第718話 デビュタント⑥王太子の重圧
「リディア嬢、デビュタントおめでとう。今日は一段とお美しいですね」
そう話しかけてきた人に、あたりにいた人たちが一斉に礼をした。
わたしもロサにカーテシーをする。
「ロサ殿下、ありがとうございます」
「おめでとう。本当に君はどんどんきれいになっていくね」
フォルガードの第5王子であるラストレッド殿下からも、こそばゆい社交辞令をいただいた。
「恐れ入ります」
わたしがそう言うと、ロサとラストレッド王子は顔を合わせて含み笑いをした。
「最初はパートナーと踊るだろう? その次は私と踊ってくれないか?」
とロサがウインクする。
「はい、喜んで」
愛想よく返事をした。
ふたりは、ではまたと、わたしたちから離れていく。
楽団が始まるよっの前座ともいえる演奏を始めた。ファーストダンスの時がやってきた。
兄さまがわたしに手を差し出す。
わたしはその手に、手をおいた。
みんなにあたたかく見守られて、ホールの中央へと進み出る。
ザワっとしたからなんだと思ったら、真っ赤な顔したリノさまが、ロサに手を引かれているところだった。ロサは今日のファーストダンスに、リノさまを選んだみたいだ。
ロサは今年成人を迎える。その時に王太子と発表されると予想されている。が、婚約者はまだ決まっていない。
というのも、議会としては聖女候補であるアイリス嬢と婚約させたいみたい。
けれど、アイリス嬢はラストレッド殿下に恋しちゃってるんだよね。それは誰がどうみても、そうでしかないとわかるぐらいツンデレに。
ラストレッド殿下もアイリス嬢を気に入っているんじゃないかと思うけど、踏み込めていない。でもそれもそうかと思う。アイリス嬢が聖女になった場合、ユオブリアの特定区域で力を使わないと本人の命を削ると言われている。でもそれも仮定の話。聖女にはなっていないので、どっちつかずで決めることもできず、そのまま今日まで、きちゃった感じなのだ。
聖女となり、どうしてもユオブリアの王子さまと結婚したーい!とアイリス嬢が言ってるならともかく、他の人が好きで、それが自分の親友で、他国の王子で。ロサもなかなかに複雑。それを置いておき、次に名前が上がってくるのがリノ・セローリア公爵令嬢。リノさまは頑張り屋さんで愛らしい方だ。何度かロサとリノさまと話しているところを見かけたことがある。ロサはリノさまを自分のパートナーにと思っているのかもしれない。
ワルツへと調べが変わる。
白いドレスをきたひよっこ淑女たちが、それぞれのパートナーにお辞儀をする。手を合わせ、引き寄せられるようにして、音に乗り踊り出す。
兄さま、また背が伸びた。顔を見ようと見上げれば、首の角度がエグい。
って気を取られたら、重心がうまく乗らなかった。しまったと思ったけど、兄さまが抱き上げて。くるっと回してくれた。
デビュタントの舞踏会で尻餅をつくのは避けられた!
「兄さま、ありがとう」
こそっと伝えれば、兄さまは微笑む。
今回はできるだけ自分の力で踊ったけど、やはり最後は兄さまに抱えてもらっていた。
パートナーチェンジ。リノさまと踊り終わったロサがやってきた。
「その紅の色、君にすごく似合っている。引きこまれて触れたくなる」
わたしは嗜める。
「ロサ、それおじさん入ってるよ、まずいよ。普通なら引くからね。口に触りたくなる、は」
去年あたりからロサはこういうおかしなジョークを言うようになった。わたしが聞いた時は、おやじ入ってるよと教えているんだけど。
学園にも通っているけど、公務に駆り出されることが多い。それでストレスになっているんじゃないかと思う。
「君ぐらいだよ。王子殿下におじさん入ってるなんて言うのは」
「友達だから、他の人が言いにくいことも、わたしは言ってるの」
「はいはい。これからも私が間違ったことを言ったら、ちゃんと正してくれる?」
「もちろん、わたしのわかる範囲でね」
「これからも私を見ていてくれる?」
「友達なんだから当たり前でしょ」
ロサがわたしを抱えてくるっと回った。
そこでフィニッシュだ。
ロサは恭しくわたしをエスコートし、壁際の椅子に座らせてくれた。
兄さまは……、ああ大人たちに囲まれちゃってるね。
ロサは軽く手をあげて、飲み物をもらってくれた。
ふたりで軽く乾杯して、喉を潤す。
「公務で忙しそうだね」
「……ああ、一挙手一投足見られているわけだからね。そして少しでもおかしなことがあると揚げ足を取られる」
「ロサを知っている人は、誰かの戯言なんか信じない」
「え?」
「揚げ足をとってくるような、知らない誰かのことなんか気にしなくていいよ。たとえばダニエルとかブライとかイザーク、ルシオなんかに言われたことは気にするべきだけど、こっちが熱量全く持たない相手に、何言われても気にしない方がいい。どこもかしこも気にしていたら、気が休まらなくてロサが変になっちゃう」
「気にしなくていい?」
「うん、意見は聞いた方がいいけど、悪口は聞かなくていい。どれが聞いた方がいいことなのか迷うなら、一緒に考えるよ」
ロサは熱い魂を持っていて、なんでも全力で挑む。幽閉が決まっていたといっても、お兄さんが生きているのといないのでは大きく違ったのではないかな。ロサは無理しているような気がしてたんだ。あまり笑わなくなったから。
「ちょっと、待って。今、笑う要素あった?」
ロサに突っ込まれる。
「あ、ごめん。ロサは働きすぎって思って。みんなとお喋りしてゆっくりする時間が必要だと思ったの。それでお菓子を用意するのに、ロサはあの素朴なクッキー好きだよなーって思ったら。いろいろおいしいのがあるのに、あの素朴なのが一番好きなんだよなーって思ったらなんだかおかしくて」
憮然とした表情だ。
「あのクッキーが好きだと、おかしいのか?」
「そうじゃなくて、安心するってやつ?」
「安心?」
「うん、次の王さまも、素朴なクッキーをおいしいって言ってくれるような人がなってくれると思うとね」
ロサはこほんと喉を整える。
「しばらくお茶の時間を持ってなかったな。今度お菓子を持ってきてくれるか?」
「喜んで」
「ブレド殿下」
侍従がロサを呼びにきた。何か耳打ちしている。
「リディア嬢、挨拶に行かなくてはならない、失礼するが……フランツの奴どこに?」
「家族も親戚も近くにいるから大丈夫よ。いってらっしゃい」
「ああ、悪いな」
ロサは、背筋を伸ばしてわたしから遠ざかっていった。
王子さまは大変だね。
でもロサだけじゃない。特に5年生は成人するわけで、大人の仲間入りだ。
みんなそれぞれ挨拶に回って、顔つなぎをしている。そうやってどんどん大人になって、このユオブリアを支えていく人たちになっていくんだね。
感慨深く思っていると、声を掛けられた。
「リディア・シュタイン嬢ですね。こんな可愛らしい方だったとは、私は幸運ですね」
父さまと同年代ぐらいの、茶色い髪に、青い瞳。中肉中背の方が、座っているわたしに笑いかけてきた。




