第724話 若君の野心②神話
ガインから創世記は知っているな?と確められ、わたしは頷く。
創世記というから、後に誰かがそれらしく、世界の成り立ちを物語のようにしたのだろうと聞いていたら、神さまが語った本当のこの世界の成り立ちだと言われて驚いたっけ。
この世界はラテアスさまの弟子のひとりによって創られた。
ラテアスさまが弟子たちに宿題をだした。生命を育めるような小さな箱庭を作るようにと。弟子の神さまたちは張り切って趣向を凝らした箱庭を拵える。けれど、ひとりだけ、考えれば考えるほどわからなくなってきて、お使いで行ったことのある世界で見た、ある箱庭をそのまま形にした。
いくつもの種族の生命体が存在できそうな魔素溢れる箱庭で、ラテアスさまから褒められる。嬉しくなった見習い神さまは、拵えた箱庭に生命力を注いでしまった。自分の作った箱庭が動き出すのを見てみたくて。
見習いが拵えるような箱庭なら、生命を育むのに時間がかかるはずだった。けれど、その見習い神さまが模倣したのは〝初め〟から〝終わり〟までが存在する、しっかりと筋道のある箱庭だった。結果、あっという間に箱庭は生命を育む〝世界〟になった。
生命が生まれてしまった箱庭は見守っていくしかなくて、そんな成り行きでこの世界は存るようになった。
だからこの世界の創造神は見習い神さまなんだけど、見習いが生命を宿す行いをするのは禁止されているから、見習い神さまは封印され、師匠であるラテアスさまがこの世界を管理されることになった。
そういえば、ここが模倣された世界なら、そのオリジナルの世界はどんなふうになっているのだろう? やっぱりどうにもできない瘴気を何処かに封印したりしているのかしら?
〝初め〟から〝終わり〟まで存在しているってどういうことなのかな? そういう謎が永遠に解消されないから、神話系って好きじゃないんだよなー。
「じゃあ、創世記は省く。箱庭には箱庭を創るための、あらゆる神と聖霊がいた」
ガインが静かに話し始めた。
ーー昔はひとつの大地に、箱庭の神たち、聖霊と聖霊王、人族、獣たちも一緒に住んでいた。
ところが、ある神が奔放な人族に嫌気がさし、人族を滅ぼそうとする。それを止めたのが聖霊王。人族は寿命が短く、種族的に育っていくのにも時間がかかるのだと。でも神は聞き入れなかった。お互いの力をぶつけ合い、大地が6つに割れた。
一番損傷が激しかったのが、後にツワイシプ大陸と呼ばれるところ。まさに喧嘩をした現場だったから。でもだからこそ、他の神や聖霊が多くいて、みんなが祝印したことで、豊かな大陸になった。その割れた時にいた大地に、聖霊たちは根づいたと言われている。
ラテアスさまがその喧嘩を重くみて、神たちも聖霊王も聖霊も、人族と大地にかかわるのを禁じ、大地から引き上げさせた。
ただ聖霊たちは大地に同化してしまった者が多かったから、全ての聖霊を引き上げさせるのは難しかった。それがフェアーでないと、また喧嘩が始まりそうだった。
そこでラテアスさまは、枯れた土地の中に神域と聖域を拵えた。仲違いしないための約束の大地。この地にだけは、望まれたとき、神も聖霊王も降り立つことができる。仲違いしないでいれば。人族とかかわることができる場所、ラテアスさまはそれだけを許した。神域と聖域が融合する地。それが聖女の子孫が治めることになった神聖国だそうだ。
神も聖霊たちも、自分たちが作りあげてきた大地と、そこに息づくものが好きだった。だから神聖国に留まりたがった。けれど、人というのは欲深い生き物。聖霊王と人族の娘が恋に落ちてから、余計にそれが顕著になった。そうしてある日、ひとりの神が暴走し、人族のひとりを死なせてしまう。怒りが向かった欲深い人族を庇おうとした、聖霊王と恋に落ちた人族の娘だった。聖霊王が怒り、その神と争い、再び大地は傷をおった。
ラテアスさまは神と聖霊王、そして動ける聖霊たちは、神聖国から引き上げるよう命じられた。
聖霊王はラテアスさまに頼み込んだ。地と同化してしまった聖霊が多くいる。それに呼ばれた時にだけ、地に降りたいと。先に約束を破ったのが神であることから、条件をつけてそれを許すことにした。条件は非常に狭き門となることだったけれども。
聖霊王は人族の行く末を案じていた。ラテアスさまが制しているものの、神たちはカッとなるとすぐに手を出してしまうところがある。聖霊王は条件があえば、すかさず大地に降り立ち聖域を作った。自分が降り立てばそこは聖域となる。聖なる力を注ぎ込めば、そこは神が入ってこられない。自分がいなくても人族を神から守れる場所となる。
神と聖霊の住う空域では、争いは絶えなかった。お互いのせいで大地に降りられなくなったと思ったからだ。
聖霊王は大地に聖域を作り、人々が神から逃れられる場所を作った。けれど時が経ち、聖なる方を忘れていった人々は、聖域から弾かれるようになった。
さて。大地には降り立つことはできないものの、神域も確実に広がっていた。それは神を敬い称える〝神殿〟。
神たちは大地に降り立つことはしなかったが、神を敬う神官たちに思いを伝え、聖なる者からの攻撃に耐えられるよう鍛えた。
それが神聖国の成り立ちの神話だという。
ガインはお父さんやお爺さんのような強さはない。15歳という歳のこともあり、彼についてくるものはいない。力に属するからお爺さんである将軍にみな従っているが、国の在り方には疑問を持っているものもいる。
そこでガインは自分が神聖国を立ち上げると宣誓した。将軍も、もしガインが神聖国を立ち上げられるのなら、将軍を継がせてやると言ったそうだ。
そして神聖国を立ち上げられたなら、その手腕をもって、長として認めると配下も言ったそうだ。だから、ガインは絶対に神聖国を立ち上げると心に決めた。
わたしはその情報収集能力に驚いていた。
神話の本は全部でないにしろ、結構目を通してきたつもりだ。
でもガインのいうような、隅々のことまで書かれているものに出会ったことはない。1度目の戦いまでのことが一般的で、聖霊王の恋人が亡くなり、もう一度争いになったことは知らなかった。神殿が神域ということも。
「普通の神話の本に書いてないことだわ。どうやってその情報を?」
わたしはガインに尋ねた。




