第767話 いいこと悪いこと①勅使
手紙にあった不穏なこととは、セインの王子殿下がユオブリアを訪問する理由だ。
それは純粋に婚約者を迎えに来たわけではなかった。
ユオブリアに抗議をしにきたのだった。
ドナイ侯の孫娘と婚姻を結ぶことでユオブリアと関係ができる、ミッナイト王子殿下が勅使に選ばれたらしい。
その抗議の内容というのが、ユオブリアの上級貴族が揃いも揃って、セインが親しくしている国や取り引きのある商会と手を切っているのはなんぞや? 説明しろ、ということらしい。
(ちなみに上級貴族とは3代は継がれている伯爵以上の爵位で、街を5つ以上持つ領地を所有していることが絶対条件。その他、議会への参加など国への貢献度も加味している、だったかな)
え?
セインと取り引きしているところとは、取り引きしないとはっきり告げたところもあるみたいで……。
そしてその発端は、なんと兄さまとアダムだという。
わたしたちがこんな目にあったことを激昂していた兄さまとアダムは、それぞれセインと取り引きのある商会から手を引いた。
それを知り、ウッドのおじいさまも手を引いた。それを知った親戚、知り合いの方々が、それぞれの分野でセインと繋がる何かの手を切った。
ロサ、ダニエル、ブライ、イザーク、ルシオ。状況を知った彼らもまた、自分の持っている何かとセイン国の繋がりを切ったらしい。
商人は鼻がきく。というかアンテナをはっている。ユオブリアの上級貴族や商会が揃いも揃って、セイン国へとの繋がりを切り出した。
セインとの繋がりを保つ人より、セインとの繋がりを切る人の方が多かった。それで界隈がざわつきだし、セインが調べ、ユオブリアの上級貴族がこぞってセインを孤立させようとしているような動きをしていると突き止めた。それで第3王子が勅使としてやってきたということらしい。
わたしは驚いた。
わたしの認識としては、山崩れを起こしたのはヴェルナーだ。こんな目に合わせたのはヴェルナーである。だからヴェルナーを罰してほしかった。証拠がないから、自滅なり他のところで裁かれるのでもいいから、とにかく罪に問いたかった。
ちょうど、ヴェルナーが親分であるドナイ侯を探っていて、ドナイ侯も悪さを企んでいる感じだし、元はといえばヴェルナーを送り込んできたのはドナイ侯であったわけだから、どちらも叩きたい対象であった。
互いに潰しあうでもして自滅してくれればいいと思ったし、その時に今までの悪事を追加してやれって気持ちがあって、過去の悪さを調べていた。
けれど、兄さまやアダムが叩いたのはセイン国。ドナイ侯と繋がっているんじゃないかと思えるだけの。
同じ情報しか持っていないはずなのに。いや、ちょっとはみんなそれぞれに伝手があるのだろうけど、それだって、セインを標的にするには時期尚早だ。いくらなんでも早すぎない?
っていうか、わたし以外には違う何かが見えているの??
兄さまだってフォンしているとき、そんなこと全然言ってなかった。アダムだって。
ど、どういうこと?
わたしは兄さまにフォンを入れた。
「リディー? リディーから連絡をくれて嬉しいな。今、そっちに向かっているから……」
「兄さま、セイン国と取り引きのある商会を切った?」
一瞬の間があった。
「……うん、切ったよ」
「兄さま、それはわたしたちがこんな目にあったことが関係してるよね?」
「うん」
「山崩れはヴェルナーがやったことだよ? なんでセイン国?」
わたしはそんなに思っていてくれることを嬉しく思いながらも、お礼の言葉ではなく、質問していた。
「……ああ、そこか。ヴェルナーは小者だ。どうとでもなる。でも大元はセイン国のようだからね」
「え? どういうこと?」
「わたしが到着するまであと2日かかる。外れの家から出るんじゃないよ。
リディー、山崩れに巻き込まれて助かったのは《《普通》》じゃない。それも全員だ。行方不明になって加護とは絶対的なものではないと思われただろう。けれど、リディーたちは無事だった、誰ひとり失わなかった。加護は本人だけじゃない。そう受け取るものもいるだろう。どんな考えに走る奴がいるかわからない。だからリディー、気をつけるんだよ? お遣いさまと決して離れてはいけないよ? わかったね」
聞きたかったことはよくわからないまま、なんだか怖いことを言われて、フォンを切られた。
どういうこと? これらのことがわたしの加護がどれくらいのものか測る材料になるってこと?
わたしは続けてアダムにフォンをする。
「君から連絡なんて珍しいね。どうかした?」
「セイン国と繋がる取り引きを切ったって聞いたんだけど」
「ああ、切ったけど?」
「それはどうして?」
「君さ、自分が死にそうになったのわかってる?」
やっぱりアダムもわたしのためにブチ切れてくれたんだ。
「ありがとう」
「死にそうになったのわかってるか聞いて、なんでお礼なの? そっちの方がわからないんだけど?」
「わたしがわからないのは、山崩れはヴェルナーがやったのに、どうしてセインを?」
「ヴェルナーは小者だ。あれはなんとでもなる。けど結局はセインだからだ」
兄さまと同じことを言った。
「ええ? だから結局ってどういうこと?」
「婚約者はわかっているだろうから、フランツから聞きなよ」
「到着が二日後で、フォンで聞いた限りでは教えてくれなかったの」
「……君の加護を探ろうとしているのがセインなんだよ」
「え?」
「ドナイ侯とアランに接点があったからだろう。ドナイ侯に目をつけて、君の情報を得ようとしてたんだ」
思考停止する。
え、待って。待って。どういうこと?
ドナイ侯がわたしをターゲットにしたわけではなく、セイン国からの指示だったってこと? セインがなぜ? わたしの情報??
「わたしの情報って、加護に関すること?」
「まぁ、そうだろうね。王族だから加護ではなくちゃんと知ってる。今まで神獣、聖獣、両方の加護を持つものはいなかった。それは君本人にしか効かないのか。それとも君の周りのものにも施されるものなのか。今回の山崩れで、君の周りのものも加護に含まれると認識されただろうね」
胸がドクンとする。
「ねぇ、アダム……それはいいこと? 悪いこと?」




