第688話 はかられごと①目眩し
「彼は最初からここにいました。術で目眩しをかけていただけです」
ああ、陛下たちは本当にこうなる事がわかっていたんだ。
それでトルマリンさんまで控えさせていた。自分たちの味方の貴族も配置して、メラノ公たちを捕らえる算段があったんだ。
そうだよね。夫人たちや幼い王女、王子たちもいらしたんだ。あんな余裕を持って、ただ捕まっているなんておかしなことだもの。
陛下が縛られた人たちを見渡した。
「この者は呪術師だ。今から先ほどまでのお前たちが優勢に見えた映像をここに映してもらう。しかとお前たちの陥れられる未来を見よ」
「さて。メラノ公、仲間を呼び込む合図はどんなものですか? この部屋は音が漏れないから……、遠隔でどこかの水を吹きあげさせるとかかな?」
アダムが言ったけれど、メラノ公の表情は動かない。
『ここに来る前、中央の水溜りで何かしてたぞ』
アリが教えてくれる。
「中央の噴水」
わたしがアリの怪しんだ場所を伝えれば、縛られた貴族たちが驚愕の表情でわたしを見た。
「が怪しいんですね、お遣いさま?」
わたしは言葉を足した。
アダムがトルマリンに合図を出し、わたしたちは部屋の壁を背にそっと立つ。
とんでもない量の雨が、一気に降ったようなザーという音。
誰かが噴水の水をどうにかしたようだ。
瞬きをすると、え? わたしがいる。あ、嫌な気。そっか、これが瘴気を使う術なわけね。わたしは壁の方を向いて、聖水を呼び出してひと口含む。
部屋の中には椅子が一列に並んでいて、そこに手枷、足枷をした王族が座らせられている映像が見えている。わたしは床に座り込んでいて、もふさまを抱きしめていた。
リアルな自分の映像が見えるとはなんとも不安になるもので、わたしは隣のもふさまを抱きあげる。温かい。本物だ。
よく見れば隣にロサもアダムもいる。その横には陛下がいて。部屋の隅には夫人たちがお子さまたちを抱えている。縛られた貴族、メラノ公も端に寄せられ、貴族がその前にいた。ただ、中央の映像以外はしっかり見ようとしないと、見えないというか、うすらぼんやりしているといか、気に留まらなかった。
トルマリンさんは歩いて行って、アイラの前で座り込む。
「少しの間、身動きを取れなくさせていただきます。呪術を使えないように」
アイラはキッとトルマリンさんを睨みつけた。
「あたくしの術を解呪したのはあなた?」
トルマリンさんはアイラに向かって印を組んでから、そうですと認めた。
「術が使えないっていうのは嘘だったの? あたくしを呼び寄せるために?」
アイラが目を剥いて、後半から壁際を睨んだ。
「私が術を使えなかったのは本当です。リディアお嬢さまに術を使えるようにしていただきました」
「なんですって!?」
目を最大限に見開いている。そして歯軋りをした。怖っ。
トルマリンさんは立ち上がって、縛られた人たちを見回した。
「少しの間、声がでない術をかけさせていただきます」
一礼をして、目の前に何かを書きつけ、空中に指で窓を作るようにして、手を動かした。
すると貴族たちやアイラが口をパクパクさせているのに、声が聞こえてこなくなった。
人がこの部屋めがけてきている。マップに点が出てきて、中央部を囲うように円となり人が配置されている?
ざわざわ感が強くなる。多くの点が動いたけれど、こちらの部屋前まできたのは10個の点だった。ちなみに赤くはない。
『リディア、きたようだ』
わたしは頷く。
皆さまも乱雑な足音が聞こえていたから、わかったみたいだ。
チラッと王族の方々を見遣れば、あ、よかった。怖い思いをしたことも手伝って疲れたんだろう、フローリア王女さまはお母さまの腕の中ですやすやと眠っている! アガサ王女さまはお母さまとお兄さまの手を握って怖いのを我慢している顔だ。
縛られた人たちは諦めずに口をパクパクやっていた。
扉が音とともに開く。
アーマーを着込んだ人たちが、部屋に雪崩れ込んできた。
クイがいつの間にかもふさまの上にいる。
幻影には惑わされなかったみたい。
クイが来たってことは、あの中で一番偉そうな人がペトリス公ね。
と、信じられないことが起こった。
入ってきた人たちは、いきなり幻影の貴族、そしてメラノ公を剣で斬りつけた。
わたしは叫び声を上げていた。
アガサ王女とわたしの悲鳴が響き、わたしはロサの手で目隠しされた。
心臓がバクバクしてる。
場がシーンとする。ゆっくりとロサの手が離れていき、肩に大丈夫だというように手が置かれる。
あれは幻影だ。血を流し、まるで生きていたみたいに倒れ込んだけど、本物は向こうの隅にいる。隅にいた縛られた人たちは、自分たちの死体を見て、口を開けたまま顔を青ざめさせた。
「陛下、お怪我はございませんか?」
椅子に座っている陛下の前に、ペトリス公は跪いた。
「謀反の疑いがあり、まさかとは思いましたが、駆けつけた次第でございます」
「謀反だと?」
わたしのふたつ隣の陛下が口にした。
声は壁際からしているだろうに、ペトリス公は手枷、足枷をされた椅子に座った、目の前の陛下と話していると、疑っていないみたいだ。
過去の映像を見せているだけかと思いきや、斬られた人たちが血を流し倒れているように見える。いったい、どんな術をかけているのだろう?
「はい。メラノ公が配下を率いて、陛下のもとに向かったと。何があったのですか?」
床に座らせられているメラノ公は、茫然とペトリス公を見ている。
「メラノが申した。王位継承権を渡せと。渡せぬというなら、家族をひとりずつ消していくと」
「……メラノ公爵さまは王位に並々ならぬ思い入れがありました。そして、王位継承権を持たないことを憂いでいらした。けれどここまで切羽詰まっていたとは! 私がもう少し早く、ことを起こす前に気づいていれば……」
悔しそうに、目に手をやっている。
本物のメラノ公は顔を青くしていた。
事実がわかることは絶対にいいことのはずなのに、とんでもなくメラノ公に悪いことをしている気持ちになる。
「ペトリス公は、何も知らなかったと?」
「もちろんでございます」
「では、なぜ斬った?」
「は? それは陛下たちが捕らえられていて、謀反だと思ったからでございます」
「一言も、何が起きたかを問わずにか?」
そうだよね、口封じが目的としか思えない。
入ってきた途端、王族とわたし以外を斬りつけたんだもの。
スッとペトリス公の表情が変わる。
「陛下は私を疑ってらっしゃるのですか?」
「まさか、確信しておる。其方が首謀者だと!」
ペトリス公は目を細めた。
「陛下は混乱されているのですね。夫人やお子さまを盾に取られ、動揺なさったことでしょう。けれど今一度思い出してください。陛下を捕らえたのは誰ですか? 陛下を脅したのは誰ですか? 私たちがすぐに行動をしたこともあり、困惑されていることでしょう。けれども私どもが駆けつけていなかったらどうなっていたと思われますか?」
ペトリス公は自分たちに罪はないままここを収める、絶対の自信があるようだ。




