第72話 魔物狩り
今日は山に来ている。
おじいさまとシヴァと一緒だ。もふさまは落ち着こうとしているけれど、尻尾のフリフリが止められず、子犬姿のままビュンとどこまでも走っていき、また戻ってきてを繰り返す。
わたしはシヴァに抱っこしてもらっている。兄さまも双子も、獣を罠でなく仕留めるということに、緊張しながらも気をたかぶらせていた。
わたしはおじいさまの〝鑑定〟を知るために、ゴリ押ししてついてきた。
もちろん母さまに止められたが、マップで敵がわかるので、最後には許してもらえた。
大丈夫、仕留めるのに加わろうなんて、露ほども思っていないから。
目的は〝鑑定〟のみ。
シヴァがわたしを抱えるのと反対の手で剣の鍔に手をやる。
マップに茶色の点が現れた。
ロビ兄がピクッとして、兄さまがふと視線を茶色の点が現れた方へと向ける。
アラ兄が剣に手をかけた。
そんな3人の様子をおじいさまが嬉しそうに見ている。
ゆっくりとそちらに音を立てないよう近づいていく。
ガリガリっという音がしていて、茶色いライオンに似たような獣が猫のように、立ち上がって木の幹で爪を研いでいるように見えた。
ふと動作を止めたライオン。点が赤い色に変わる。振り返ろうとしたときに、ロビ兄が動いた。
剣を突き出したが、ライオンは避けて4つ足を地面につけてこちらを見た。こちらの人数が多かったからか、逃げた。その俊足はその体の大きさからはとても想像できなかったもので、わたしたちは逃げていくのをただ見守ったようになった。
「あ」
ロビ兄が我に返る。
「ただ見ちゃった」
「何で魔法使わなかったんだろう」
「剣では無理な気がする」
3人とも自分の手にある短剣をみつめている。
『大丈夫そうだな。よし、魔物を狩ろう』
「もふさま、何言う? 獣、狩れなかった。魔物まだ無理」
驚いて叫ぶようにいうと、静けさが舞い降りる。
しまった。3人がうなだれている。でも魔物って獣より強いんじゃないの?
『なあに、獣で怖がらないなら、魔物の方が狩りやすいぞ。高位じゃなければ自分を強いと思っているから向かってくるからな』
もふさまがはしゃいでいる。
『リディア、今日は好きなだけ頬擦りを許そう』
「本当?」
『ああ。その代わり願いがある』
「願い?」
もふさまはシヴァの腕に腰掛けたわたしの膝に乗ってきて、わたしに何か押し付ける。トパーズ? 透明感ある山吹色の石。
「なんて透明度の高い魔石だ」
シヴァが驚いた声を上げる。魔石なんだ。
『リディア、これから我が魔石に魔力を込めるところを見せてやる』
へ?
もふさまが目を閉じた。そしてカッと両眼を見開く。
『守護補佐』
大きなトパーズのような石の中央が輝いた。兄さまたちもおじいさまも様子を見守っている。魔石の真ん中に炎のようなものが揺れている。
『今のが人族が〝付与〟と呼ぶものだ』
「魔力を入れるだけで魔石を魔具に……」
おじいさまが呟く。
そうか、今のが〝付与〟で、こうやって〝魔道具〟を作れるんだ……。
『リディア、今、〝知った〟だろう? この魔石にある魔力で魔具に変化させたから、この魔石には残りの〝魔〟は少ししかない。ここに、リディアの魔力を1〝付与〟してみてくれ』
わたしは頷く。
「ギフト、プラス・付与。魔力を1、魔具に注ぐ」
中央の炎が燃え上がる。熱くもなんともないけど、手を離してしまうところだった。
『魔力1だけで満杯のようだ。お前はスゴイな』
もふさまはニヤリと笑う。
『この魔石にみんなの手を置かせろ』
伝えると、シヴァは剣を鞘に戻し、その手で魔石を持った。そして兄さまたちに届くようなところで掌を返す。その魔石にみんなの指先が置かれた。
『守護補佐、発動』
石から石を触っているみんなに何かが伝わっていく。
『我の言葉が聞こえるか?』
「え?」
「もふさまの声?」
「あ、主人さま?」
「もふさま、この魔具でみんな一時的、守護補佐にした?」
わたしが尋ねると、もふさまは頷いた。
『狩りをするのに、言葉が通じないのは不便だからな』
もふさまはご機嫌だ。
『我の力のひとつで言葉が通じるようにした。本来なら仮契約だとお互いの魔力を費やすので長くは使えないが、魔石を使い道具として使っているから、皆の魔力は取られない。リディアに魔力を込めて貰えば、魔石はこれからも使える』
「主人さま!」
おじいさまやシヴァは感動しているが、絶対に、魔物を狩りたいからだけだよね? 今日は山の〝獣〟って言っていたのに、最初から〝魔物狩り〟を考えていたな。だから魔具にする魔石を選んでおいたのだろう。
『獣はすぐ逃げるから訓練にはならない。もっといいところに行こう』
もふさまが大きくなる。
「もふさま、兄さまたち、まだ子供。忘れないで」
もふさまは頷いた。
わたしたちはもふさまに乗り込み、もふさまは空を駆けて、恐らく山の上の方に降りた。上の方といっても、急勾配になっているわけでもなく、大きなもふさまがおりられるぐらいのスペースもある。
おじいさまとシヴァの顔が心なし青ざめている。
酔った?
「主人さま、これは強い魔物の気配ではないでしょうか?」
おじいさまが確かめる。
『やはりお前たちはわかるのだな。そうだぞ。大丈夫だ。お前たちの方が強い。子供を守りながらでも狩れるだろう。どれ、我が追い立ててやろうぞ』
もふさまはわたしたちをおろすと子犬の姿になって、楽しそうに駆け出した。
おじいさまが息をひとつつく。
「お前たち、覚悟を決めろ。幼きうちから魔物と相対できるとは恵まれている。シヴァはリディアを頼む」
「はい」
「おじいさま、剣は実践だと難しい、魔法を使っていい?」
「枯れるまでは使わないこと、いいか?」
「はい」
3人の声が合わさる。兄さまたちもやる気だ。
ドドドドドドドドドドドどどどどどどどどどどどど。
ん? 漫画のような土埃があがっていて、それが近づいてきている。
『ほれ、まずは3頭だ』
え?
真っ黒の乗用車サイズの牛みたいの、ツノがやたらめったらものすごいのがついているんですけど。
その後ろはトラックサイズのハリネズミ! 目が据わってる!
その後ろは家サイズのカエル。いやーーーーーーーーーーっ!
「お嬢、絶対に守りますから。怖かったら目をつむっていてください」
「黒いのはミノタタウロスだ。眉間に剣をさせ。背中に刃を持つのはソーイングマウス。背中の刃を飛ばしてくるから気をつけろ。お腹は柔らかい」
おじいさまの深緑色の瞳が、鮮やかなグリーンになっている。
おじいさま、今、鑑定しているよね?
「その後ろはケイロフラッグだ。見たまま、どでかいカエルだ。毒を吐いてくる」
「土魔法、落とし穴!」
仲間に伝えるためだろう、兄さまの言葉とともに、魔物たちが走り込んでくる目の前に急に落とし穴が現れ、牛が落ちた。
それをぴょんと飛び越えたデカハリネズミはこちらを睨んで、身を縮めた。なんか背中の刃飛ばしそうじゃない?
「風のカーテンで防御」
アラ兄が風魔法でみんなの前に防御幕を張った。何本も弾いたが、そのうちいくつかはカーテンを切り裂いた。その刃をおじいさまが剣で落としていく。
ハリネズミが突進してきた。双子が危ない。
「土人形、ハリネズミと相撲!」
トラックサイズのゴーレムがわたしの指示どおり、ハリネズミをつかみ投げした。土人形だから刀が刺さろうともなんともない。そしてひっくりかえると、ハリネズミは短い足をジタバタさせた。ロビ兄がその柔らかいお腹に剣を突き刺す。アラ兄も参戦した。ハリネズミは動かなくなる。
「なんだ?」
一瞬ロビ兄が頭を振った。
兄さまが牛と戦っていた。風魔法を巧みに使って攻撃している。そして眉間に剣を打ち立てた。
双子とおじいさまはカエルに取り掛かっていた。魔法を駆使して攻撃したり、避けたりしながらダメージを与えていっている。距離があったのに、カエルの舌が長く伸びて、こちらに!
「やーーーーーーーーーーー!」
シヴァが無造作に剣を振ると、舌が落ちた。
落ちた!
「いやーーーーーーーーーーっ」
シヴァの胸に顔を埋める。もう、見ない。絶対やだ。
そしてわたしは、頑なに目をつむってシヴァの胸に顔をつけたまま、ありえないことに寝落ちした。