第755話 冒険者の仲間入り⑥寝不足
「どうしたの? なんかあった?」
切ってすぐにまたかかってきたので、何かあったのかと早口に尋ねてしまった。
「僕の方じゃないよ。少し思いついてしまってね。
奴の狙いは、それだけじゃないかもしれないな」
と怖いことを言った。
「え? 奇襲をかけて、わたしの顔に傷をつける、それだけじゃないってこと?」
「ああ、もっと陰険な奴な気がしてきた」
そう言われると……そうも思えてきた。
許せない領域にきたら手段を選ばない。それは結婚相手にもだ。馬車の事故、それはヴェルナー氏が画策したことではないだろうか。夫人に怪我をさせるのが目的で。事故だったかも怪しい。顔に傷が残ったということは強盗とかそういう方がありそうだ。ただの離婚なら痛手は残るけれど、相手の役目放棄だとしたら、責められることはないし、慰謝料もぶんどれる。
そんなことを考えつく人が、舞踏会という公けの場である意味拒否られ、そして頭のあがらないドナイ侯と一緒のときに、自分の至らなさを見せることになった。きっと怒り心頭だろう。そんな人がわたしの顔に傷をつけるぐらいで満足できるだろうか?
わたしが社交界に出られなくなり、溜飲は下るかもしれないけれど、それでは利益は何もない。
アダムに、ヴェルナー氏の傘下の商隊と出会った時の話をと言われ、話しているうちに、……さっきそれぞれ聞いた事柄が繋がっているんじゃ?と思えてきた。
雪くらげの住処を知りたがる人がいること。
ユオブリアの誰かが、外国からカモミンの幼体を買いつけていたこと。
わたしがカモミン討伐の依頼を受けて、所持していると国際法で罰せられるというカモミンの幼体を討伐したこと。
アダムも繋がっているそう思うと言ったので、わたしはすぐさま、父さまに相談した。
それでウッド家にも頼んで、Rの店全て、それから念のためシュタイン家のかかわっているお店、商会に、ウッド家やフォンタナ家の人を派遣した。気がついたのが夜なので行動を開始したのも遅い時間から。3軒の店で心配していたことが起こっていた。それがわかったのが明け方。
わたしは深夜を回ったところで寝るように言われたんだけど、心配すぎて眠れなかった。明け方にやっと仮眠をとっただけ。だからいつもより気が立っている。
「そうおっしゃるということは、かなりグリットカー男爵さまもかかわっているんですね、残念です」
わたしがそういうと、グリットカー氏は眉根を寄せる。
「一度、ご自分のお仲間とご連絡をとってみてはいかがですか? うまく事が運んでいるかどうかを」
ストンと表情が抜ける。
そして愛想笑いをする。
「何をおっしゃっているのか……」
「山の側面で待機されていた方々は捕縛しました」
シモーネがそう言って。指笛を吹く。すると、見るからにゴロツキって格好の人たちを、フォンタナ家の人々が縄でグルグル巻きにしていた。
ギョッとするグリットカー氏。
「お嬢さまは子供だけど、気をつける必要があると言われましたが、納得できましたよ。奇襲のことも考えられていたのですね。まぁ、少しばかり頭が働けば、奇襲の可能性ぐらい思いつくでしょう。でもね、お嬢さま、人というのはどこまでも醜悪になれるものでしてね。
奇襲の件で訴えればよろしい。私とそこのゴロツキと繋がるものは何ひとつありません。
でもお嬢さま、ある者が仕掛けたことは奇襲だけではありません。私と組みなされ。そうすれば、犯罪者にならずに済む」
人の良さそうな笑みを浮かべている。
「あら、それは、ウチの店への贈り物のことを指しているのかしら? 全部返品させていただきましたわ。得体の知れないものは手にしないことと、言いつけてありますの。ああ、その手配をなさった方が心配ですね。犯罪者にならずに済むと良いのですが」
わたしは目の前のグリットカー氏を、同情するように見て言った。顔色からみるに、考えたのはどっちだか知らないけれど、手配したのは目の前の男爵のようだ。
「スクワランまであと一息です。早く進みましょう」
「ま、待ってくれ。送り返したというのは本当か?」
「ええ、嘘なんかつきません」
その時、水色の鳥が現れて、グリットカー氏の肩に留まった。
グリットカー氏は震える手を鳥のくちばしに近づけた。
鳥は封書になり、手の中におさまる。封書を破り、中を読む。便箋を持つ手がブルブルと震えていた。
時間ちょうどだね。お金はかかったけど、速配で送り返した。
返品先はよくわからない宛名だったのだが、そこに、今頃監査に入るタレコミをしておいたのだ。
速配は転移できる人がやっているのか、物を転移させるスキルがある人がやっているのか、詳しくは知らないけれど、遠いところでも数時間の間に届けてくれる民間のサービスだ。決まり事などいっぱいあるし、かなり高額ではあるけれど、頼まない理由にはならなかった。
ちなみに転移は本人が一度行った場所に行ける能力であることが多く、ゆえに初めての場所、知らない所には転移できない。
「まさか、本当に?」
「なんと書いてありました?」
「き、騎士が入り込んできたと。カモミンの幼体を数多く所有していると、密告があったそうです。……なぜあの屋敷に……」
男爵にゆかりのある屋敷のひとつだったのね。
「それは大変ですね」
わたしはにっこり笑って、言葉だけで同情した。
「お嬢さま、なぜ、どうして? どうやって?」
「答える義務もありません。早くスクワランへ向かいましょう」
わたしは早く眠りたい。
「お嬢さま、お助けください。わ、私は巻き込まれただけだ。生意気な貴族令嬢の顔に傷でもつけて大人しくさせ、犯罪者になると脅すだけの役どころでした」
やっぱり顔に傷をつける気だったのね。陰険だわ。
役どころ? 聞いて呆れる。
「あら、誰に言われたのですか? それに脅すだけ?」
「ご存知だったのでしょう? モーリッツ・ヴェルナー伯爵です! まだ少女のお嬢さまにバカにされたと。商売ってのがどういうものかを教えてやらなければと」
「まぁ! 持っていると犯罪になるカモミンの幼体をウチの店に贈ることが、商売はどういうものかを教えることになるんですか?」
「で、ですから、お嬢さまは犯罪者になり得ませんでした」
?
「お嬢さまはカモミンの幼体を討伐されました。それは7体。私が魔具でそれを記録しております」
なるほど、それでこの人はあの場にいたのね。
わたしの店から持っていてはいけないカモミンの幼体が見つかる。
これで質のいい繊維を作るつもりだったな?と問われる。
いいえ、これは送られてきたものだと従業員たちはいうだろう。
どこの誰が送ってきたというんだ?と調べても、その頃には、屋敷は引き払われ、架空の依頼人となったはず。
カモミンの幼体を保有していた店のオーナーはわたし。わたしは少し前にカモミン討伐の依頼を受け、カモミンの幼体を討伐している。
ギルドにおろしたもの以外にも討伐をしていて、それが高価なものになると知った。わたしはおろさなかったカモミンの幼体を自分の店に架空名義で送りつけた。
わたしに容疑がかかる。ガーシがわたしが討伐したのは7体で全てギルドにおろしたといっても、裁判では採用されない。ガーシが護衛で、護衛は守秘義務がある。護衛対象の不利になることも言えないのだ。だから有利になることでも、不利になることでも、どちらを言っても採用されない。
わたしはそれでグリットカー氏があの場にいたんじゃないかと思った。
わたしが7体です、と言っても、それを覆せばいいんだもの。そうしたら簡単にわたしは犯罪者となる。
でもグリットカー氏は、それと反対のことを言った。
とりあえず、そう言って、許してもらおうという考え?




