第725話 若君の野心③聖霊王
「ウチに獣憑きがいるのは知っているだろう? 彼らが拾い集めてきたことだ」
「人族が知り得ないような、情報のような気がするんだけど」
「ウチは蔑まれる国だから、そういう蔑まれたものたちが集まってきた。……その中には自分の力だけでは自分を守れない、希少種族もいた。匿ってやる代わりに、情報を得た」
なるほど、そういうわけか。
ガゴチは一部で嫌われていたりするけど、そういう世間からはみ出した、弱い人たちの受け皿にもなっていたんだ。
他種族は人族より少ないからか、同族間の繋がりが強い。だから過去の話もしっかり伝えられていたりする。シュシュ族、ポポ族、名前は知らないけれどオババさまの種族。彼ら独自に伝わってきたことを教えてもらい、わたしも、助かったことも多い。
「聖なる女王、その条件とは何? 誰に聞いたの?」
そこが要だ。
「ああ……神聖国を興すにはシュシュ族の協力がいる。けれどワーウィッツがシュシュ族を絶滅させた。そんな噂も流れたね。真偽はともかく、毛皮は有名だったから非難が集まったよね。でも、絶滅される前に逃げていたシュシュ族もいたんだ」
逃げた子たちもいたんだ……そしてガゴチに保護された。そうアタリをつける。
「獣憑き、他種族。オヤジやジジィはいい顔しなかったけど、俺は彼らの目が、自分と同じに思えたんだ。はみ出しているって感じが一緒で。だから俺の部隊を作った。情報収集部隊だな。俺は強さではジジィたちには勝てないけど、その情報を武器にしてガゴチの上位にいるんだ」
直系でも何かに秀でていなければ認められなかったんだろう。獣憑きや他種族を受け入れたガインの行動が、情報をとってくるという点で評価を得ることになったんだ。
ってことは今のガゴチの情報収集能力は、ガインの部隊に頼っているところがあるだろう。
「ジジィたちは神聖国を興したくても興せないと思っていた。だから、嘘っぱちで立ち上げる、とね。聖域を作れないで、それでもそれっぽいのを作って神聖国と言い張る気だった。
俺はシュシュ族から情報を手に入れた。女王を立てて、聖霊王に降りてきてもらう。その女王に君は当てはまる」
ゴクリと喉が鳴る。
「当てはまるって?」
ガツガツしないように、平静を装って聞いてみる。
「聖霊王が降り立つとそこは聖域になるそうだ」
シュシュ族ならそれを知っているだろう。けれど聖霊王が2度と大地に降り立たないことも知っているはずだ。
「……だから当てはまるって?」
「聖霊王は女王と婚姻して、女王に子を為す」
フリーズする。
ん? 待て。子を成す?
「あ……あんた、わたしと婚姻を結びたいとか言ってたじゃない。そう言っておいて、聖霊王の子を生ませるつもりだったわけ?」
「じ、実際に人族のように子を生むわけじゃない。聖霊たちが聖力から生まれるんだ。聖霊が増えれば聖霊王も帰っていくみたいだし」
ガインは真面目な顔をした。
「聖力で聖霊を生み出すには、純潔でないとできないらしい。瘴気が多いと聖霊王への障りとなるから、光の使い手で瘴気を浄化できると、聖霊が生まれやすいという。君は元々瘴気が少ない。光の使い手だ。そしてほんの少しだけど魔力を絶えず外に出している。それは器が受け止められないからだね? 魔力もたっぷりあるんだろう。そして聖なるお遣いさまと、とてもうまくやっている。聖霊たちを生み出すのに、君ほどぴったりな人はいないと思う」
聖力って? 魔力とは違うの? わたしに聖力があるってわかっているの? どうやって? なんでわかるの?
そう言われ疑問が湧き上がった時、バンとドアが開いた。
「姉さまになんてことを! 姉さまにそんなことをさせるぐらいなら、あたしが聖霊王と結婚してやるわ!」
「エリン〜!」
颯爽と現れたエリンが、ガインの胸ぐらを掴んでいる。そのエリンの服を引っ張っているのはノエルだ。
ガインは片手で、お付きを止めるような格好をしていた。
お付きがエリンをどうにかしようとしたのを防ぎ、自分の胸ぐらを掴ませたのだろう。
「エトワール・シュタイン、ノエル・シュタイン。手を離して、こちらに来なさい」
厳しい声をあげると、エリンもノエルもビクッとしてわたしを見上げる。
手を離し、わたしの横に来た。
モニターで、誰かしら見ているとは思ったけど。
「ガゴチの若君、妹と弟が失礼いたしました」
どこかで見ていたこともばらしたのよ、どうするのよこれ。
そう思いながら、頭を下げる。
「ノエルはお会いしてますね。エリン、非礼をお詫びして、それからきちんとご挨拶しなさい」
エリンは上目遣いにわたしをチラリと見る。
「第4子、エトワール・シュタインです。胸ぐらを掴んで痛くしてごめんなさい。けれど、姉さまに聖霊王の子を生まさせようとするなんて、聞き捨てならないわ!」
あー、もう。
わたしはベルを取って鳴らす。
「あたしが聖霊王と結婚するから! あたしが聖霊を生むから。だから姉さまの幸せの邪魔をしないで!」
ハンナがやってきた。
エリンの目尻に溜まった涙を親指で拭いて、ノエルとエリンを引き渡す。
静けさを取り戻した部屋で、わたしは謝る。
「妹たちがすみません。話も聞いていたみたいですね」
「あれが妹か。公言していないが光の使い手みたいだな。瘴気も多そうだけど。いや、それだけじゃない。シュタイン家は獣憑きが生まれやすいのか?」
「? エリンは獣憑きではないわよ」
「? 強い魔物のような気配だから、獣憑きかと思ったよ」
エリンも魔物クラスに強いからな。
「若君、ひとつ情報を開示しましょう。これはある方から聞いたことですが、信頼できる情報です。神聖国は興せません。なぜなら、聖霊王が大地に降り立つことは2度とないからです。創造神から禁止されたんです。若君が話してくれた神聖国の成り立ちでもそうだったでしょう?」
シュシュ族からもそう聞いたはずだ。
ガインは表情を崩さなかった。
……何も言わないけれど、知っていたんだと思う。
「……それらしく見える儀式でも、するつもりでしたか?」
それだと、結果、将軍たちと同じことをすることになる。
「昔、聖域を増やしたかったのは、聖女が暮らしていけるようにするためだと思います」
「聖女が暮らしていけるように?」
「はい。聖女は聖域で力を使わないと命を削るからです」
だって、聖域が神が入ってこられない場所だなんて、誰も知らないと思う。神殿から出てきている情報は、聖女に関するそれだけだ。
でもほんと不思議なんだよな。聖女は「聖」と名づいているけれど、女神が手助けする神属性。神殿預かりでもあるしね。それなのにどうして、神を入れずに人を守るための〝聖域〟で力を使わないと命を縮めるってことになるんだろう? 矛盾してるよね。




