第738話 ローレライの悪夢<前編>
「さて、そろそろ108階を攻略するか」
「そうだね」
片付けをしながらひとりごちる。
「108階かー」
「なんだ? どうした?」
ロビ兄に呟きを拾われた。
「前に言ったの覚えてる? ここはまるでテンジモノが作ったんじゃないかと思えるって」
ロビ兄たちが頷く。
「77階、すっごいラッキーフィールドだったでしょ?」
「ああ。魔物が出なくて、ただ歩いているだけでドロップ品が落ちてくるもんな」
時々、ドロップ品がおかしいことがあるんだけど、77階はその最たるものだった。わたしの見知ってる、日本製品のみドロップしたのだ。炭酸のジュースが出てきたのが一番驚いた。
これテンジモノが関係してそう。けれど、ダンジョンって作れるものなのか? ギフトで何かあったのかな? と思った。そしてそれは絶対同胞だ。日本人。
日本人に嬉しいものばかり、ドロップするんだもん。W除菌の洗剤が転がっていたときは唖然とした。
「ああ。それがどうした?」
「前世にラッキー7って言葉があってね」
「ラッキーセブン?」
「確か、野球、スポーツで幸運なことがあって、それが7回戦、えっと7に因むことだったから、7はラッキーな数字と言われたりしてね」
「へー」
「7はラッキー、そして、108って煩悩の数って言われてた」
「ボンノウ?」
「うん、人が感じる迷いや苦しみは108個あるんだって。77階がラッキーだったから、108階は気を引き締めた方がいい気がするの」
いいことだけ踏襲してくれればいいけれど、なんとなく、そういうブラックユーモアーをぶち込んでくる気がして怖い。
「みんなー、起きてー。まだ眠い? 108階行くよー」
レオでさえ飛び起きた。みんなダンジョン好きだねぇ。
「みんな108階は嫌な予感がするから、気をつけてね」
わたしは注意した。
「嫌な予感ってなんでちか?」
「前世でね、人の持つ煩悩は108個あるって言われていて、迷いや苦しみのことを指すの。77階、ドロップ祭りだったでしょ? 前世で7はラッキーナンバーと言われていたの。なんだか空っぽダンジョンは前世とリンクすることが多いから、108階は気をつけて欲しいの」
『よくわからないけど、そうなんですね。勘も鋭いリディアの言うことです、みなさん、気をつけましょう』
ベアがみんなを見渡した。
108階は苦労した。
出てくる魔物がアンデッド系だったからだ。
寂れた古城のフィールドで、めちゃくちゃわかりやすい宝箱が、ほうぼうに置かれて、お宝があった。
スケルトン、初めて戦った! 不気味だけど、ゾンビよりは戦いやすいかも。人型だと、腐ったところが落ちたりするのも、なんかこう見なくていいもの見せられているところなのに、気になって気が削がれちゃうし、どうしても触りたくないと思うと、逃げがちになる。
その点カラッカラに乾いている骨なら、そこまで抵抗はない。
レイスと呼ばれる霊体みたいのが一番困った。霊体のままだと物理攻撃が効かないから。魔法もダメ。聖水が一番効いた。聖水を浴びせると、少し固まったようになる。こちらの次元に実態を持つというか。そこを物理攻撃した。
敵のアンデッド軍団は魔法みたいのを使ってきて、それが呪い系じゃないかと思われる。一度アリが尻尾の先に少しだけ何かかけられちゃって、急に動きが悪くなった。聖水をかけたら大丈夫になったんだけど。あれもちょっとかかったぐらいだったから、すぐに動けるようになったんだと思う。この階は聖水いっぱい持ってないと危ないということがわかった。
次は聖水をいっぱい持って万全な体制を整えることにして、今回はボスに挑まず切り上げようという話になったのだけど、そうは問屋が卸さない。
元来た通路に戻ろうと扉を開けたら、そこに湖が広がっていた。
強制イベントのようだ。
その湖から魔物が出てくる?とみんな武器を構えた。
ん? なんか聞こえる。歌声?
このフィールドにきて確信したことがある。
このダンジョンを創ったのは、それか、創るのに協力したのは、絶対テンジモノ。ゲームの世界を多少かじったぐらいの日本人!
他の階の魔物でそう思ったことはないけど、この階のアンデッド系がすっごくちゃちだ。名前となんとなく知っている感で作られた感じ。階が上に行くほどレベルが高くなってきたのに、この階はアンデッド系に強い者がいないわたしたちでもなんとかなっているのもおかしいし、適当すぎる!
そしてそのよく魔物を知らない人が作り上げそうな、湖、歌声、で連想するものがある。ピンときた。その名はローレライ!
「みんな耳を塞いで! 音を聞かないで!」
わたしは叫んでから耳を塞いだ。
元は、きれいな景色を先頭さんも見惚れて、舵が疎かになり沈没することが多かったってところから物語やらが生まれ、水事故は魔物が歌声を使って引き摺り込む、みたいな物語、伝承が爆誕した。それが頭にある誰かが作った気がする。
アラ兄も、ロビ兄も耳を塞いだが、もふもふ軍団は耳を塞げない!
「みんなぬいぐるみ防御して!」
ポンポンとぬいぐるみになっていく。
あ、もふさまだけそのままの姿だ。
わたしはトラサイズのもふさまに駆け寄って、もふさまの耳を塞いだ。
「「リー」」
兄たちの呼ぶ声とともに、メロディーが体に染み込んでくる。
このメロディー、知ってる……。
「リディアー」
制服の裾をはためかせ、片手をあげて走ってくるのはミニーだ。
ミニーは制服が似合うと思ってた!
似合うと思ってた?
「一緒に帰ろう?」
声を掛けられ、うん、とわたしは頷く。
「リディアたちも帰るところ?」
振り返ると、レニータだった。
「うん。レニータも?」
「うん、ユリアさまが、途中まで馬車に乗せてくれるって」
あれ、レニータとユリアさまって一緒に帰るほど仲が良かったっけ?
「そうなんだ、……よかったね」
「うん」
クラスメイトと、今日の授業のことを話しながら門から出た。そこで別れる。
「あ、もふさま!」
トラサイズのもふさまだ。
『家に帰るのだな? 乗せてやる』
「やったー!」
ミニーがはしゃいで、もふさまの背中に乗り込む。
「みんなは?」
もふさまにわたしは尋ねた。
『ベアが蜜を買うと言って、一緒に行ったぞ』
そうなんだー。
ミニーの後ろにわたしも乗り込む。
「あれ、ビリーと一緒に帰らなくていいの?」
自分で尋ねておいて、不思議に思う。
ビリーも学園に来てたっけ?
「うん、今日はクラブで遅くなるって」
「そっか」
じゃあと、もふさまに出発してもらう。
もふさまが駆ければ、すぐに領地の町に着いた。
「じゃあ、リディア、また明日ね」
「うん」
と頷いて、ミニーに手を振る。
なんだか地に足がついてないような、現実ではないような、気持ちが落ち着かない。




