第753話 冒険者の仲間入り④護衛
2日後、わたしを指名した依頼があった。スクワランまで、商隊の護衛だ。
Fランクの、見た目からして子供の女の子に!
その商隊の名前に覚えがあった。ウッド家からの調書にあがっていた、ユオブリアの南を拠点とする商隊。モーリッツ・ヴェルナーの傘下。
北側に今まで来たことはないんじゃないかな。
ウッド家からのドナイ侯の情報は集まって来ている。でも踏み込めるようなところがなくて、まだ引き続き集めてもらっているところ。
そのうちにこっちが釣れた。
モーリッツ・ヴェルナーは、店の営業を停止し、100万ギルを支払った。ネチネチしてそうだから、忘れた頃に仕掛けてくるかとは思っていたけど、我慢強くなかったみたい。
でもこんなすぐに、南を拠点とする普段こちらに来ない商隊が何かしてきたら、すぐに関連づけてこちら側も気づく、そうは考えなかったわけ?
ドナイ侯はかかわってなさそうだな。愚かすぎる。多分独断。候が入ってたら、もっと時をおくか、もうちょっとわからないようにやる気がする。
……わからないとでも本気で思っているのかしら、舐められたものだ。
スクワランまで行って帰ってくるとなると、一泊になるけれど父さまに許可をもらう。
あのまま引き下がるなら、ドナイ侯のコマになっただけだし、見逃そうかと思ったけど、仕掛けてくるのなら潰しておかないとね。
さて。護衛が決まった。顔ぶれが凄い。兄たちとわたしの3人に、ギルド長が支部を空けていいのかって思ってしまうギルバートと、さらにわたしの護衛であるガーシ。同じくシモーネにフォンタナ家の第1隊長のジョインさん。なんかめちゃくちゃ強いので固められている。
思った通り、依頼を受けるかどうかの顔合わせで現れた商隊の人は、討伐の時にカモミンに絡まれた商人風の人だった。あまりにも見え見えでこちらが恥ずかしくなってくる。
彼らの筋書きはこうだ。
先日、モロールの西の森にて、魔物とそれと対峙する冒険者を見た。それがまだ小さな少女だったから驚く。それも貴族の令嬢だそうだ。
令嬢でありながら、魔物を対峙して人の役に立とうとする心意気に胸を打たれた。その少女のことを調べるとすぐに詳細がわかった。シュタイン伯のご息女で、兄たちと一緒に冒険者登録をしたばかりだと。
元々、道すがら冒険者の護衛を頼むつもりだった。次の営業に訪れる街まであの令嬢に護衛を頼んでみよう。護衛はレベル上げに役立つし、もしその縁でシュタイン領と縁が持てれば尚いい。そんな下心もあるが受けてもらえないかと、ちらつかせて言ってきた。
受けずにいてもよかったんだけど、ターゲットになってるってことは、決着つくまで続くということで。今後も絡まれるなんて面倒なので、護衛の依頼を受けることにした。
迎え撃つ気だったものの、わたしは急に心配になった。大したことのない下心をちらつかせ、そんな可愛い下心ならと安心させる戦法だ。
まさかそんな見えすいた思いに、わたしたちがひっかかってると思ってないよね? 引っかかったとしても、冒険者ギルドを巻き込んだ上で、わたしたちに何かできると思ってないよね?
ギルドは国に属さず、権力にも屈しない独自の機関だ。世界中に仲間がいて、自分たちにも厳しいけど、それだけに一緒の志を持ち、乗り越えている仲間を思う気持ちも強い。冒険者ギルドを敵に回したら、生命線を断たれることになるわけだけど、そこに思い当たってるよね? それがわからないほど馬鹿じゃないよね?
わたしが口にすると、ガーシが言った。
「いち姫、気にすんな。ああいうアホってのはな、死ぬまで治らねーんだ」
ええっ?
ウチに単独で仕掛けるなら、店が潰れるぐらいで済むけど、ギルドを巻き込んだら、繋がりのある商会全て潰れるし、この先、未来永劫、冒険者から爪弾きにされるんだよ? 新しく何か始めようとしても弾かれるよ。
まぁ、本当に護衛が欲しいだけで、何もしてこなければいいけどね。
ギルバートから護衛についての講釈を受けることができて、これはよかった。
護衛はしてもらってばかりで、したことはないから。
注意点はいっぱいあるけれど、まだレベルの低いわたしたちだと、やっていくうちに身についていくものだから、最初は違和感を覚えたらそれを伝えることと言われた。
そうして護衛当日。わたしは寝不足だった。だからちょっとカリカリしている。
馬でなく、わたしはもふさまに乗っての移動だ。
休憩時間にやたら商人さんが話しかけてくる。ヴェルナー氏とシュタイン領、どちらにつくか秤にかけている気がする。
……商人ならどっちがお得かで悩むのは当たり前のことだけれど、ヴェルナー氏の価値観とウチの価値観とを悩むところで、大きく違うような。
調べてみて、ヴェルナー氏は意外にも、真っ当な商売をしていたけれど、とにかく男性優位なのが鼻につくのよね。南の方は、こちらより、女性軽視が激しいのかもしれない。はっきりいってそんな傾向の染みついた商隊と仲良くしたくない、わたしは。
そしてどこまで、この件にかかわっているのか。
ヴェルナー氏の使いなのか、依頼を受けて自身でやっているのか。はたまた関係なく、本当にただの護衛を雇いたかっただけなのか。
ま、もうすぐ答えが出るだろう。
本当に護衛を求めているだけならいいと願いながらも、わたしたちはバッチリ対策を練ってきていた。仕掛けてくるとしたら、以前襲撃を受けたことのある、山間の道と交わるあそこら辺だろう。
山道に合流する地点少し前になると、シモーネに何度か水色の鳥が来ていたので、やっぱりただの護衛の依頼じゃなかったんだなと思った。とすると、ガッツリかかわっているとみなした方がいい。あの場に現れたのが、何も知らず、ただわたしを確認するためだけに居合わせたのだったらよかったけど。やっぱりそうじゃないんだろうなー。使いではなく、コマ以上ってとこかな。
もうすぐ山間の道に差し掛かるという時に、護衛対象の馬車が突然止まった。
ギルバートが馬車に近寄る。
中から止まってくれと止められたようだ。
グリッドカー商会の代表、グリッドカー男爵が馬車から降りてきた。
髪も髭も茶色くて、癖っ毛だ。緩いカールがある。人の良さそうなおじさんに見える。
「どうしました?」
ギルバートが声をかけた。
グリッドカー男爵は、口の端だけを上げて、わたしを見て微笑む。
「取り引きをしませんか? リディア・シュタイン嬢」




