第762話 〝待つ〟を使う②強度
「待って。アラ兄は魔具自体のことではなくて、それが完成して、それを悪いことに使われた場合のことを考えて、憂いでいたのね?」
アラ兄は恐々と頷いた。
それを思いつかせてしまったことを憂いでいたんだ。
「……ってことはアラ兄、ドナイ候がユオブリアの土地の強度を他国に売ろうとしている、そう思ったってこと?」
「……そういうこともできる魔具を、作ろうとしているんじゃないかと思えた」
アラ兄はそう考えた経緯を話してくれた。
元々、偽名で屋敷を借り、魔具を作っていると聞いた時点で、後ろ暗いことを考えているのではと想定していたみたいだ。
アラ兄が知っているのは、仕事で一緒になった時のドナイ侯のことだけ。それで、どんな話をしたかを思い出そうとした。そういえば、この仕事で特許をとってしまえばと何度も言われた。その度に、自分のギフトとスキルで人より少し早くできるだけで、これは地道にやれること。特許を取れば、他の人たちが水路図を作成する時に特許使用料が上乗せされ高くなる。結局はまわりまわって、平民の負担が多くなる。それで取り合わなかったけれど。
よく質問を受けた。職人たちがやる普通のやり方だともっと時間がかかるから、不思議でしょうがない感じだった。アラ兄はギフトのこともあるので話せないと突っぱねたこともある。その真剣さが、この案件に懸命なのではなく、その特許で何かよからぬことを考えているのではと思ったこともあったそうだ。
そうして、この事態。机の上にあった道具や紙のメモ。それで魔具を作ろうとしていたのに間違いはないだろうと思った。
そして部屋の隅のいくつかの箱や壺に納められた鉱石を見た時に、ユオブリアの地にある代表的な鉱石だとすぐにわかった。鉱石を調べている……。
強度の調べ方に並々ならぬ意欲があったドナイ侯……。
「アラ兄がドナイ候に特許を取ればと言われていたのって、マップだけじゃなくて、強度を調べるやり方のことだったのね?」
「ああ、オレのギフトとスキルの合わせ技でやっていたんだけど、それが見る人からするととても簡単にあっという間に見えるらしい。
本来なら、1メートル置きに測定していくんだ。そうやって調べる。土魔法が使える人がいるともう少し簡単にそれができる。鉱石系の何かに通じるスキルを持ってる人がいるとさらに、だ。
地図を制作する人と、強度を調べる人は別だから、それを合わせるにも時間がかかる。
オレは幸運なことに、ギフトとスキルの合わせ技で、かなりの広範囲の強度を感じることができる」
アラ兄がそのことに誇りを持っているのが感じられる発言だった。
「双子だな」
ロビ兄が半笑いで言って続ける。
「おれはさ、転写と組み立てた先のことが見える。建築事業ではそれを使っている。組み立てられるスキルがあるやつはいっぱいいるけど、その時の立体化した時の様々な強度がわかるんだ、おれ。だから、そこを認められて、建築事業はうまく回ってる。設計図を見れば、強度も何もかもわかるからな」
すごい、ふたりは全く別のことだけど〝強度〟がわかるところは一緒なんだ。
「あ、もしかして!」
「なんだ、リー?」
ロビ兄が首を傾げた。
「稽古の時、フォンタナ家の人たちが言ってた。ロビ兄は自分が受ける衝撃を、前もってわかっているんじゃないかと思えるって」
受け止める時も、避け方や、いなす時も、無駄なエネルギーを使わないって褒めてたんだ。
「おう、どれくらいの強さでくるかわかるぞ」
「え、お前、それズルくない? オレわかんないけど」
「土地の強度がわかるんなら、意識のもっていきようじゃねーか? アランもできると思うぞ」
『お前たち、話がズレているぞ』
あ。
「もふさま、なんて?」
「話がズレてるって」
わたしたち兄妹は顔を見合わせる。
えっと、なんの話をしてたんだっけ?
そう、〝強度〟の話だ。
ドナイ侯はアラ兄の魔具があれば、アラ兄の能力と同等のことができると思っていて……。
「他国に漏らした場合、それは罰せられることなのよね?」
「そうだ」
すぐにはわからない偽名で屋敷を借りる。それは後ろ暗いことをするときのことのように思える。
偽名じゃんって思うけど、ファミリーネームがセイン国の貴族の名前だとしたら、セイン国の王族に嫁ぐ前に、もっと上の爵位に養子縁組するからだったと言えば、それは通りそうだ。
ドナイ侯がユオブリアの強度を売るとしたら、セイン国なんだろうなー。
セイン国と親戚になるわけだし。
「その魔具を作ろうとして、作れてないよね?」
「多分な」
ロビ兄が頷いてくれる。
机の上は乱雑に物が置かれていた。
メモ書きやノートも散乱していて、やり途中な感じだったものね。
「鉱石があったから、そう思っただけで、本当のところはわからないけどね」
アラ兄が沈んだ声で言った。
「でも、偽名で屋敷を借りていることや、アラ兄に特許を取れっていってたことからも、その技術を欲していた気がする」
鼻息が荒くなった。
アラ兄に縁談を持ってきたのは親戚になって、技術を自分のものにしようとしたんじゃない?
ヴェルナーが雪くらげの住処を狙ったように、あのふたりは親戚だけあって似ているところがあるんじゃないかな。婚姻を結ぶのにだって利益を欲しがるところが。そうよ、わたしに遠縁のヴェルナーと結ばせようとしたのだって、アラ兄とより近づくため?
そんなに欲している技術。アラ兄は今、行方不明……。
「……その技術が組み込まれたような魔具を、アラ兄が持っている……」
「どうした?」
「今アラ兄は、ドナイ侯と同じ案件の仕事をしてるのよね?」
「……実際のところはほとんど終わっているけどね。あとは報告書を書いて……」
「それなら、はっきりするね」
「「え?」」
「もしドナイ侯がアラ兄の魔具を狙っていたのだとしたら、同じ案件に携わっていて、アラ兄が行方不明状態。どうすると思う?」
アラ兄とロビ兄が顔を合わせる。
「仕事が途中とか言って、アランの魔具を手にしたがる?」
だよね! もし、偽名でお屋敷まで借りて魔具を作ろうとしているのが、その魔具だったら。
「もし、父さまに連絡がきたら、決まりとなる、か」
アラ兄の目に光が戻ってきた。
「そこで、どうやって潰してやるかだね」
「「え?」」
「え?」
双子兄がシンクロして声を上げたので、わたしも驚いて声をあげる。
「何する気だ?」
ロビ兄に鋭く突っ込まれる。
「わたしはもちろんできないよ。だって、山崩れに巻き込まれて行方不明なんだもん」
ホールドアップをして見せる。
「ま、まーな」
「ドナイ侯がその魔具で何をするかを見極めないと。犯罪に手を染めているなら、証拠になる」
「ドナイ侯を潰せる?」
「その魔具を使って何かしたら、アランのしたことだと被せられる気がするぞ?」
アラ兄とロビ兄が同時に言った。
「そうだね、そこは考えないとだけど。……似た魔具を作ろう。アラ兄の魔具はアラ兄が肌身離さず持っていると事実を言って。でも予備があったなって、父さまに渡してもらうの。その予備は使用すると本体の方にデータが共有されるものなの」
「ドナイ侯の罪が明らかにできたとしても、ユオブリアの土地の情報が他国に漏れるのはダメだ」
アラ兄が一歩も引かない厳しい顔をした。
「うん。予備は、予備なんだよ。数値がランダムになる。……アラ兄はこの魔具をどういうことのできるものだと伝えていたの?」
「ギフトとスキルで土地の強度を少しずつ測っている。それが大きく違ってないか反響定位を使って確認作業に使っている、と」
「反響定位ってなんだよ?」
ロビ兄が尋ねる。
「種族的に視力の良くない獣や、暗いところで生活する獣がやっているんだけど、移動する時は聞こえない音を出すんだ。物があると、その音が跳ね返ってくる。それで距離を測っている」
「それなら、ますますいいね。アラ兄のその予備の魔具の方は、最初に作った失敗作なの。跳ね返るのがまちまち。正しい時もあれば間違う時もある。だからそれは使っていなかった。でも、アラ兄はギフトとスキルで物体の大きさを測ることができるから、大きく違ってないかの確認なだけだから、その魔具ででた数値が正確でなくても構わない。だから、予備として置いておいた」
どう?とふたりを見上げる。
ふたりは悪い顔で笑った。




