第700話 はかられごと⑬聖力と神力
アイラも座り込んでいた。魔力の圧に押されているのが見て取れる。
わたしの視線に気づくと、彼女は姿勢を正す。少しもこたえていないように。その心意気はあっぱれだ。
陛下と王子のバトルだ。光が飛んでいって炸裂する。
それが何度か繰り返され、陛下が膝をついた。
「あっけないな。自分の攻撃を止めるって言いたかったの?」
陛下に強烈な嫌味だ。
神官長が陛下に祝福を始めた。……でも起き上がれないようだった。
騎士たちが続いて攻撃したけど、すぐに膝をついた。
「あーあ、本当に弱いなー。興醒めだ。私は攻撃を防いでいるだけなのに、これで殺してしまったら、私が諸悪の根元と言われるんだよなー」
ふうと息をついている。
「私は強すぎるみたいだ。束になってかかられても、天と地ほどの差がある」
ポツンと呟く。その声音に喜びはなかった。
「面倒だ。……ただ悪者になるのも面白くないから、しばらく気を失ってもらうよ」
どこか気落ちしているように見える。
え?
王子が振り返ってこちらに歩いてきた。そして、ええ? わたしを守っていたもふさまをみんなの方へと放った。
「もふさま!」
いとも簡単にトラサイズのもふさまを投げた!
もふさまが抵抗できないくらいの早技だったことが窺える。
わたしとアイラを背にし、その他の人たちに向かって片手をあげる。
何を? と瞬きをして目を開ければ、風景が違っていた。
花壇跡が丸ごとなくなっていて、みんな地に伏していた。
……嘘……。
「いやっ、もふさま! みんな!」
「気を失っているだけだ。鍛えている奴らだから、半日もすれば元のように動き回れる」
!
半分ほっとする。諸悪の根源と言われるのは嫌で、それは本心みたいだ。
言っていることと行動が、今のところ一致しているので、少しだけ安堵する。
でも、みんな気を失っている。……わたししか残っていない。
このメンバーで一番弱くて、そして魔力の尽きた、わたししか。
わたしの腕を持って立たせようとした。わたしは振り払った。
「触らないで!」
王子は拒んだわたしから、手を引っ込めた。
「魔力が残り少なくて、フラフラしてるだろ? そんな状態で私に逆らうの? 私が君に危害は加えないと思ってる? 必要とあらば、私は傷つけられるよ。生きてさえいればいいんだから」
それはそうなんだと思う。助けも期待できない。
わたしは魔力もなくて、動くのもままならない状態だ。
でも、ただ言うなりになんてならない。
せめて、一矢報いたい。
覚悟を決めて口を開く。
「魔力がなくても戦えるわ」
わたしの声は少しだけ震えていた。
王子はちょっと楽しそうな顔をした。
「魔力もなく、フラフラで、座り込んでいるのに。どうやって?」
「こうやって!」
わたしは収納ポケットから雪の塊を王子の上に落とした。
雪山で王子が見えなくなる。
四つん這いのまま、みんなの方へ行こうとする。
音がした。振り返れば、雪山がパカンと割れた。
王子だ。ダメージを受けてない。
王子はおかしそうに笑った。
「収納袋か……、君、本当に面白いね。母上の人選に感謝したくなった」
一歩近寄ってくるから、わたしは次に海水を王子の上から落とした。
一瞬ずぶ濡れになったけど、すぐに自分を乾かす。
「そうだね、嫌がらせにはなっているよ。水じゃなくて海水か? ベタベタする」
わたしにまた一歩近づいてくる。
今度は聖水をお見舞いだ!
「今度は水、かな?」
王子はまた自分を乾かした。
と、急にガクッとして膝をついた。
「な、何をした?」
鋭く叫ぶ。
え、何をしたって? 聖水を上から落としただけだけど。
答えられずにいるわたしを注視している。
「……聖水……? 聖獣……聖なる方属性か……やってくれたな、リディア」
ええ? 何が??
聖水が効いてるの?
そういえば、聖水に魔力はのりやすく、魔物は力ある者に聖水を投げつけられたら火傷を負うかもといっていたけど、王子は魔物じゃないし。
「その顔はわかってないのか……」
王子はため息を落として、地面にあぐらをかいた。
なんかかなりダメージを受けているのは見て取れた。
それが座り込むほどのダメージだと。
この場面でそんなことになっても、あっさりと座り込んで……。
といっても、今こんな状態でも意識があるのはわたしだけ。
だからなんだろうけど。
「私を唯一倒せるのが君なんて、皮肉だね」
え? 倒せる? わたしが?
聖水がそんなダメージを?
でも聖水がオハコといえば神殿だ。わたしなんかの出る幕なんかないだろう。
神官長も気を失っているから?
唯一倒せる相手と言っておいて、それなのに、無防備にわたしの前で座り込むのはどういうわけ?
意味がわからなかったが、王子がそんな状態だからだろうか? 拍子抜けといったら違うのかもしれないけど、わたしはここにきて落ち着いてしまった。
国の力ある人たちが、聖獣が、ドラゴンが、高位の魔物が。束になっても叶わなかった人。
残酷なことを平気で思いつく人。
ウチに酷いことをしてきた人。
そう昂っていた気持ちが、フラットになっていくのを感じる。怖くてたまらなかったはずなのが冷静になれた。
「聖獣にそれだけ懐かれているんだ、お互いに心地いい聖なる属性なんだろう。王族は神属性。君は魔力がそうなくても、私の動きを止めたいと思っていた。収納袋の中のあった聖水ではあるが、その願いを叶えたんだろう」
あ、本当は収納ポケット、わたしの空間内だから、わたしの気持ちが入りやすいのかも。だって、ほとんどない魔力は減ってないもの。
聖水は飲むための分しか、もう残ってない。
そういえばと思い出す。もふさまが先代の森の護り手が神獣と戦うときに聖酒で攻撃したって聞いたんだよな。それで聖水も神属性に打撃を与えることも聞いて、聖水入りのお風呂に神獣ノックスさまが入っちゃって焦ったっけ。
あれ、神殿こそ聖水を使う。あそここそ神ってつくんだから神属性なんじゃ?
それに王族と神殿は結びつきが強い。それに神官長も王子には敵わないって言ってたし……。
「なに? 何か聞きたいの?」
「神殿は神属性じゃないの? 聖水を使うでしょ?」
王子はニヤリとした。
「神属性だよ。いいとこに気づくね。あいつらは聖水を使って牽制してるんだ」
「牽制?」
「そう。神属性の自分たちが聖なる属性にやられないための鍛錬でもあるのかな? 聖水を扱えるようになって初めて一人前とみなされる」
「博識なのね」
「時間だけはいっぱいあったからね」
王子は一瞬、沈黙する。




