第689話 はかられごと②口封じ
「取り乱したようだ」
と威圧感ある視線を投げかけてから陛下が言えば、ペトリス公は理解ある顔をして頷く。
「無理もありません、重鎮中の重鎮の裏切りにあったのですから」
縛り上げられた本物のメラノ公が、口をワナワナさせている。
他の貴族の顔は青白く、茫然としていて、アイラは不機嫌そうな顔で、繰り広げられる茶番を見ている。
「其方は誰から、どんな情報を得たのだ?」
陛下が尋ねる。
方針を変えて、情報を取っておこうと思ったのだろう。
アガサ王女は夫人に抱きかかえられていた。顔はぴったり夫人の胸につけている。実兄にあたる第4王子殿下も王女さまの頭を撫でていた。こちら側は特に取り乱していないようだ。
わたしが一番取り乱したかも。
だってリアルすぎ! 血がびゅっって飛んだんだもん。
でも、あれ、床に血溜まりは見える気がするけど、飛んだ血飛沫なんかは部屋のどこにもなくなっている。
やはり幻影なんだと、変なところで安心をした。
「実は、神殿のある方から、相談を受けたのでございます」
「……神殿?」
新たなワードが。
神殿に協力者がいるってこと? あ、ルシオ! ルシオにちょっかいを出してきた人は神殿関係者。
「メラノ公爵さまが、どこか思いつめているようだと」
「何を思いつめていたのだ?」
「政治についてです」
陛下はため息をつかれる。
「他国から脅威に晒されていると思われているようでした。進言しても陛下がお聞き入れくださらないと。それどころか、ひと家族に執着をし、王子殿下たちに甘すぎると……。このままでは国がおかしなことになってしまうとこぼされていたとか」
「その神殿の者とは誰だ?」
「はい、副神官長です。彼は聖女候補のアイリス嬢のことを任されている優秀な者ですな」
? なんでアイリス嬢のことを急に持ち出すんだろう?
「私が聞いていることとは、少し違うようだが?」
ロサが口を挟む。
わたしの隣から声は発せられているのに、椅子に座ったロサが話していると思っているようだ。
ペトリス公は目を和ませた。
「ブレド殿下は聖女候補さまと仲が良いのでしたな? ああ、お似合いだと思います。そこの伯爵令嬢より」
アダムが意地の悪い顔で笑う。
「私の婚約者を引き合いに出すとは、どういうことだ?」
そうだ、対外的にわたしはまだ、第1王子殿下の婚約者だ。それなのに、ロサと仲がよさげと知っているということは、やはりメラノ公と繋がっていたということ。
「……実は少々、メラノ公爵さまから聞き及んでおりました。第2王子殿下も第1王子殿下も、恋に悩んでいるようだと」
「つい最近もメラノ公と話されたようですね」
ロサがにっこりと笑った。
「ああ、メラノ公が何かおっしゃったんですね? 私から命を受けたとでも? それこそ誤解でございます」
怪しまれていると思い、それはメラノ公の告げ口があったと思ったようだ。
「メラノ公は何も言いませんでした。自分たちが推す王位継承者の名前さえもね」
アダムが静かに告げる。
その時、ペトリス公は何かがおかしいと感じたように目を細めた。
青い鳥! どこからともなく現れた鳥が、本物のアダムの肩に止まる。
手をやれば、それは封書になった。封を開け手紙を読み、それを隣の陛下に渡す。陛下もすぐに目を走らせた。
陛下が軽く目を閉じる。次に目が開かれた時には、紫色の瞳が決意あるものになっていた。
「制圧せよ!」
魔力を乗せた陛下の声が響く。
メラノ公たちの前に控えていた人たちが、ペトリス公たちに駆け寄る。
急に人が現れて見えたのか、酷く狼狽している。それでも剣を持っていたので応戦が始まった。でもそれも束の間。扉が開き、騎士たちが雪崩れ込んできて、一気に捕縛した。
先ほど動いた点は敵ばかりではなく、陛下の配下たちでもあったんだ。
「なぜ私たちに、こんな仕打ちを?」
陛下は、映像の陛下に目を向けるペトリス公に向かって歩き出した。
「余はこちらだ」
あと数歩というところで立ち止まり、陛下は告げた。
急にそちらから声が聞こえたかというように、ペトリス公がバッと顔を向ける。メラノ公よりはずっと若く、陛下より少し上だろうか、シワが刻まれた顔が固まった。
あ、瘴気が……トルマリンさんが陛下の合図で術を解いたようだ。
椅子に座らされていた王族の方々や〝死体〟が消えた。
新たに捕らえられた10人が驚き、キョロキョロした。
そして壁際にいた王族たちに気づき、捕らえられているメラノ公たちにも気づいた。
驚愕から悪夢をみた、そんな表情に変わる。
「こ、これは!」
口封じしたと思ったものたちが、部屋の隅で捕われている。そして彼らの淀んだ瞳は、今までこの部屋で行われたことを見ていたのを物語っている。
なんとも言えない空気が流れた。
「シュタイン嬢、評判を落としてまで、この反逆者たちを炙り出し捕獲する協力をしてくれたことに感謝する」
陛下の言葉に驚く。
! あ、わたしの婚約話をそう収めてくれるつもりだったんだ……。
メラノ公たちもペトリス公たちも、眉を寄せ、わたしたちを見ている。
でも、そうしてくださるなら、わたしも応えなくちゃね。
わたしは右手を胸にやり、膝を折った。
「もったいないお言葉、光栄に存じます」
みんなが血走った目でわたしを見ている。アイラなんか特にだ。
「陛下、どういうことですか?」
「なかなか敵の姿が見えてこないから、シュタイン嬢に協力してもらい、仕掛けたのだよ」
幾分、ゆっくり目に言葉を紡ぎ、陛下がネタばらしをする。
陛下たちには、外国からの攻撃でなく、国内の反乱だと初めから想像がついていたようだ。
そして特別班にメラノ公を入れていたことから、彼が関係していると目星をつけていたのだろう。
「屋敷を調べさせた」
ペトリス公は口を開けたまま。理解が追いつかないようだ。




