを入れたのは、意外なところでドナイ候だった。
「ミッナイト殿下。孫と婚姻を正式に結ぶ前に、13歳の令嬢を口説かれるのですか?」
分かり合えない人種かと思っていたけれど、孫娘のことは可愛いみたいだ。本当に可愛いなら、セイン国と手を切る方がいいかとは思うが、それは余計なお世話だろう。
「心配しないでください。私の愛は平等ですから」
うわーーーーっ。なんか無理、とわたしの心が拒絶する。
「姫ぎみ、本物のお姫さまになれるよ? どうだい私の手をとっては?」
「わたしは心から、クラウスさまをお慕いしておりますので」
はにかんだ表情を心がけて、真っ直ぐに目を見る。
ミッナイト殿下は優雅に微笑んだ。
「心から誰を思っていても自由だよ。ただ、君が嫁いでこないというなら、君の大好きな誰かがとっても困ることになるかもしれない。そうだとしたら、どうする?」
13歳にそんなこと聞くなんて、性格悪っ。
それに恋愛に憧れのある年代の子に対して、そんな夢のないことを押しつけてくるなんて。
すっごく、いけすかない!
ロビ兄がわたしに視線を送っている。
わかってる。刃向かったりしない。
でも、自分の意見は言ってもいいよね?
「……わたしは大好きな誰かが困ることになるのは嫌です。でも……たとえ政略結婚でも、夫人はわたしひとりでなければ嫌です。生涯、わたしひとりだけを妻としてくれる人でないと」
わたしはじっとミッナイト殿下を見つめた。
「平等に愛するといっても?」
「平等ではなく、特別に思ってもらいたいです。
わたし断言できますけど、世の中の13歳の令嬢にもれなく尋ねてみれば、わたしの意見に皆さま賛同してくださると思いますわ」
わたしは結婚に夢を持つ、フツーの令嬢を装う。
刃向かってないよ。
「……私はすでに妻がいるからどうにもならないが、ホアータ家で君にぴったりの……」
王子は言葉を止める。
わたしが両手で口を押さえて、クスクスと笑ったからだろう。
本当は片腹おかしいわと横っ腹を叩いて笑ってやりたいところだけど、王族だから耐えている。自分では絶対しない両手で口元を見えないようにして笑ったのだ。
「なにがおかしいのですか?」
彼は本当に不思議に思っているようだ。
「あら、だって。可愛くて賢い子が好きなのは、殿下なのかと思っていたので」
狙いがブレていると教えてあげたのだ。
わたしをユオブリアから出すのに嫁へと思ったのなら、最後までそう貫かなくちゃいけなかったのに。
わたしが妻はひとりだけという条件に合えばと譲歩したので、その条件に合うものならいると、思わず言ってしまったのだろう。
思わず突っ込みたくなるようなことを言うから、やってしまった。
さて、この空気をどうしようと思った時に助け舟を浮かべてくれたのは、ロサだった。
「ハハ、ミッナイト殿下も振られてしまいましたね」
殿下は動揺したように顔を上げる。
「幼き頃より、絆のあったふたりです。私もこのエンター子息も、シュタインの姫ぎみには振られているんですよ」
何気なくアダムを巻き込んでいる。
「そ、そうでしたか」
頬を引きつらせたまま、殿下がそう口にする。
「愛らしいからと、からかわれたのでしょうが、シュタインの姫君は、察しが良いので、奥方が3人もいて8つも上のセイン国の王子殿下が、自分を相手になどするわけがないと察し、わかっていると合図を送ったのでしょう」
おお、ロサも策士だ。
今の発言で、3人の夫人を持つ殿下が、8つ下の子をからかったモードになっている。
でもこれではっきりした。
わたしをユオブリアから追いやりたいわけだね。だから婚姻話を出した。
でもできなかったから、誰かを犯罪者にしそうだ。
「いえ、本気で言ったのですが?」
せっかく場が収まったのに、この人うかつすぎる。
ブレーンは他にいる。
……ホアータ家の人がブレーンなのかもしれないな。
だとしたら話にのってみせた方が、もっと情報を引き出せたかな?
いや、この場では危険だね。
「セインの第3王子よ、まだ幼い令嬢に冗談がすぎやしないか?」
陛下が真っ直ぐにミッナイト殿下をみつめた。
「政治的な話なら大人にするべきであろう。余も幼い姫を持つ父親でもある。娘にそんな話をされたら相手が誰であろうと不快だ」
声に魔力をのせている。久しぶりに圧が凄い。
顔色こそ変えなかったけれど、ミッナイト殿下は分が悪いことに気づいたみたいだ。
「これは、失礼しました。
そちらのおふたりが始めた個人的な経済制裁で、我が国は打撃を受けました。他の上級貴族や商会、辿っていけばその繋がりはシュタイン家に思えました。
そしてシュタイン家を調べているうちに、とんでもないことを耳にしましてね」
「ミッナイト殿下」
ドナイ侯が止めるようにミッナイト殿下を呼んだ。
「目覚めないご子息のことを悪く言いたくありませんが、彼は起きない方がいいのかもしれませんよ?」
血液が沸騰するかのような錯覚が起こる。
起きない方がいいって何? 本当のところアラ兄は元気だからいいけど、あまりにも失礼!




