第702話 はかられごと⑮来世
「あなたのした悪いことを認めて、法の裁きを受けて」
「それは陛下の願いだろ? 君も私に法の裁きを望むの? それで君の気が休まるの?」
「そうね、さっきから自分に問いかけているんだけど、わからないの。あなたがどうしたら、わたしの気が済むのか」
残酷な考えを持つ人。
似ている言語から知らない言語を解読できるようにまでなる人。陛下たちを出し抜く頭もある。すっごい賢いんだろう。
だからか、いく人かと話したことで、人の道の良識がアップデートされてる。
もし最初から限られた人たちの間ではなく、いろんな違った目を持つ人たちから話を聞けて、思うことがあったのなら、何か違ったのかもしれない……。
アップデートされても、心根がそう変わるものでもないから、わたしがくみしやすくなる人を演じているのかもしれない。
さっきのアダムみたいに、演じていただけだよって後で嘲笑われるのかもしれない。それでも、なぜかこの人を突き放せなかった。
「わたしは悔しいわ」
「悔しい?」
「3年前……。宣告されて、それは辛かったと思う。いいえ。わたしはあなたではないから、そう言ってはいけないわね。同じ経験をした人しか、あなたの気持ちはわからない」
そう言い募り、わたしは初めて、メロディー嬢が口にしたあの言葉の意味がわかった気がした。
彼女が言ったのは商会のことじゃない。婚約者を亡くした話だったんだ。
彼女の最初の絶望。
さっき、わたしは兄さまを刺した。
もし、光魔法で回復できなかったら……。
光魔法が使えてなかったら……。
わたしは正常でいられたかわからない。何をするかわからない。
だからといってメロディー嬢のしてきたことを肯定することはできないけれど。
確かに彼女の気持ちはわかるものではない。
わたしのあの時の気持ちを、わかると言って欲しくないのと同じぐらいに。
わたしは彼女のしたことをひとまとめにして、煙たがった。だって、わたしは被害を受けたから。学園内で哀しい思いや辛い思いをして、それが彼女の企みだと知って、わたしは彼女が悪いと思った。というか、わたしは悪くないと思った。
兄さまを思ってか、ロサを思ってか、わたしをターゲットにしたのは逆恨みだと今でも思う。彼女もそこはわかっているだろう。
彼女の怒りに火がついたのは、それをわたしの気持ちに当てはめて、彼女の気持ちをわかったような気になったことだったんだ。わかる気になるまでは別にいいんだろうけど、その上で彼女を蔑んだ。それがダイレクトに伝わっていた。
わかるわけがないと。婚約者を亡くした哀しみも、行き場所のない怒りも。哀しみと怒りに打ちのめされる同じ経験をして、同じことをしなかった人だけが、彼女の想いを糾弾できる、蔑んでもいいと、そう言ってたんだ。
と自分の気持ちに迷い込んで、ハッとする。王子と話していたんだっけ。
「……わからないけど。あきらめないで欲しかった」
「あきらめないで?」
王子は意味がわからないという表情だ。
王子は確かに歪んでいるところもある。でも軌道修正できた道もあったんじゃないかと思えてならない。
「絶望するのも当然だし、これ以上に絶望したくないって気持ちも当たり前だと思う」
「……絶望したくない?」
さっきからおうむ返しばかりだ。わたしは頷く。
「でも、目覚めたことを秘密にしないで、陛下に助けを求めていれば、いろんな方の意見を聞いていれば、もっと寿命を伸ばす方法が見つかったかもしれない!」
そうしたら、人の身体に乗り移るなんて考えは持たなかったはず。
王子はその言葉に衝撃を受けていた。
「そんなこと思いついてたよね? でも希望を持ってしまって、またその希望を失うのが怖かった。だから、その気持ちに蓋をした。違う?」
文献を漁り、人として道を外す行為ほど、あり得る可能性が小さくなり、希望から外れるから安心したんじゃないだろうか?
「君が言ったのでなければ突っぱねるところだけど、君がいうと、そんな気もしてきたよ。そうだね、助けを求めるって方法もあったんだ」
王子はどこか遠くを見ていた。
そう示唆してくれる人が王子の周りにいなかった。
王妃さまも王妃さまのお父上も、きっと隠しながら王子を生かすことしか頭になかったんだ。敵が多すぎるから。でも、同じメンバーの狭いコミュニティーの中では、王子を生き永らえさせる方法は分からずじまいだった。
それは世界中の既知を集められても、やっぱり分からないことかもしれない。絶望は絶望のまま変わらなかったかもしれない。……でも、もしかしたら何か変わったことがあるのではないかと、どうしても思ってしまう。
「君は本当に面白いね。酷いことをした私に、嫌いな私を憂えて悔しがる……」
王子は優しい目でわたしを見る。そうじっくりと見れば、アダムより眉がきつめなのも、アダムより若干体が小さいのも見えてきた。
酷いことって、兄さまに止めをささせようとしたことね。
うん、あれはあり得ない酷いことだった。もし光魔法を使えて、成功していなければ、わたしこそ狂っていただろう。でも、どんな魔法を使われた状況だったとしても、兄さまに手をかけていたのは〝わたし〟だった。そういう状況を許したわたしだった。
王子が力を抜き、柔らかく微笑んだ。
「私は先に死ぬ。ねぇ、来世で私の妹になってくれない?」
へ?
「別に来世に願わなくても、本当の妹が王子にはいるでしょ。おふたりともとても愛らしい方よ。アガサさまとフローリアさま」
王子は目を丸くする。
「そうか、私にも妹がいたんだったな。そうやって私が見ようとしていないものが、いっぱいあったのかもしれない」
本当にこの人は孤独だったのだと、胸の塞がるような思いがした。
「なぜ、妹なの?」
王子は笑った。
「私は歪んでいるから、好きになってもらえるか分からない。でも、妹なら、兄というだけで手を伸ばし、最初から愛してくれるだろう?」
孤独で、子供のように愛を欲しがる人。




