第69話 サイン
本日投稿する2/2話目です。
ハリーさんとホリーさんは涙を流している。むせび泣いている。
「ジョウユとミソンがこんなおいしいものだったとは!」
東の国の調味料とは知っていても食べたことはないようだ。
ふたりが食べているのは塩むすびと芋の味噌汁。お肉とニンジとマルネギをニンニクと炒め、お肉には醤油と蜜で合わせたソースをかけた。
いっぱい作ったので、みんなの昼ごはんでもあり、宿のご主人と女将さんにも食べてもらった。炊事場を使わせてもらったお礼だ。
「これは、売れます!」
ホリーさんが真剣な目で父さまに言う。
父さまは目を泳がせてわたしを見る。
「リディー、どうするつもりだったんだ?」
「わたしも、売れる思う。けど、わたし働くは無理。だから今日は、ホリーさんにいずれ、商売相談にのってもらえるか判断、欲しい思った」
わたしはホリーさんに向き直る。
「合格?」
尋ねると、眉を八の字に寄せて苦笑いをする。
「合格だなんて、そんな試験をしていたわけではないですよ?」
「今後、商品の相談、のって、もらえますか?」
「こちらから、お願いしたいです」
よっしゃ! 相談者ゲット。
「屋台はすぐに取りかからないのですか? もったいない」
「お手伝い、したいです。でも、まだ、働けません。それと、目立つ禁止なので、やってくれる人、お手伝いぐらいがいいと、思ってます」
チラリとハリーさんを見る。
ハリーさんがベストなんだよねー。
わたしの視線に気づいて、双子も兄さまもハリーさんを見た。
「ん? 何? 顔に何かついている?」
「お前はそういうところがダメなんだ」
ホリーさんはハリーさんにダメ出しをした。
「え? 何が?」
と首を傾げるハリーさんに、ホリーさんはため息を落とした。
「わたし、商売、何も知らない。だから、考える練習する」
「考える練習?」
不思議そうにアラ兄が言う。
「思うよう、売れたらいい。でも、売れないこといっぱいある。屋台売れなくて、何日赤字。えっと、材料費とか無駄になっても、耐えられるか」
「材料費が無駄?」
「材料費分、儲けなかったら、の意味考える。売れなかったら、収入ない。店やらなくても、生活する、お金かかる。店開くなら、収入なくても、材料買う。さらに出ていく。それで何日持つか」
「そっか。毎日ご飯食べるし。毎日買うものじゃなくても少しずつ使うものもあるし。かかるお金って結構あるんだな」
「1日にかかるお金を計算して、お店を開く日にち分のお金を先にためないとだめなんだね。生活費以外に」
兄さまに頷く。そう、今はもふさまの魔物狩りのお金があるから貯めるところは省いて考えているけれど、何か始めるには貯めないとだ。普段の生活費にもお金はかかるから、貯めることはとても大変だ。
「考えることいっぱいある。うまくいった場合も」
「うまくいった場合?」
兄さまに尋ねられる。
「100個売る、思ってた。すぐ100個売れたら、どうするか」
「その日は終わりにするか、追加して作るかってこと?」
「追加でいいじゃん」
「追加するには材料費がいるから、その分を持っているかも大事なんじゃない?」
アラ兄とロビ兄で意見をかわす。
「例えば、おにぎり、簡単。みんながライズ、殺到したら困る」
「え? なんで? おにぎりが売れなくなるから?」
「いや、元々ライズは家畜の餌として売られている。なくなったら、餌を欲している人が困る、ってことだよね?」
兄さまに言われて、わたしは頷いた。
「あ、リーはだから卵を買うときに、大量に買ったら困る人がでないか聞いたのか」
ロビ兄がふむふむと頷いている。
ホリーさんが咳払いをした。
「ライズだけに関して申し上げますと、簡単だからと真似する者はそうでないと思います」
「どうしてですか?」
兄さまが尋ねる。
「ライズは値が安いですからね、貧乏人はみな試し済みなんですよ。茹でたり蒸したりぐらいはね。ただ、試すといってもライズ自体は値は張らないけれど、火を長いこと使うにはそちらの方がよっぽどお金がかかるのです。だから時間をかけていろいろな方法は試せなかった。調理法で食べられる物になるかも、知らなかったですしね。少し火を通せば食べられないことはないけれど、相当困っていないとライズを食べようとは思わない。調理法を知らずに真似しようと思う者は出ないでしょう」
そっか。お米の炊き方を知らせなければ、市場に混乱を起こすことにはならないのか。例えば、大きい村のお米が毎年収穫できるようになったり、お米の作り手が増えた時に、調理法を伝えたらいいかもしれない。おいしいものを食べられるし、お米も買ってもらえる。
小麦は他にも使い道があるから売れなくなるってことはないし。パンは……もっとおいしければ自然に売れると思うし。ま、それは先のことだ。
「本当だね、いっぱい、いっぱい、考えることがある」
わたしは兄さまに頷いた。
「おじいさま、わたし商売知らない。だけど思いつくことは、ちゃんと考える。それで領地、力なりたい」
おじいさまがわたしの前にきて、わたしを抱きあげた。
「ああ、そうだな。遊びだなんて言って悪かった。リディアはいろいろ考えているのだな。それに人の意見もちゃんと聞ける。誰だって商売を始める時は初めてのことばかりだ。いい相談者もできたようだし、お前の目指す〝困る大物〟になるといい。ワシも協力するぞ。ただわかっていると思うが、力をつけるまで、目立たないよう気をつけるんだぞ」
「ありがと。おじいさま大好き」
わたしはおじいさまに頬を擦り付けた。すべすべだから気持ちいい。
「お前の足りないところはわかったか?」
ホリーさんに言われて、ハリーさんが俯いている。
「私はそこまで深く考えたことがありませんでした」
「そうだな。それに全部揃えてしまって、私が口を出しすぎた。それも悪かった。お前から〝考える〟ことを奪ってしまった」
「いえ、兄さんは悪くないです。私が甘えすぎていました。実家に甘えて、利益がほとんどない店を続けさせてもらっている」
父さまやおじいさまがちょいちょい相槌をうち、聞いたところによると。
ハリーさんは、本職は研究者のようだ。古代の遺物を研究するのが好きで、細々とそれをしているみたいだ。でも研究っていうのはすぐに結果が出るものでもなく、よって対価がすぐに払われるものでもない。ハリーさんはだからといって研究所に入り、心動かされないものに研究するのは嫌だったのでフリーでやっている。お金は実家の脛齧り状態だが、古代の遺物の研究にはいい顔をしていないので、お兄さんのホリーさんを頼り、調味料のお店を始めた。
兄弟の仲はいいが、どうやらお兄さんのホリーさんは庶子で平民。ハリーさんは男爵家の次男みたいだ。男爵家の跡取りの長男であるお兄さんとはそりが合わずに、ホリーさんを慕っているらしい。
「赤字ばかりだし。このままだと今年で店を閉めた方がいいのかな……」
なんですと?
「黒字なったら、店続ける?」
「えっ? ええ、そりゃ続けたいけど……」
わたしはハリーさんの手をとった。
「リディアちゃん?」
「ハリーさん、とりあえず、おにぎり、屋台やろう」
「え?」
「売るとき、広場、ほか屋台巻き込む。おにぎり合う調味料、売れるようするよ」
「ええ?」
わたしとハリーさんが見つめ合っていると、その握った手を兄さまに解かれる。そして隔離される。
……兄さま。仕事の話だから。
「ライズの調理法、教えます。ライズ作り手、増えたら、調理法世に出す。それまでは、教えるの特別」
「どうするんだ、ハリー?」
ハリーさんが顔をあげた。
「やってみたいです」
ホリーさんとわたしは目を合わせてニンマリと笑った。ハリーさんがベストだから、そうなったらいいなーと思っていた。
「屋台でハリーを雇う形ですか?」
わたしは首を横に振った。
「今回はハリーさん、調味料屋存続、お手伝いです」
ハリーさんとは彼のお店で知り合ったし、今回の騒動でハリーさんのお兄さんに助けてもらって縁ができた。さらにホリーさんは商人のスペシャリストで、ハリーさんはなんと貴族だった。目を引くのはハリーさんとホリーさんだし、わたしたちがチョロチョロしていても、知り合って後学のためにお手伝いをしたで筋が通る。
ホリーさんは何かいいたそうな顔をしたけれど頷いて、それならばと誓約書を出した。
「誓約書?」
アラ兄がじっくり見ていると、父さま、おじいさまも覗き込む。
「これは何のために?」
ホリーさんが説明を始めた。
「ライズの調理法を秘匿する誓約書です。私とハリーの誓約です」
「ここまでしていただかなくても……、なぁ、リディー?」
父さまに言われてわたしは頷いた。
「いえ、これは大事なことです。誓約は魔を通し情報を秘匿することが可能です。調理法をうっかりもらしてしまうなんてことを防止できるし、誓約しているから言えないと自分も周りも安全になるんです。特許をとったり、誓約をすることは自分も周囲も安全にすることなんです。覚えておいてください」
わたしたちは頷いて、それを教えてくれたホリーさんに感謝する。
『この紙には魔法で絵が描かれている、面白い!』
もふさまが尻尾を振っている。
ホリーさんに魔法が組み込まれているのかを尋ねた。
その紙は普通の紙に見えたけれど、魔法陣が見えないように描かれているそうだ。
必要事項をホリーさんが書き込んだ。
ライズの調理法を世の中に出すまで、この調理法を秘匿する旨が書かれていて、ホリーさんとハリーさんがサインする。サインは名前を模したものだと思う。
「リディアがサインしなさい」
そう父さまに言われて、わたしは初のサインをした。
自分のわかる記号で、照会があったときに自分のものという証明ができるようまた書ければいいとのことなので、わたしは筆記体の英文字で「Ridia」とサインした。
一瞬だけ今まで見えなかった魔法陣が青く発光した。そしてすぐに静まる。誓約書は誓約事項と3人のサインがされた紙になり、3枚へと増えていた。
おおーーーーーーーー。ファンタジーっぽい!
双子も兄さまも目を輝かせて誓約書を見ていて、大人たちも楽しげに見守っていた。もふさまは首のところが痒いのか、後ろ足で器用に首をかいている。ますます犬っぽい。
「リーのサイン、カッケー」
ロビ兄に絶賛される!
「これは素敵なサインですね」
褒められて、えへへとわたしは笑った。




