第746話 もふさまの悪夢⑤何者ぞ
少女は17歳になり、可愛いを脱皮して、美人さんへと成長した。
これはもふさまの〝記憶〟。だから、もふさまにもそう見えていたということだ。見えていたのにわからなかったみたいだけど、14歳になった頃から、わたしから見ればどこをどう見ても、嘘泣きしかしてなかった。
彼女はなかなか巧妙だ。誰にやられたとは一切言わない。
思わせぶりに〝転んだ〟と言った。転ばされたのを、そう言っているんだと思える言い方だった。
でもわたしは転んだのが事実なんだろうと思った。もしくはわざと転んだか。
もふさまはそれまで人族とかかわったことがないそうだから、わからなかったんだ。知らなかったんだと思う。息をするのと同じぐらいに、嘘をつくことができるのが人だってことを。
もふさまは彼女のことを、本当に気にかけていた。
小さい時、逃げ出したいと言ったのにそれを叶えなかった。
それが間違いだったんじゃないかと、深く悔いていた。
もふさまは何でこの夢を見ているのだろう?
レオは現実が悪夢だという思いに、影響されたんじゃないかと言っていたけど。
このまま夢が進めば、もふさまはあの子の裏切りを知ることになり、深く傷つく。封印された過去だけど、悪夢というキーワードで夢に見るぐらいの消せないものってことなのかな。
できるなら、裏切りを知る前に、もふさまには起きて欲しい。
夢の中でも哀しい思いをして欲しくない。
「ねぇ、もふさまはあの桃色の髪の娘のことを、どう思っているの?」
聖域で草の上に寝そべったもふさまは、わたしをちろっと見る。
『人族の娘だ。我はあの娘に一度、外に連れ出してくれと言われた。けれど、あの者は幼かった。我は人族の面倒をみることはできない。もし行った先がとんでもないところで、今いるところよりさらに状況が悪くなったら? そう思えば連れていくことができなかった。だから自分の面倒を自分でみられるようになったら、好きな場所へ連れていってやると言った。でもあの者は変わらなかった。周りから何をされても言い返すこともせず、未だ辛い目にあっているようだ。我のあの時の判断が間違っていたのかもしれない』
もふさまはわたしを見た。
『どうしてそんなことを尋ねる?』
「もふさまの心を軽くできないかと思って、沈んでいる原因があの娘のことだと思って聞いたんだけど、ごめん、わたしじゃ軽くできないや」
もふさまを、起こす方法はないかな。
『……お前は、聖なる方が遣わせた者か?』
「え、いや、違うよ」
どうしようと思った。でも打ち明けるなら今だと思った。
「もふさま、心を穏やかにして聞いてもらいたいんだけど。ここはもふさまの夢の中なんだ」
わたしは慌てて付け加える。
「にわかには信じられないと思う。それにわたしのことも覚えてないでしょ? だから余計に信じられないよね?」
『お前は誰だ? 何者ぞ?』
もふさまが微かに首を傾げる。
「わたしは、リディア。人族の13歳。もふさまの友達」
『もふさまとは我のことだな?』
わたしは頷く。
『我からは、お前が人族には見えないが?』
「もふさまの夢の中に入ったら、スキルの呪詛回避が発動して、トカゲに変化しちゃったの」
もふさまは目を瞬いた。
『……お前はなぜ、我の夢の中へ入ってきた?』
「そりゃ、起きて欲しいからだよ」
『……お前は友というが、我はお前のことを知らんぞ?』
「もふさまのこの夢が、わたしと出会う前のことだから」
『夢だから現実のことと結びつかなくてわからないと思うのが一般的な思考だと思うが、なぜ、お前はこの夢がお前と出会う前のことだと思っている?』
!
「……もふさまがわたしを覚えていないから」
もふさまは鼻を鳴らした。
『今、お前は嘘をついただろう? 我に嘘は通用せぬぞ。夢というが、何か知っているのだな? ……そもそもどうして我が夢を見ているからと言って、お前は入ってこようと思ったんだ?』
「普通の眠りじゃない。魔法がかかったような状態だったから、自分では起きられずに、同じ夢をぐるぐるみることになって、閉じ込められちゃうってノックスさまが言ったの。ローレライが存在してかけた魔法だったら、生命維持はするだろうけど、そうじゃないから、もふさまは起きないと衰弱死しちゃう」
大地の聖気を自身で纏わないと、聖獣といえども衰弱してしまうそうだ。
もふさまは不満げな顔をしている。
『ろーれらいだの、のっくすさまだの、何のことだ? 我にはひとつもわからん。わかるように話せ』
「長くなるよ?」
もふさまは構わないと言った。
わたしはダンジョン108階のボスキャラのことを話した。
わたしがローレライの歌声を聞いたためにローレライに閉じ込められ、自分の思い描く大好きなものだけの世界の夢を見てとらえられてしまったこと。
そこにもふさまが、魂ひとつで助けに乗り込んできてくれたこと。
ローレライを解放できて、クリアできたのはよかったけれど、起きてみれば今度はもふさまが夢に閉じ込められた状態だったこと。
そこに友達になった神獣のノックスさまがきて、状況を教えてもらった。
だから、わたしは起こしに、夢の中へと入ってこれたんだと告げた。
「信じられないだろうけど」
と、見上げれば、もふさまは頷いた。
『いや、信じる。お前は嘘は言っていない』
わたしはなんだか泣きそうになった。
『でも、隠していることもあるな。それはなんだ? お前は何か憂いでいるだろう?』
嘘をついてはいけないね。信用をなくしてしまう。
「ここはもふさまが経験した、辛い過去に続く夢なの」
ローレライの悪夢の話はしたから、もふさまもすぐにどういう意味かわかったようだ。
「だから、もふさま、もう起きよう。もう目を覚そう!」




