第695話 はかられごと⑧第5庭園
「少し離れていたぐらいで、僕の顔もわからなくなったの? それになんで外に出てる? 君は危険が好きだね」
呆れ顔で冷たく言われる。本人だ!
「アダムそっくりな影が現れた。アイラと繋がっていて、兄さまが邪魔だから消すって。もふさまが今、先に行ってる」
「僕にそっくり?」
アダムは息を呑んだ。
「ブレドはリディア嬢を頼む!」
そして、お城を目指し、馬を全速力で走らせる。
ロサはすぐに行動した。
わたしを馬に乗せ、その後ろに自分が乗りこむ。
「走るよ」
と後ろから声が聞こえるから頷く。
速すぎ!
すっごく怖かったが、そんなことを言ってる場合じゃない。
景色が後ろに飛ぶ。景色というか、所々にある灯りが効果線のように走っていく。
ロサはいろいろわたしに尋ねたいだろうに、馬を走らせることに集中している。
アダムの馬が城門をそのまま通過した。ロサもその後を追いかける。
わたしはお城に入るからぬいぐるみになってと、抱え込んでいるリュックの中のみんなにお願いした。
地下基地のある西側の通路に入っていく。
離れの前に馬をつけ、飛び降りている。
『主人さまは向こうだ』
レオの声がした。リュックから飛び出した頭は、いつもよりさらに小さい。
「ロサ、アダム、もふさまはあっちだって」
ロサが馬からおろしてくれる。
「あっちは……第5庭園か」
アダムが方向転換をして走り出した。
ロサに手を引っ張られて、後ろをついていく。
ロサが失礼と言って、わたしを抱えて走り出した。
庭園といっても何もないような場所だ。すべての明かりが灯されているわけではないから薄暗い。光った!
あっちで魔法が使われている?
誰かの背中と大きくなったもふさま、そしてもふさまに守られるようにして蹲った兄さま。
「もふさま! 兄さま!」
思わず声をあげると、アダムそっくりの影が振り返る。
アダムや私たちに気づいた。
「リディアは言いつけを守れない娘だね。お仕置きしなくちゃ。やぁ、アダム》、久しぶり」
「殿下……」
「義兄上……」
ロサはそっくりなふたりを見比べている。
……殿下って言った。アダムが殿下って言った。
アダムがそう呼ぶのはこの世でたったひとり……。
全身に鳥肌が立った。
『リディア、息をしろ』
「リディア嬢!」
ロサに抱えられ、頬を叩かれていた。
「リディア、リディア嬢、大丈夫か?」
リュックからみんなも飛び出し、わたしの名を呼んでいた。
「目を覚まされていたんですね」
アダムが殿下に声をかけていた。
「会ってあげてないから拗ねてるの?」
殿下はクスッとアダムに笑いかける。
「お目覚めになり、よかったです」
わたしは大丈夫だとロサの手を掴んだ。
そっと起き上がらせてくれる。
みんないつもよりさらに小さくなっていた。これくらいまで小さくなれば魔力が感知されないのかもしれない。
『リディアよ、逃げろ。この者は強い。我でも敵わないかもしれない』
!!!!!!!!
もふさまが、苦しそうだ。
「殿下はペトリス公の起こした一連の出来事に、関与されていたのですか?」
尋ねるアダムの声音が暗い。
「そうだよ。必要なことだったんだ」
何も悪びれることなく、本物の第1王子、ゴット・アンドレ・エルター・ハン・ユオブリアは言った。
「どんなに必要でも、犯罪に加担したのなら、殿下は犯罪者です。罪を償わねばなりません」
「私を毒殺しようとした者は罰を受けていないのに? 私だけ、毒を受けた代償を払い、そして罪も償えと? あ、君も私を守りきれなかった罰を受けてないね?」
殿下は笑った。
「義兄上ですか? お初にお目にかかります。義弟のブレドです」
ロサ、わかったんだ。目の前に現れた新たな人が、自分の本当の義理の兄だと。
「アダムから報告は受けていたから初めて会う気はしないけど、確かに初めましてだね。よくわかったね、初めてだと」
〝影〟としか言ってないけど、ロサはそれだけで理解したんだ。
「勘でしたが。コーデリア嬢にも、義兄上は会っていなかったのですね?」
「うーーん、コーデリアはブレドのことしか見えてなかったからな。あ、いや、その前はクラウスのことだけだったっけ」
わたしの喉が鳴る。
「リディア、動くな」
殿下が鋭い声を出した。
「お遣いさまと話せるんだったね。お遣いさまも、フランツもまだ決定的な損傷はないよ。動くと攻撃しちゃうから、動かないでくれ」
『リディア、大きくなるか?』
わたしはレオに小さく首を横に振る。
今の発言はもふさまが怪我しているということだ。
人が聖獣を傷つけるなんて可能なの?
でももし、それを殿下ができたのだとしたら、この中で殿下に勝てる人はいない……。
「……毒を受けた代償、とは?」
アダムが尋ねる。
「今、こうして動いているけれど、毒での損傷が激しくてね。目が覚めた時、3年はなんとかもたすって言われた。だから残りは後3ヶ月ぐらい、かな? それに1日に動ける時間も7時間ほどなんだ。制約が多くて嫌になるよ。もともと器に対して魔力が多すぎて、動き回れなかったというのにさ。毒で器がバカになったから、魔を最大限に使えるし、聖獣とも戦えるっていう利点はあるんだけどね」
アダムとロサが揃ってわたしを見た。
もふさまが聖獣とわかるって、本当に殿下は並大抵じゃない。
あれ、殿下が影だと思っていたから、眠り続ける殿下になり代わりたいのだと思った。けれど、殿下ならなり代わる必要はない。
ああ、そうか。毒に犯され、身体が持つのが後3ヶ月ほど。
……殿下は誰の身体を乗っ取るつもりなの?
「アダム、今までよくやってくれたね。君は私の腹心だ。君は魔力も影の中で一番多かったし、優秀だ。君の器を使ってあげる。だからそれまで大事にしてくれよ、身体を」
なんかめまいがしてくる。
影のことをなんだと思っているんだ。親子で人の命をなんだと思っているんだ。
「私を攻撃するのは、殿下の元婚約者、コーデリア嬢に思われていたからですか?」
兄さま! 声に苦痛が含まれている。
「君を消す理由かい? コーデリアが亡くなった婚約者を慕っていたのは無理ないよ。私も同じようなものだから気にしてない。過去は関係ない。
問題は現在とこれからだ。君が生きていると、リディアが希望を持ってしまうみたいだから。君には何も思うところはないけれど、ただ邪魔なだけ」
第1王子殿下は、残酷な発言をしながら、優しい笑みを兄さまに向けた。




