第7話 領地の子供
本日投稿する1/3話目です。
母さまは、次の日起きてこられなかった。顔を見に行って驚愕する。顔色が白い。そこにいるのに、見えているのに、幻のような気がして。存在しているのを確かめようと触れようとすると父さまに止められた。口の前で人差し指を立てて静かに寝かせてあげようと瞳が言っている。わたしは頷いて、もう一度母さまを見る。薄いっていうか、存在感が不安っていうか、まるで生気がなかった。
前世で亡くした母を思い出す。ホスピスで眠るように逝った母。母は写真に写るのが好きじゃなかった。けれど、病気がわかってから、特に病気の時の姿は残すものじゃないといっていた人が、携帯のカメラで一緒に撮らせてくれるようになった。あれは残されるわたしたちのために譲歩してくれてたんだと思う。自分がいなくなったときに、わたしたちが思い出として受け止められるように。
時間がたってからわかったことがある。ずっと一緒にいたからそのときはなんとも思っていなかったのだが、後からその写メを見て驚いた。ものすごく具合が悪そうで、辛そうなのが映り込んでいたからだ。なのに、そのときはそれが〝普段〟になっていたから病人の顔をしているとも思わなかった。それからわたしは人の体調は一歩引いて客観的にみたいと思っていて癖になっている。
母さまは、今日はちょっと寝ているわねと気丈に言っていたそうだが、相当具合が悪いよ。縁起でもない考えが浮かび、慌てて首を横に振る。
「父さま、母さま、持病あるの?」
「じびょう? 持病か。いいや、ないぞ。あんまり心配するな。疲れが出たんだろう。すぐに良くなる」
撫でてもらうのは嬉しいが、それは希望的観測すぎる。自分に光魔法はかけられないのか聞いてみたところ、いつも通り自分にもかけたみたいだ。
……母さまに栄養のあるもの食べてもらわなくちゃ。
気合を入れて、わたしたちは森の中へと繰り出した。
いろんな実がなっている。森では実をとって、川でベアシャケを獲る、兄さまが。
ん? 川の向こう岸、木の影に隠れるようにして子供がいる。
「こんにちは」
声を掛けてみると、ひとりが押し出されるようにして前に出てきた。
昨日買い出しに行った時も思ったが、領地が貧乏なことは確かなようだ。みんなの服はかなり年季が入っている。
「川で、何してるんだ?」
「魚、獲った」
「見たところ道具もないのに、どうやって獲ったんだ?」
押し出されたのっぽな子の後ろにふたりがくっついて、近づいてきた。
兄さまがわたしの前に出る。
ロビ兄に抱き上げられ、岸に戻される。そしてスカートの結び目を解かれてしまった。だらんと長くなる。
「魔法で獲ったんだ。普通はどんな道具を使うの?」
兄さまが優しく尋ねている。
「魚は釣竿で釣ったり、網に追い込んだり、魚突きでつく」
「魚とってどうするんだよ?」
隠れているうちのひとりに聞かれる。
「どうするって、食べるに決まってるじゃん」
ロビ兄が答えた。
3人は驚いている。
その驚きように驚いて兄さまが尋ねる。
「ここでは魚は食べないの?」
のっぽな子が首を横にふった。
「いや、領主さまの家だから、川魚なんか食べないと思ったんだ」
町外れ、比較的我が家に近い家の子供たちだった。
のっぽがカール7歳、兄さまと同い年。
隠れていたぽっちゃりした子が同じく7歳でサロ。この子は町中に家があるそうだ。
もうひとり隠れてやいのやいの言っていたのが双子と同じ6歳のディンク。
川に遊びに来て、先客のわたしたちがいた。道具もなさそうなのに魚を獲っていたので興味を持ったみたいだ。
「シャカナとるの、子供、仕事?」
噛んだ。
「まぁ、そうだな。午前中は家の手伝いをする」
「でも、魚より肉の方がいいから、罠を仕掛けて獣をとるんだ」
「罠で獣? どうやって?」
双子は肉に食いついた。
3人は罠のことを教えてくれて、自分たちより体が大きい獲物を獲ったことがあるんだと教えてくれた。
へー、やるねぇ。
お肉を食べたら、母さま元気になるかな。
兄さまが罠をはるポイントはあるのか聞いたら、もちろん獣道をみつけてその足跡を辿り生活圏内を探して、そこに張るらしい。今頃だと獣の大好きなネバッとした芋があって、それを掘って食べるのに高いところから麓まで獣がよく降りてくるそうだ。
それって自然薯? あれって栄養価が高いはず! 疲労回復にもいいんだよね。わたしはサロにその芋がどこらへんにあるのかを聞いた。少し山に登らないとみたいだ。
子供と仲良くなったおかげで少しこのあたりのことに詳しくなれた。
ご飯はわたしが指導して兄さまたちに作らせる。母さまが喉に通りにくいみたいなので、パンを入れたミルクがゆを作った。そこにベアシャケも入れ込む。少しだけ食べてくれたようだ。
次の日、父さまが町長さんの馬車を借りて、母さまをお医者さまに連れていった。わたしたちは留守番だ。
お医者さまは薬草で患者の治癒する力を助ける職業を指すようだ。光魔法は術者の魔力で治癒を助ける。光魔法の使い手は怪我や病気をした者の力を使わずに治すことができるので、魔力のレベルが高くなくても重宝されるという。
ご飯を調達するのに出かけたときに兄さまにネバ芋をとりに行きたいとお願いした。山は危険だと却下された。ほんのちょっとでいいからといっても、許してくれなかった。
がっかりしながら森を歩いた。山ぶどうみたいのがあって、それを収穫した。
皆と一緒に歩いていたつもりが、ふと気づくとひとりだった。
え? まずい、心配をかける。
慌てて兄さまを呼んでみたが、あたりは静まりかえっている。
わたしそんなにぼーっとしてた?
本当の5歳児ならここで泣くところだが、幸いわたしは大人だった記憶がある。実際目の端にすでに涙は溜まっていたが、気がつかないふりをした。なぜって意識したらマジ泣きしてしまいそうだから!
大丈夫。森でだってたとえ迷っても家に帰れるように気をつけていた。
家は小高いところにある。上に向かえばいいのだ。
万が一迷ったときは家で落ち合う約束もしている。
わたしは家に向かって歩き始めた。歩いても歩いても家は見えてこないし、知った景色にもならない。本当に迷った? 少し焦った時に水の音が聞こえて川に出たのかとほっとした。
そちらに向かうといつもの川とまた様相が違う。上流のようで川の幅は狭いが、蛇行した奥まったところに別流の水が流れ込んでくる小さいが滝みたいなものがある。奥まったところはその小さな滝の水が流れてくるだけ。浅瀬なようでそこだけ緩やかだ。そこの水は澄んでいるように見えた。これ、シャワーみたいでいい感じじゃないの?
歩き回って足が痛かったこともあり、シャワーはものすごく魅力あることだった。
足疲れたし。ずっと歩いて汗かいたし、誰もいないし、わたし幼女だし。もちろん状況は頭の片隅にあったが、川にそって歩いていけば、いつものところに出られるだろうという安心できる材料があったからかもしれない。
わたしはいそいそと服を脱いで、浅瀬を歩き、滝に向かっていく。
そこまで強い水圧ではないので、いい感じだ。これでシャワーぐらいの水量ならもっといいんだけど。
滝に洗われながら、浅瀬に座り込む。
水に浸かるとちょっと寒い。
足が痛かったのに、それがひいた気がした。
疲れも取れた気がする。
滝から出て髪を絞っていると、目の前に白い大きな獣がいた。ふわふわのもふもふだ!
不思議と怖くなかった。あまりにも美しかったからかもしれない。
なんて美しいの? サモエドを大人の背丈ぐらいに大きくした感じ!