第705話 役目を終えた君①靴下猫
なんやかんや話し合いがもたれ、わたしが家に帰ったのは2日後だった。
さらに次の日から3学期が始まり、ギリギリで間に合った。
わたしと第1王子の婚約はすぐに解消された。といっても議会が知っているだけで、民衆には発表していなかったので、議会に通達されただけだ。この一連の出来事を解決するために、わたしが協力しただけだと。
わたしの変化についても、呪いを受け、スキルで一度変化したものの、解呪すればすぐに人の姿に戻り、獣憑きではないと議会に通達された。敵を炙り出すため、猫になったままとしたと、ソックスが紹介される。
鑑定でバレないよう細工をしていた。魔法士長が言えば、誰もが魔法士長のレベルの高さを称えた。
影たちは解放されることになったそうだ。ひとりひとりこれからの生き方を相談し、王宮がバックアップするという約束で、それぞれの道についた。
アダムは当初の予定通り、あと2年、学園に通うそうだ。その間は南部貴族のゴーシュ・エンターのまま。そのあとのことは教えてくれないが、決まっているのではないかと思う。その時の名前は〝アダム〟を取り入れるそうだ。
家に帰る前に、もう一度と、王子との話を強請られた。アダムには、なるべくわたしの感情は抜きで話した。
毒で目覚めないとされた時、見舞いにしょっちゅう来ていたのはアダムだけで、きっと王子はそれが嬉しく、器にと言っときながら、最終的にはできなかっただろうと思うことも、残酷なところもあったけれど、アダムを嘲笑ったのは良心の呵責だとわたしはそう思うことも、事実以外は述べなかった。
人から言われると、一気に嘘臭くなる気がしたから。
「ありがとう」
アダムからお礼を言われる。
「ついでに、僕に君をちょうだい」
「はい?」
アダムは彼の腕に飛び乗って、なーごと甘えるソックスに顔を埋めた。
「変化した姿の役割を終えた、君を」
わたしに視線を戻し、真剣な目をした。
役目を終えた……。
ソックスと自分を重ねているのかな?
アオに通訳してもらうと、ソックスもアダムが大好きで一緒にいたいというので、ソックスはアダムの家の子になった。
罪人たちの取り調べは、かかわった人たちの数が多いことから時間がかかり、罪状と刑罰が確定したのは3学期の終わる頃だった。
世の中的には、謀反のあった次の日に、メラノ公を唆し、ペトリス公の謀反が企てられていたと発表された。
メラノ公のやったことは、城で起こったこと通り。
ユオブリアを憂いだメラノ公は、陛下が王ではダメだと思い、王位継承権を放棄させようとした。武力と家族を質にとって。そう唆したのがペトリス公。
でもペトリス公は、謀反を起こす気はなかった。謀反を起こしたメラノ公たちを始末して、王を守ったと恩を売る。そして頃合いを見て、陛下に成り代わる気だった。彼にその方法を教えたのは……ドナモラ伯爵。王子ではなかった。
ドナモラ伯は7年前、わたしを誘拐したことがバレて自殺したと思われたが、それは替え玉だったらしい。ドナモラ伯は生きていた。といってもその彼もその更に前、なり代わった生き証人という触れ込みだったらしい。
自分は事故にあったドナモラ伯になり代わったと言ったそうだ。ペトリス公はそれを信じたわけではないが、独自に調査を進めた。
ペトリス公は物心ついた時から、王になりたいと思っていた。自分が王だったら、こういう政策をするのにと、いつも考えた。
そしていつしか、自分は王になるべきだと思うようになっていた。ただ謀反を自分で起こすのは得策ではないとも思っていた。
何もかも壊してでも変えなくてはいけないという切羽詰まった思いでもなく、それはただの王としての自分を夢みているだけだったが、それには気づいてなかった。謀反を起こしてでも王になる覚悟がないことに気づいてなかった。
彼は味方を作った。多くの者と手を組み、横の繋がりを広げていった。それには汚いこともし、手を汚したこともあるが、それが悪いことだとは思わなかった。
そんな時、ドナモラ伯のいう通り、世の中にはなり代わりを成功させている人が数多くいることを知り、そしてそのプロセスも掴んだ。彼はそのための〝魔石〟と呪術師がいれば、本当に人になり代わることができると確信した。
彼は引き込まれそうな赤色の魔石を求めた。呪術師も見つけることができた。すべてが彼の手中に入ってくるようだった。これは天が味方をしてくれている。天の采配だと思った。
なり代わりは、残念なことに施行されていた。
シンシアダンジョンにより持ち帰られた赤い〝魔石〟。保管したものをすり替え、手順を踏み、ペトリス公の配下の者がエラダ伯になり代わっていた。
その成功によって、ペトリス公はいよいよ整ったと思った。
謀反を起こさせそこに便乗し王となるつもりであったけれど、その謀反を止め、王族や民衆に好印象を与え、そして自分が陛下になり代わるのが、一番スマートで手っ取り早いと思ったのだ。
魔石を用意するのに、瘴木を育てる場所が必要だった。メラノ公の持つエレブ共和国のグレーン農場。こちらでテストケースを持つつもりだったらしい。その計画も前から進められていた。瘴木を植える。育って魔石が取れたら、人がいる時にその農場ごと焼き払う。
ユオブリア有権者の名前で、エレブ共和国の土地をたくさん買った。共和国であり、カザエルの行動範囲であるなら、事故が起こっても調べられないからだ。土地の所有者が調べてくれと訴えたりしなければ。
悪事がバレた場合は、土地の所有者がやっていたことになる。
ユオブリア内で土地を買い漁っていたのは、乗っ取りに賛同し、決して裏切らないという連判状みたいなもので、代わりに土地を渡し仲間を得た、共犯の証拠だった。
シンシアダンジョンで瘴木が育つかの実験をし、それがバレた。ただの魔物溢れと思われるはずだったのに。よりによってそのダンジョンの木のことや魔石のことを報告してきたのがウチだった。
シュタイン領は今まで何かと噂になる、ゆえに影響力があるといっても過言ではない家門だ。身分は伯爵だが王家にも覚えがめでたい。ドナモラ伯が隠れて暮らすようになったのもシュタインの小娘のせいだと言っていた。シュタイン家は邪魔になる、そう思ったそうだ。どうにかして今のうちに潰しておくべきだと。
前バイエルン侯を知っていたペトリス公は、兄さまに目をつけた。彼がクラウスだと確信した。彼はそれも天が味方してくれると思った。
兄さまに全ての罪をきせ、前バイエルン侯の忘形見が牙を向いたということにしたかったらしい。
これらのことは全て繋がった後で時系列に直したもので、ペトリス公は最初は何も話さなかった。配下の者たちが酌量を望みペラペラと話し、そこから浮かびあがる自分像に思わず訂正を入れるという形で、この件は形が見えてきた。




