第736話 眠れる獅子⑤提案
クイの雷で、大きな黒い毛並みのクマもどきが真っ黒に焦げて、プスプスいっている。
「おおー、階段だ! これで107階クリアだな!」
ロビ兄は嬉しそう。空っぽダンジョン107階クリア。
攻略して次の階へと道が開けるのは、達成感もあり、やはり気持ちいい。
心は逸るが、焦りは禁物だ。
「そろそろお昼にしよう」
「そうだな、この階でお昼にして、食べ終わったら108階に下がろう」
アラ兄が告げたスケジュールに、みんなが頷く。
ダンジョンの中は階ごとにテイストが違う。フィールドによって暑さも違った。80階以降は概ね涼しいフィールドが続いた。
今いる107階もひんやりした森フィールドで、今が夏とは信じられない。
『クマ、金塊だった』
つまらなさそうにクイが言って、わたしに戦利品を持ってくる。
「でかっ!」
思わず品性のかけらもなく、叫んでしまった。
『一撃だったからだな』
レオが価値あるドロップ品の理由を推測する。
もふもふ軍団&もふさまは、ドロップ品がお肉の時だけテンションは上がるけど、あとはそれほどでもない。
金塊を収納ポケットにしまう。
セーフティースペースでお弁当を広げることにする。
今日はお肉のお寿司だ。すし飯にお肉と薬味を乗せて握っている。
それからスティックにした野菜サラダ。こちらは甘じょっぱいから辛いまで各種ディップを用意している。
甘い卵焼きに、角煮と花巻。キャベツとニンジのスープ。
家族のみなので、料理ごとにお皿に入れて、各自好きなだけ取り分けるスタイルだ。
エリンとノエルはひと月の謹慎を言い渡され、課題がそれぞれに出ている。だからダンジョンにも来ていない。
かわいそうだけど、仕方ない。
あの日、やっぱりエリンとノエルは怪しげな商人について行ったのだ。
領地に入れたから犯罪歴はない。見た目は商人風。魔力も自分たちの方があるとわかる。それにここは領地。ハウスさんの名を呼べば、すぐに助けてもらえる。
商人風の男たちは、わたしが手を離せない状況で、ふたりを呼んできてと言われたと言った。手が離せない状況でも、わたしが双子を呼ぶ方法はいくつもある。
伝達魔法、それから、もふさまだったり、もふもふ軍団だったり。ハウスさんの気が行き渡っているので、ハウスさんを通してそれぞれの仮想補佐を頼る手もある。
でもそんなことをしなくても、領地の誰かに、「エリンとノエルを見なかった?」とでも尋ねれば、瞬く間に伝言ゲームのように伝わって、探していることが伝わるし、どこにいるかもすぐにわかる。わたしたちは領主の子供なので顔が知れているし、みんな協力的だ。
だからエリンとノエルも、領地民でもない人からそんなことを言われて、すぐにおかしなことだとわかった。
だから余計に何を企んでいるんだろう?と好奇心でついて行ったようだ。
これについては、自分の力を過信する現れであり、結果眠らされていたのだから、起こりえたいろいろなことを父さまから説かれた。今度ばかりは反省したと思う。ダンジョン攻略に参加できなくても、駄々をこねずに、大人しくしているのから。
「ドナイ侯のこと、計画立てたのか?」
ロビ兄に尋ねられた。
「うーうん、まだ。今、情報を集めているとこ」
情報が集まるのをただ待つのもアレなんで、素材集めのため空っぽダンジョンを訪れた。
午前中はもふもふ軍団に分かれてそれぞれに付き、素材を集めるのを手伝ってもらった。楽しいけど、攻略済みの階だけでは物足りなくて、お昼前に107階に集合した。難なくクリアして、108階への道が開かれた。
「ウッドのおじいさまに、また頼んだの?」
アラ兄に聞かれる。
それなんだよね。商売のこともなんだけど、ウッドのおじいさまに頼りすぎなのだ。
「それなんだけどね、提案したの」
「提案?」
アオが角煮をもう一度お皿に取っていいか悩んでいるようなので、スプーンで掬って入れてあげる。
みんながジト目で見てくる。
はいはい。
レオにはわたしのお肉のお寿司、アリには卵焼きをお裾分けした。クイには収納ポケットから出して、角煮の上に温泉卵をトッピング、ベアには蜂蜜のマスタード焼きのお肉を足し、もふさまにはミニ角煮温泉丼を。
ロビ兄とアラ兄もお腹はまだいっぱいじゃないというから、ハンバーガーを出した。みんな嬉しそうに頬張っている。
「提案って?」
アラ兄に促されて思い出した。その話をしていたんだっけ。
「ウッド家の優秀な人材が世界の至る所にいるでしょ? 頼るのは良くないと思っていても、情報を得るには持ってこい、なのよね。報酬を払えればまだいいんだけど、おじいさまはもらってくれないし。それでね、情報網を作るのはどうかと提案したの」
「情報網?」
「そう特に人員を割かなくても、今まで通り普通に働き、そして少し情報を流すだけで済むから、経費がそれ以上かかることもないわ。ウチにもそういった情報を流してもらいたい見返りとして、2つのプレゼント付き!」
「プレゼント?」
「うん。ひとつは……blackが人材育成していたの知ってるでしょ?」
「ああ、兄さまが当主をおりてもみんなついていくって言って、どうしても話が平行線になるから、当主を守る新たなblackを育成できればついてきてもいいって話がついたんだよな?」
ロビ兄に頷く。
そうなのだ。当主というか、バイエルン直系の血筋についていきたいみたいで、兄さまは当主をおりるといっているのに、兄さまに生涯仕えるといってきかないらしい。
兄さまは条件を出した。
新たな当主に仕えるblackを育成するように。そうしたらそのものたちに任せて、自分について来てもいいと。と言えば、ついてくることは諦めて、当主に仕えると思ったんだけど、なんと彼らは本当に人材を育成し始めた。
まぁ少数精鋭であるものの、引退やら何やらで、人を足したり入れ替わりはあった。だから元々、人を育てるノウハウがあった。こんな何人もいっぺんに育成したのは初めてみたいだけど。時々試験をするとかで、兄さまに新人が付けられることもあるそうだが、仕事の手伝いなんかも含めてかなり優秀だという。
育てることもできるんだ。それってすっごい能力だわ。
わたしは兄さまに断ってから、blackと話をする機会をもらった。受けてくれるかどうかはblack次第で。
わたしの依頼は、商人であるウッドの人たちに隠密的な働きのことだったり、情報を得るノウハウを教えてくれないかってこと。こちらもウッドの人たち同様、お金で動く人たちではないから報酬には魔具を打ち出した。




