第713話 デビュタント①前日
「リディアお姉さまーーーっ」
夏服のスカートの裾をはためかせ、パタパタと足音を立てながら、3人の下級生が走ってくる。
息を弾ませながらも笑顔だ。この暑い中。
2年生のA組の娘たちだ。
なぜかわたしは下級生にウケがいい。
アベックス寮と合同で孤児院の慰問に行ってから、異様に懐かれている。
「明日がデビュタントですよね? それも王宮の」
「ええ、そうよ」
と頷けば、お祝いの言葉をくれる。
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「それなのに、今日学園を休まなかったんですか?」
パーティーが始まるのは午後6時からだ。当日から用意するのでも時間はたっぷりある。けれど王宮で開かれるのは特別ということもあって、準備をするのに今日から学園を休んでいる人もいると聞く。
「ええ、準備は終わっているから」
「お姉さまのデビュー、近くで見られたらいいのに」
わたしは曖昧に微笑んだ。
「お姉さま、白いドレスなんだから、お菓子は程々にしてくださいね」
「そうですよ、おいしそうなお食事も、タレのついたものはダメですよ」
わたしはなぜ下級生に、パーティーでドレスを汚す心配をされているんだろう?
『リディア、ロビンが怒っているようだぞ』
もふさまが顔を上げて、振り返っている。
あ。
第一校舎の前で待ち合わせだったのに、歩道の花壇がきれいだったから、誘われるように思わず歩いてきてしまった。ロビ兄を待ってなくちゃいけなかったのに。
多分こっちに向かっている足音が、雑でイラッとしている感じなのだろう。
「お祝いをありがとう。ドレスは気をつける。ありがとうね。兄が待っているから。またね。ご機嫌よう」
「「「お姉さま、ご機嫌よう」」」
わたしはロビ兄が来る方向に向かって歩き出した。
ユオブリアの社交界シーズンは5月から11月ぐらいまで。今年14歳を迎える、なりたて紳士淑女は、7月から社交界に参加することが許される。女性は社交界デビュー、男性は成人する時に、重きが置かれるかな。
女性は初めて社交界に参加するものだけが許される、真っ白のドレスに身を包んでの参加だ。その中でさらに限られた人たちだけが、王宮のパーティーでのデビュタントとなる。王宮から招待あるものだけが。
わたしはその極品薄チケットを手に入れてしまった。王宮から招待状が送られてきたのだ。親戚の皆さまが、パーティを開いてくださるというので、そこでのデビュタントで全く問題なかったんだけど、王宮のパーティなら余計に箔がつくものだから、大いに利用させてもらうつもりだ。
もふさまやもふもふ軍団を連れていけないのが、哀しいところ。
王宮でのパーティーとなると、お遣いさまであるもふさまも、家でお留守番だ。上の人たちは知っているけど、聖獣とは公けにしていないから。
ロビ兄を視界におさめたわたしは、掌を合わせて謝る。
ロビ兄は勘だっていうけど、感知のスキルみたいのを持っているんじゃないかな。そう離れていなければ、わたしの居場所をすぐに特定するんだよね。
今だってわたしが待ち合わせ場所にいなければ、遅れているのかなと思うのが普通なのに、こちらに向かっているんだから。
「ロビ兄ごめんなさい。花がきれいで見ているうちに……」
成長期の恩恵を余すことなく受け取った上の双子。背の高さは父さまに追いつく勢いだ。細いながらも筋肉がしっかりついている。本来なら今年成人なのだから、相応なのかもしれないけど。ただ15歳の中にいると、かなり大きくて規格外で目立つ。
「リーは身にしみないとダメだよな。お仕置きだ」
「え」
ロビ兄はわたしの背中と膝の後ろをすくい、抱き上げた。
「ちょっ、やだ、おろして!」
「ひとりで行動しない。守れなかったのはリーだよ?」
うーーーーーーーーーーーっ。
3年生にもなって、兄に運ばれるなんて恥ずかしすぎ。
わたしは生徒たちの視線を集めながら、ロビ兄の肩に顔をつけ隠したまま、門まで運ばれたのである。
ロビ兄は涼しい顔だ。ファンがいっぱいいるロビ兄は、注目されることなんて、もうなんとも思わないんだろう。
「どうしたの? 具合悪いのか?」
馬車の前で待っていたアラ兄が、駆け寄ってくる。
「いや、またひとりで行動したから、お仕置きしてたとこ」
アラ兄に、あららという顔で笑われた。
「お嬢さま、ロビンさま、お帰りなさいませ」
御者台のデルから声を掛けられる。
「お迎え、ありがとう。家までよろしくね」
「はい、お嬢さま」
ロビ兄がそのままわたしを馬車の中に入れた。
もふさまが駆けのってくる。
今日が週末であるのがせめてもの慰めだ。
明後日学園が始まる頃には、今日のことなんて誰も覚えていまい。
ロビ兄、アラ兄も馬車に乗り込んで、馬車は静かに走り出した。
ノエルの転移のスキルが安定してからは、移動がとても楽になった。ルームを使って移動しても、ノエルに連れてきてもらったと言えるからだ。
明日のデビュタントの用意も、母さま、セズ、そしてハンナ、エリンに領地のはずれの家でやってもらう予定だ。
ドレスを用意してくださったのは親戚の皆さま。王宮でのお披露目になったので、さらに気合が入り、白糸しか使えない制約の中、さらに糸の種類も指定する徹底ぶりだった。
そのおかげで、とても素敵なドレスを着られることになったんだけどね。
ライラックのおばあさまがこれまた素敵なレースをつけてくださって、ため息が出るほど美しい。ドレスの見分をみんなでしている時に、ノックスさまの指導神獣であり、姉のような立ち位置の空の守護者・フレデリカさまが遊びにきて、ドレスがすっごいきれいだと大興奮。
親戚の皆さまはフレデリカさまと初対面ですっごく驚かれていたけど、あまりにレースから離れないので、ライラックのおばあさまが縁をレースでかがったご自分のハンカチを、使ったことのあるものだけれど、これでよかったらと差し出したら、大喜び。それで、このドレスに〝空の粉〟なるものを振りかけてくださって。なんかよくわからないけど、この真っ白のドレス。そんじょそこらの白さではなく、けれどどこかキラキラして見えるのだ。
わたし自身目立つことは好きではないけれど、今回は広告塔だから、いくらでもでばってやるぜーの気持ちでいる。
もふさまを心配して、他の聖獣が人族の友達というわたしをチェックしにきたように、ノックスさまを心配したフレデリカさまがわたしの様子を見に来た。やはり、食事とスイーツを楽しまれ、リンスをご所望で。満足して帰っていただけたのかな、と思う。その後から、ノックスさま同様、ふらりと飛んで遊びに来る。
さて、お姿だが。わたしには真っ白の小鳥さん、シマエナガに見える。もこもこボディーにまんまる瞳。手のひらで包めるサイズ。
そんな小さいフレデリカさまに火を纏った馬サイズのノックスさまが姉上と呼びへーこらする情景は、とても可愛らしく……でも頭の中で何かが崩壊する。




