第743話 もふさまの悪夢②人族の少女
レオは、人族と知り合ったんだとぶっきらぼうに言いながら、尻尾が揺れているもふさまから、話を聞き出した。
もふさまが少女を見かけたのは、村はずれを流れる川原だったという。
傷だらけの桃色の髪をした少女が、血を洗い流していたのだと。
そこに悪ガキたちがやってきて、少女を囃し立てた。
髪が変な色だと。親と似ていない。お前は捨てられっ子だと。
少女は口答えするでもなく、静かに泣いて耐えていた。
もふさまは人族にかかわることはなかった。けれど目の前で見てしまったこともあり、不憫だと思って、少女が脱いで置かれた靴のすぐそばに、森の恵みを置いてきた。
もふさまはそれから、その川原を気にするようになった。
ある時は悪ガキたちに追いかけられているのを見たり、大人に打たれているのを見たりした。
少女は川原に来ては、泣いているのだった。
もふさまは少女が川原に来ている時は、そうっと森の恵みを置いていくようになった。
そんなある日、もふさまは少女から話しかけられた。
森の恵みをくれるのはあなたね?と。一度お礼が言いたかったのだと。
恵みものはいらないから、私と話をしてくれない?と少女は頼んできた。
自分と話してくれる人はいなくて、とても寂しいのだと言った。
守護補佐の力を使って話してもいいが、痩せ細った少女から魔力を奪うのはどうかと思えた。
でもここで話さなかったら、少女は無視されたと思うだろう。
もふさまは姿を現した。
少女は息をのむ。
「綺麗……。あなただったのね、私を気にかけてくれたのは」
そうにっこりと笑った。
なんと少女はもふさまの言葉を理解した。
ふたりはすぐに親しくなった。
少女の生い立ちも分かってきた。
少女は変わった髪色のことで、ずいぶん辛い思いをしてきたようだった。
生まれてすぐに、気味が悪いと母親に捨てられる。母親は父親に毛色が違いすぎる、どこの誰の子だと責め立てられ、耐えきれず娘を置いて逃げ出したのだ。
父親はどこの誰の子かもわからない子を置いていかれて憤った。だから物置小屋で暮らすよう言われ、用事をただ言いつけられた。
男は新しく女性を妻として連れてきて、やがて妹が生まれた。すると余計に家族からの風当たりは強くなった。その場所に居たくはなかったけれど、他に行くあてがなかった。
仲良くなってから少女は言った。
自分を何処かに連れてってくれないかと。ここで暮らすのは辛すぎるのだと。
もふさまは、そうすることができなかった。
なぜなら自分は聖獣で、人族の後ろ盾についてやることはできない。違うところに運ぶことはできるが、そこがここより悪い場所ではないかは、暮らしてみなければわからない。
もふさまは、今は連れていくことはできないけれど、少女に約束した。
大人となって、自分のことは自分でできるようになり、それで行きたい場所があったなら運んでやろう、と。
それからふたりは、静かに親交を温めていった。
活発そうな少女に見えるのに、悪ガキにも家族にもやられっぱなしで一言も言い返さないところが、もふさまにはもどかしかった。
何度もやり返せと煽動してみたが、少女が動くことはなかった。
そうして月日が過ぎていった。
少女はいつしか美しい娘になっていた。
大きくなっても体に傷は絶えなかった。
もふさまは、小さい頃の約束、どこかへ連れていくかと再び尋ねたけれど、娘は首を横に振った。
そして、もうすぐ、もふさまと会えなくなるかもしれないと言った。
もふさまがどうしてか尋ねると、娘は寂しそうに笑う。
自分はとうとう売られるのだと。
ここ何年か天候が悪く、流行病なども発生して、食べ物の収穫も少なく、人々は貧困に喘いでいた。平民は特にそれが顕著だ。
17歳になったこともあり、娼館へと売られることになった。
もふさまは、それなら尚更、どこか他のところへ行こうと言ったそうだけど、自分がいなくなったら妹が売られてしまうから、自分が売られるしかないのだと涙ながらに語ったという。
どうにかお前も妹を売られない方法はないのかと聞くと、一つだけ、方法があるという。
もふさまは協力すると約束した。
娘は嬉しそうにして、それなら、夜に家まで来てくれと言ったそうだ。
レオが、もふさま自身から聞いた話はここまでだそうだ。
ーーここからは、弱ったもふさまから、他の聖獣たちが聞き出したこと。後から、海の主人さまがレオに教えてくれたことだそうだ。
もふさまがその夜、言われた通りの家に赴くと、娘が頬を腫らしていた。そしてもふさまが贈った森の恵みをお金に替えて買ったという、綺麗な色のショールがくたびれた色の布切れに変わっていた。
どうしたと聞くと、売られ先で取られるだけだと、ショールは妹に取られたのだという。頬は、やはり行きたくないと言ったら、父親から頬を打たれたという。
「我が親御たちを吠えてやるか?」
もふさまは尋ねた。
「いいえ。でもついてきてくれますか?」
もふさまは娘の後をついていく、開けたところで、少し待っていてくれと言われる。
もふさまがその場にいると、ガシャンと音がして、檻のようなものに閉じ込めらた。
触ると力が抜けた。……これは聖霊石。
「お父さま、なんてことを。主人さまとお話をされるだけと言ったではありませんか!」
「これが森の主人か」
娘の父親であるらしい男は、もふさまを舐めるように見ていたそうだ。
「お父さま、おやめください。主人さまをどうなさるおつもりです?」
「王に献上するに決まっているだろう? お前は向こうに行っていろ」
男は娘の背中を蹴った。
吠えれば一瞬怯えた顔を見せたが、すぐに優越感ある表情に変わる。
檻が聖霊石でさえなければ、すぐに壊してやるのに!と、もふさまは思った。
「主人さま、ごめんなさい」
娘は目にいっぱい涙を溜めていたそうだ。




