第768話 いいこと悪いこと②追放
「……どっちでもあるかな。山崩れってわりととんでもないよ。山崩れで助かったんだ。君の神獣と聖獣という加護は強く、君自身を傷つけるのは難儀と思われることだろう」
確かに、山崩れしゃれにならなかった。聖獣であるもふさまがいなかったら、みんな土砂に埋もれてアウトだったと思う。
「言葉は悪いけど、君はただの伯爵令嬢。それも成人前。君に加護があったって、そりゃ珍しいとは思うし好奇心が湧くものかもしれないけれど、それだけのはずだ。
あ、誤解しないでくれよ。それはもし僕が加護を授かっていたとしても同じだ。たとえば騎士団の中に加護があるものがいるとか、……君が王妃になるんだったら興味は持たれるだろうけど、君は婚約したし」
わたしと兄さまは父さまと母さまの許可をもらったので、早々に婚約届を出した。お披露目は今更だししなかったけれど、ヴェルナーで懲りたので、手続きを先にしたのだ。
「では、なぜ、君の加護が世界を沸かすのかと言ったら、それはユオブリアを狙っているものが大勢いたということにほかならない」
ユオブリアを?
「神獣と聖獣の加護を持つ君がいたら、国を落とせないのか、それを知りたがっている。ユオブリアは確実に狙われていたんだ。特にセインに。陛下もこれで、ユオブリアを攻撃する国なんかありはしないとは、思いこみだと気づかれるだろう」
「セインはなぜ、ユオブリアを狙うの?」
「さぁ、それはわからないけど、ホアータが噛んでいるのかもしれない」
ホアータはドナイ侯がお屋敷を借りた際の、孫娘名義のファミリーネーム。
セインの公爵家にもある姓で、グレナン王の末裔が名乗ったと逸話もあるそうだ。
ユオブリアはセインやグレナンに憎まれるような何かをしたのかな?
あ。世界の終焉。ユオブリアを次々と狙ってくる外国は、セイン、グレナンが含まれていたのかな?
「聞いてる?」
「あ、ごめん。世界の終焉の時に狙ってくる外国。それがセインなのかなと思って」
「もちろん、そのひとつではあるだろうね」
当然というようにアダムは言った。
「わかってたの?」
「確証はないから口にしないけど、みんな見当がついてるよ。セイン、ホッテリヤ、ガゴチ、それからグレナンの生き残りだな」
あれ、なんか……聞いたことがあるような、
「グレナンの生き残りとガゴチと……将軍……カザエル……」
浮かんだ言葉を呟いていた。
「え?」
なんだっけ? 思い出そうとして呟くとアダムに聞き返されハッとする。
そうじゃなくて!
「誰もそんなこと言わなかったじゃん!」
「確証はないんだから、口にはしにくいだろう?」
みんなしてわかってたわけ? 教えてよ!
っていっても、知っていてもどうにもできなかったりするわけだけどさ。
「ユオブリアを潰したい時に、両加護を持つ君はものすごく邪魔だってわかった?」
考えたくなかったのに。
「でも邪魔でもどうにもできないよね? わたしには山崩れも免れる加護が発動しているわけだから」
実際は違うし、運よくというところが大きい気がするけど。
「君には直接危害を加えられない。だけど、ユオブリアは潰したい。君だったらどうする?」
「……わたしをユオブリアから遠ざける」
「正解」
アダムのよくできましたスマイルが目に浮かぶ。
「婚姻が一番ベストだね。でも君は婚約してしまった。次に考えられるのは?」
「……新婚旅行中に攻める、とか?」
「君、おめでたいね……」
「ちょっとボケてみただけでしょ? ちょっと考えるのがしんどくなったのよ!」
「僕だったら、君がすすんで他国に嫁ぎたくなるような状況を作るか……」
え?
「君か、家族か、婚約者を犯罪者にしたてあげて、ユオブリアから追放させるかな。そしたら君、他国に一緒に逃げるだろう?」
「……アダム」
「キツかった? ごめん。でも考えられる可能性は……」
「アラ兄を犯罪者にしようとしてるかも」
「え?」
わたしは水路図作成の時に使う魔具の一連の話をした。スキルとギフトを組み込んだ魔具本体のことだけふせて、あとは流れに沿って全てを話した。その魔具本体は記録に使っているだけで、確認のためというのは建前だと。
「……それは仕掛けてきそうだね。もしその反響定位が本当にできたら、それは凄いけれど、危険なことにも使えそうだし。他の目的がなかったとしても、アランは世界議会にかけられることになり、その家族ごと、ユオブリアから追放になるかもしれない」
追い詰められていたのはこっちだった? 思わぬ方向から……。
「アランが目覚めないということにしておいて正解だ。アランの証言が取れない〝時間〟を作れるから。……アランの魔具が脅威になると、今頃世界議会に持ち込まれているだろう」
「あの魔具は予備よ。ただ数値が乱数で出てくるだけで、その数値が本体に共有されるだけ」
「それこそ、本体はこんなことができると嘯かれれば終わりだ」
「じゃあ、どうすれば?」
「とりあえず、本体も全く無害なものに作り替えるんだ」
証拠として提出する時、誰がどう見てもわかるように、たったひとつの術式で記録が主のものを作る。そして建前でいろいろ言っていたことにする。
なぜなら、アラ兄こそ、ドナイ侯が何かよくないことを考えているのではと思っていたからだ。
だから、惑わすようにこんなことできたら凄いだろうことも言っていた。そう言われたらドナイ候も心当たりが出てくるだろう。ドナイ侯が作れと言った魔具はできるわけがないと、魔具作りの技師たちに言われていたのだから。
「ありがとう、アダム。アラ兄を犯罪者にするところだった」
気がつくと手が震えていた。もふさまがわたしを見あげるから、わたしは背中を撫でた。そうやって自分を落ち着かせる。
「セインの持っている手はそれだけじゃないかもしれない。あちらの考えはわからないけど、君にはとてつもない武器がある」
「わたしの武器?」
加護があるということ?
もふさまに目がいく。
もふさまやもふもふ軍団? それとも権威ある親戚?
「君の見かけ」
「わたしの、見かけ?」
「そう。君はどう見ても、いいところの貴族の、大切に、愛情たっぷりに育てられた、素朴なまだ幼い令嬢にしか見えない」
え? どういう意味?
「君は何かを企てたり、負の感情からは最も遠い存在に見えるってことだ。とても心が清らかで、だから神や聖なる方から愛されたんだと思える。それは君の武器となる」
抽象的でわからないけれど、アダムが本当に武器となると思っているのは伝わってきた。わたしの見かけはそりゃ、素朴な少女だ。要するに純粋そうに見せることが勝機になるってこと?
「……よく、考えてみる。……いつもありがとしか言ってないけど、本当に感謝してる。いっぱい、ありがとう」
「……そう素直だと怖いけど、感謝してるのは僕の方だ。君はいつも思いついたことをそのまま言っちゃうタイプだろ? 実はそれに救われたことが山ほどある。僕はそんな君だから、一生、君が好きなように過ごしてほしいと思っている。そのために協力は惜しまないよ。にゃぁーん」
ソックス?
「ソックスも協力するってさ」
「ありがとう、アダム。今のはグッときたよ。ソックスにもありがとうって言っておいて。それじゃあ、また!」
わたしはフォンを切って、手で自分を煽いだ。
それから両ほっぺを叩くと、もふさまが驚いたように顔をあげた。
しっかりしなきゃ!




