第709話 役目を終えた君⑤友達の想い人への思慕
アダムと兄さまが話しこんでいる。
その後ろ姿を追いかけながら、ロサに尋ねた。
「大丈夫?」
「ん、ああ。こうなることは……わかっていたんだ。でもまだ実感していないってのが本当のところかもしれないな」
ロサもアダムも今回の件では実働隊だったので、取り調べなんかにも参加していた。忙しかったようで、あまり学園に来なかった。だからわたしもロサとも話せていない。
「それより心配していた、友達の反応はどうだった?」
みんなわたしの死亡説を聞いて、郵便で生きてるよね?って手紙が来ていたりしていたんだけど、生きてると伝えることができなかった。
謝り倒さなければと言っていたのを、ロサは覚えていたみたいだ。
「うん、みんなすっごく喜んでくれた。謝ったけど、生きていたからそれでいいって。言えないことがあるのも察してくれて、丸ごと許してくれた!」
めちゃくちゃ心配したんだからと叩かれたけど、それは心地のいい痛さだった。
「よかったな!」
とピカピカの笑顔だ。
ふと、ロサが足を止める。
ん?
わたしも足を止めた。
歩みを止めなかったもふさまが、少し前にいき、振り返る。
「私は君が好きだった」
え? ええ?
でも、過去形?
え、え、え、え。
「友達の婚約者に想いを寄せるなんてと、ずっと見ないふりしていた想いだ。
けれど、フランツが、君の剣を自ら受け入れた時に、太刀打ちできないって思ったんだ」
…………………………。
ロサは微笑む。
「ごめん、こんなことを言って。でも、言うべきだと思った。自分の気持ちを変えていくためにも」
ロサが弱々しく笑う。
「本当ごめん。兄弟揃って、勝手で」
「……なんて言えばいいのかわからないけど、好かれたことは嬉しい。ありがとう。わたしにとってロサはとても大切な人よ」
「これからも?」
と儚げに言うから、わたしは笑った。
「もちろん。これからもロサが大切」
ロサが片手を出した。わたしも手を差し出せば、その手を引かれ、ロサの口がわたしのおでこに触れた。
赤い顔して、ロサは笑う。
「親愛の情だ。これからも友達としてよろしく!」
きっと最後の親愛の情なんだと、わたしも笑った。頬は熱かったけれど。
ロサは、一歩、二歩と大股で歩く。
もふさまが寄ってきてくれたので、手を伸ばす。
腕に乗ってきたもふさまを、わたしはふんわりと抱きしめた。
帰り際、アダムが兄さまにチケットを渡した。
「会うのも久しぶりなんだろう? 人気急上昇の芝居なんだ。ふたりで行ってくれば?」
「じゃあ、義兄上はこれから私と一緒に行きませんか? ブライと共に騎士団長から稽古をつけてもらうんです」
「ブレド殿下、私を義兄上と呼ぶのはおやめください」
「その口調を改めてくれたら」
アダムはため息をつく。
「見知った者の時だけだ。不敬罪で捌かれたくないからな」
アダムの髪は茶色で瞳も同じだ。ゴーシュ・エンター。それが今の彼の名前。ロサも他のところではゴーシュ、事情を知るものしかいない時はアダムと呼んでいる。ふたりでいろいろ話したようで、お互いに思うところはあるそうだけれど、すっかり打ち解けている。
「で、どうする?」
「稽古か。現騎士団長の動きを見られるなんてそうそうないな。行く」
みんなの行き先が決まったので、そこで別れた。
わたしは兄さまの馬車に乗せてもらった。
「シュタイン家ほどの乗り心地ではないですけど、どうぞ、お嬢さま」
兄さまが手を貸してくれた。
兄さまはクラウスさまだと証明され、そのまま当主へと返り咲いた。手続きなどの関係で、1年は絶対に当主をする必要があるんだって。おじさんにあたるヨハネスさんもそれを望んでいたしね。
取り留めのないことを話した。尋ねられるままに学園のことを話せば、嬉しそうに聞いてくれた。
「……そっちの暮らしはどう?」
兄さまは腕を組む。
「うーーん、楽かな? 当主の勉強は大変だけどね。……ほとんど覚えてないけど、なんとなく昔住んでいたって感覚はあるみたいだ」
へーーーー。
「屋敷の設えも、使用人たちにも共通するんだけど、無駄がないっていうか、遊び心がないんだ。何もかも、シュタイン家とは違う。でもそれが嫌ではない」
兄さまは微笑んだ。
「ほら、君もだけど、シュタイン家はみんな好奇心が旺盛だ。私は気にかかったものにしか気が乗らないけど」
え、そうかな?
「好奇心旺盛?」
「ああ、なんにでも興味を持つだろう? それでやってみないと気が済まない。食事がその最たるものだ。みんな揃って、食事のことを考えている時イキイキしてる」
おかしそうに兄さまは笑った。
「兄さまは……違うの?」
兄さまはしまったという顔をした。
「んー、私は本当のところ、食にこだわりはないんだ。そりゃおいしいものをいただける方がありがたいけど、生きていくのに必要だから、動ければいいと思うぐらいだし。
アランもロビンもさすがに母さまの血が入っているだけあって、食にも興味シンシンだもんな」
そうなんだ。兄さまはそこまで食に関心がなかったんだ。同じく、父さまと母さまの子ではない上の双子。けれど彼らは好奇心が旺盛で、食にも関心がある。
それは幼い兄さまに、孤独を感じさせたのではないだろうか?
「私は食に関心はなかったけど、酒はいけるタイプみたいだ。いくら飲んでも全然酔わない。そういうのを〝ウワバミ〟っていうらしい。
……バイエルンの父上がそうだったみたいだ。酔える酒を作りたくて、共和国でグレーン農園を開き、グレーン酒を作った。自分が酔えるほどの強いやつを」
陛下の計らいで共和国のグレーン農場はバイエルン家のものに戻された。だから現農場の持ち主は兄さまだ。
あ、グレーン農場のエレブ共和国でのトップだったマンドリンは、ペトリス公爵に買収されていた。そうしていろいろ言いつけられ行動していたわけだが、ユオブリアの騎士が派遣された時にはマンドリンは逃げていた。その手下にあたるジャックたちも。
兄さま、お酒が強いのは知っていたけど、ウワバミなんだー。
わたしはちょっと飲んだだけで、おかしなことになるのに。
「だからか、酒が入っているのが少量だと、匂いもそう感じなくて、わからない。だからロサ殿下のお茶会で、君に酒入りの菓子と気づかずに取り分けてしまった。クリームがたっぷりのってたから好きそうだと思ったんだ」
それがあんなことになってごめんと謝られ、わたしは謝ることじゃないよと慌てた。
……ずっと一緒に暮らしていた。
兄さまのこと、なんでも知っているような気になっていた。
けれど、兄さまがウチの血筋じゃないって感じていたなんて、想像したこともなかった……。




