第720話 デビュタント⑧派手だね
「次々となんだ、お前は誰だ?」
「俺はガイン・キャンベル・ガゴチ。リディア嬢に婚姻を申し込んでいる者だ。未来の婚約者を貶めることを言ったな。謝罪を要求する」
「ガ、ガゴチ?」
モーリッツ・ヴェルナー氏は目を見開く。
「……侯爵さまも人が悪い。14歳の落ちこぼれというから引き受けてもいいと思ったが、こんな幼くしてすでに男を複数たらし込んでいるとは! とんだ出来損ないを引き受けるところだった!」
モーリッツ・ヴェルナー氏は憤慨している。
「あんたみたいのに大事なリーは絶対やらない。あんたにやるぐらいなら、おれがリーと結婚して一生守る!」
「はー? お前は兄だろ? 何言ってやがる」
胸をそらしていったモーリッツ・ヴェルナー氏をロビ兄は鼻で笑った。
「シュタイン家から出て、養子になる。そうすれば、おれはリーと結婚できる」
手続き上は可能だ。
「そんなの許されるわけがないだろう?」
「あんたに許してもらう必要なんかない。リーが幸せであればそれでいいんだ。あんなのと一緒にいるより、おれとの方がいいよな、リー」
まあそれはそうなので頷く。
「ちょっと待った。そのおじさんと一緒になる必要はないと思うけど、兄妹より、俺が相手の方が断然いいだろ?」
「リーは再三、断っている」
なんかロビ兄とガインの言い争いになってきた。
「俺ならリディア嬢を権力からも守れるし、彼女の能力を遺憾なく発揮させることもできる」
「おれがお前とリーの婚姻に反対する理由は、お前がガゴチの若君だからじゃない。お前はリーを〝使う〟ことしか頭にないからだ」
「……それは誤解だ。彼女の生き方を尊重するだけだ」
「いいや、お前は頭の中で計算している。誰だってそういうところはあるけれど、お前は頭が良すぎるから完璧になって、いずれリーを動かすようになっていくだろう。お前が望むのは〝使えるリー〟だ。それはリーの幸せにはならない。だからおれは反対する!」
ロビ兄はそんなふうに考えてくれてたんだ。
ガインは口を開きかけたけど、沈黙した。
ロビ兄は兄さまをキッと見上げた。
「兄さま、おれは兄さまだから、リーを預けてもいいと思ったんだ。それがなんだよ。侯爵家の事情なんか知らねーよ。けど、兄さまがもたもたしてるから、リーがこんな理不尽な目に遭うんだろ? 男なら腹くくれよ。できないなら、リーを欲しがるな!」
兄さまはロビ兄に向かって手を胸に当て、首を垂れた。
そしてわたしに向き直る。
「本当にそうだね。君のお兄さんのいう通りだ」
兄さま……。
兄さまはわたしの前で跪いた。そしてわたしの手を取る。
「リディア嬢、私はあなたが好きです。強いところも弱いところも、あなたの全てが愛おしく、愛しています。
私は今は侯爵の地位を賜っていますが、いずれ当主を降りるつもりで、その後のことは決まっていません。私が何者になるかは決まっていません。ただひとつわかるのは、私が何者になってもあなたを愛し続けることだけです。今までどんなことがあっても、それだけは変わらなかったように。
こんな私ですが、あなたとこれから一緒に時を刻みたい。そうするためのできることはなんでもします。
どうか、私と婚姻を結んでください」
「いいの? 一緒に歩んでいくのが、本当にわたしでいいの?」
兄さまは、わたしの爪の先に口を寄せた。
「私が何より望むことです」
「わたしも兄さまと一緒に、時を刻みたいです」
兄さまが立ち上がり、わたしを抱きしめた。
わたしもギュッと抱きついた。本気で。
……と拍手が聞こえた。拍手に包まれる。
演奏よりも大きな音となって。
え?
と我に返る。ここは王宮のパーティー会場!
デビュタントの真っ只中!
「おめでとう」
「おめでとうございます!」
会場からお祝いの言葉が届く。
これって、公開プロポーズであり、それを受けたことになる?
「全くお前たちは派手だなー」
そう言いながら、笑ったのはイザークで、
「おめでとう」
ロサが華やかな笑顔で祝福してくれる。
「ありがとうございます」
兄さまはわたしと手を繋いだまま、皆さまにお礼を返した。
みんなの前で兄さまに抱きついちゃった。
と視線をあげれば、父さまが泣きそうな笑顔でいた。
親戚の皆さまも温かい笑みを浮かべている。
ガインとお付きの人はいなくなっていて、モーリッツ・ヴェルナーも姿が見当たらなかった。
「ロビ兄、ありがとう」
こっそりお礼を言えば、ティアラを気にしながら頭を撫でられる。
「リーが幸せならいいんだ」
というから、わたしは言った。
「ロビ兄も幸せでいてくれないと、わたしは幸せじゃない」
「ふっ。リーが幸せであるのが、おれの幸せなんだ」
そう言って、父さまのほうへ歩いていった。
「後で、皆さまに正式にご挨拶するよ」
兄さまに言われて、わたしも頷く。
「わたしも兄さまの親戚にご挨拶に行かなくちゃね」
そう笑いかければ、兄さまも笑った。
と、なんでもないフリをしているが、せっかくきれいにお化粧したのに顔は茹でたこだと思うし、気持ちがうわっついている。
嬉しいのと、少し恥ずかしいのと、やっぱりすっごく嬉しいのとで、ふわふわしている。




