第74話 執事と料理長
兄さまが風で服を乾かしてくれた。
洗ったわけじゃないから、こう、なんていうか気持ち悪い。潮の匂いが体にまとわりついている。
恨みがましく見たからか、シヴァが抱きあげてくれた。いや、おろせとおろしてもらったのはわたしなんだけどさ。
わたしがグズグズ泣いていると、みんなは魔物を倒したお金の使い道を相談し始めた。
もふさまは魔石を3つ欲しいと言って、それ以外はいらないと言った。
残りの魔石は家で使ったり、魔具を作ってもいいだろうと言われた。
最終的に残り全額を人数分できっちり割ることにした。わたしたちの分は結構な金額になると思うから、そのほとんどは父さまと母さまにわたしたちが大きくなるまで預け、端数をお小遣いとしてくれると言った。
「わたし、戦う、してない」
鼻を啜りあげながらいうと、アラ兄が首を振る。
「あの、土人形、凄かったよ」
「うん、畑仕事の時の大きなやつだな」
ロビ兄がいうと、おじいさまが首を傾げた。
「リーは、土の人形を作って畑の世話をさせるんだ」
「な……なんと」
おじいさまが絶句している。
「リディーは自分で動くの嫌いだもんね」
うっ、その通りだけど、そういう言われ方すると、命令してやらせるのが好きみたいじゃないか。
「自分、動く、うまくできない」
やることはわかっているのに、自分でやるとうまくいかないんだよ。今、みたいに。
今だって、足を濡らさないように、手を波に付けたかっただけなのに。
少し先で手を地面につけたかっただけなのに、ぐしゃっといった。
「リディアは不器用なところがあるのかもしれんな。でもその代わり、魔法の操作がうまいみたいだ」
「魔法、細かいこと、うまくできない」
「そうだな、細工のような細々したものは苦手なようだが、大筋を捉えるのには長けている。人とは違う魔法の使い方を考えられる。それはすごいことだぞ?」
えへへ、そうかな?
昼食を抜いてしまったので、食堂でご飯を食べた。海を眺めながら食べられる外に設置されたテーブルもあったので、そこで食べた。
食堂の女将さんらしき人に海に入ったのか聞かれた。ロビ兄が波打ち際で転んだんだと明かすと、塩水は洗い流さないと匂いや後で塩をふくよと教えてもらった。まぁ、そうだよね。髪も固まってるもん。ベタベタしたまま。水魔法で洗えば良かったのかもしれないが、それには寒かったのだ。家に着いたらすぐにお風呂に入ろう。
わたしはタタコのパスタにした。タタコは多分タコだろう。メニューの説明がきを読んでパスタが食べられるとウキウキした。
おじいさまは焼き魚、シヴァとロビ兄はイカ焼き、アラ兄ともふさまは魚介のスープで、兄さまはエビの香草焼きにした。どれもパンがついてくるようだ。
パスタはちょっと太いが、パスタだ! これ、作り方知りたい。
タタコのパスタは絶品だった。魚醤と果汁が使われていて、さっぱりしていながら、タコの風味をよく生かしている。フォークにくるくるまとめて食べていると、すっごい見られた。料理は大人用一人前なので半分も食べられなかった。もふさまがきれいに平らげてくれた。タコも気に入ったようだ。
1匹の魔物を下ろしたお金で食事を食べ、今日は父さまと母さまにお土産を買うことにした。わたしたちが初めて自分たちで手にしたお金だったから。
わたしは母さまにきれいな櫛を買いたいと言った。みんな、家にあるのは歯がかけたやつだもんねと納得してくれた。父さまには髭剃りを買うことにした。父さまのも年季が入っているもんね。海とは関係ないものになってしまったけれど。雑貨屋さんで、素敵な櫛と、髭剃りをみつけることができてそれを買った。夕方だったので、慌てて帰る。3日後にはまた来る予定だ。
もふさまの背中では、わたしは提案をした。父さまたちに預けられるお金で、もし買えるようなら荷馬車と馬を買えないかと。みんないい考えだと言ってくれた。
そんな話をした後だったので、庭に荷馬車がいて驚いてしまった。って、荷物は積み込まれていたんだけど。
「ただいまー」
ロビ兄がいの一番で家に入っていく。わたしはもふさまを抱え、シヴァに抱っこしてもらっている。シヴァはわたしの鼻の頭とちょんと触った。
「痛いですか?」
どうやら傷になってるみたいだ。
「レギーナさんに治してもらいましょうね」
ちなみに、クセとなり普段使ってしまわないように、光魔法は封印する勢いで使うなと言われていて、それを守っている。
入っていくと居間には、背の高い柔らかい物腰ながらピンと張り詰めたような空気をまとった男性と、どしっとした感じの可愛らしい女性がいた。
ふたりはおじいさまにむかい膝をつく。
「ご苦労。お前が来たのか」
「はい、砦にはほんわかしたゼップルがいた方が皆の気も休まると思いましてね」
「……頼んだぞ」
おじいさまがそう言うと、その人は手を胸において頭を下げた。
シヴァとも顔見知りのようで、軽く挨拶した後、父さまが声をかけた。
「子供たちを紹介する。フランツ」
呼ばれて、兄さまは父さまの元に駆け寄った。
「アラン、ロビン」
兄さまの横に双子が並ぶ。
「リディア」
シヴァがおろしてくれたので、もふさまを抱えたまま、ロビ兄の隣に並ぶ。
「これから家で働いてくれる、執事のアルノルトに、奥さんで料理をしてくれるピドリナだ。ふたりとも砦にいたことがある。父さまや母さまと友達でもある」
「この度、縁あって、こちらで執事をやらせていただくことになりました、アルノルトと申します。よろしくお願いいたします」
ピシッと頭を下げた。
「私はピドリナと申します。皆様のお食事を作らせていただきます。お好きなものがあったら教えてくださいね」
彼女はにっこり微笑んで、わたしたちに頭を下げた。
「フランツ・シュタイン・ランディラカです。よろしくお願いします」
「アラン・シュタインです」
「ロビンです。肉が好きです」
「リディア、です。甘いの、好きです。もふさまです。もふさま、なんでも食べます。こってりとお肉が好きです」
ピドリナさんがわたしの前でかがみ込む。
「あの時の赤ちゃんが、こんなに大きくなったのね」
「ピドリナはリディーが生まれたときに、顔を見に来てくれたのよ、辺境まで」
母さまとピドリナさんは仲がいいみたいだ。
ふたりも到着したばかりで、挨拶をしていたという。とりあえず、馬車で積んできたものを運び出してしまわないとということになった。みんなでやればすぐに終わり、馭者さんは馬車を動かした。今日はモロールに泊まり、辺境まで帰るそうだ。
シヴァが母さまに言ってくれたみたいで、鼻の傷を光魔法で治してくれた。
その時に、服や髪が汚れているわけを聞かれた。やはりロビ兄が転んだ事実を伝え、すぐにお風呂へ直行となる。
お風呂は直したばかりだ。裏庭に脱衣所付きのわりと大きなお風呂を作った。井戸から取れるようにして水を貯めた。それを魔法でお湯にするのは、火魔法の使える、ロビ兄、母さま、兄さま、わたしだ。いずれ温めるのも、水道のように蛇口からお湯を出す魔具も買いたい。いや、作りたい。使ったお湯は排水溝を通り、地下のプールに貯めている。水などをきれいにする浄化の魔具は買ったのでこれできれいにして、川へと流している。
母さまとピドリナさんとお風呂に入った。ピドリナさんも外国に行ったことがあるようで、そこでも一緒に入ったわねと懐かしそうに話す。ハーブ入りの石鹸に感動していた。香りがいいって。えへん。
旅の疲れを一番に癒してもらいたいところだったが、わたしが汚れていた事情から、一番風呂をのっとり、さらにわたしを抱っこしたために汚れたシヴァが次に入った。
髪の毛をタオルで拭いてもらっているとくしゃみがでた。もうそろそろ乾かさないでいるのは寒く感じるようになってきた。
父さまは部屋数はいっぱいあるのでアルノルトさんたちに使ってもらおうと思っていたみたいだけど、使用人がそういうわけにはいかないと言われて、キッチンの裏口近くに土魔法で小屋をたてた。後から大工さんに頼んでちゃんと家を建てると言ったのだが、ふたりは土魔法の建物をいたく気に入ったみたいだ。父さまもわたしたちにいろいろ作らされて、魔法の精度があがっているし、上手くなっている。お風呂もそうだけど、普通に過ごしやすいんだよね、土魔法の小屋って。