第686話 彼女のはかりごと㉑瘴気の樹
陛下がそう声をあげた途端、メラノ公の後ろで護衛のように控えていた貴族が、メラノ公の腕をねじりあげ縛りあげた。
エロワ男爵など、元からこの部屋にいた貴族たちもみんな。メラノ公と一緒にやってきた貴族が、元いた貴族たちを捕獲して、陛下たちの足枷、手枷を外していく。アイラも縄を打たれ、それぞれに魔力封じの魔具をつけられた。
「怖気づき、裏切ったか?」
メラノ公が、憎々しげに自分たちを捕獲した貴族たちに、声をあげる。
捕獲に動いた貴族は胸に手をやり、軽く頭を下げた。
「陛下からの命を受け、探っておりました。あなたたちが口封じされないよう、縛っております。ご容赦ください」
貴族はメラノ公の前で膝をつき、許しをこう。
アダムとロサがわたしのところまでやってきて、立ち上がらせてくれた。
陛下は部屋の隅に、夫人たちや小さなお子さまたちを固め、その前に、どうやらこちらの仲間だった貴族たちを配置した。
「我らが反逆を起こすと、わかっていたのですね?」
「思いとどまって欲しいと、心から願っていた」
アダムとロサに恨みがましい視線を投げかけてしまう。
知ってたんなら教えてよ。
「お前たちのいう、無能な息子たちが調べてきたことだ。ゴット、ブレド、説明を」
「過去の話をしても響かないでしょから、未来の話をしましょう」
アダムはそう切り出した。
縛られ、ひとところに集められ、床に座らせられている人たちに向かって。
「あなたちが脅しても陛下が王位を退かなかった場合、首をはねる前に何か合図を送るはずだったんじゃありませんか? 甘い言葉を囁かれたはずだ。メラノ公、あなたが直接手を汚さなくていい、とね。首をはねる者はこちらで用意するから、話し合いですまなかったら合図を送れと。
合図を送ると、武装した私兵たちがこの部屋になだれ込んでくる。
けれど、彼らは王族ではなく、あなたたちの首をはね、陛下を助けます。
そして英雄に祭り上げられる。事前に謀反を防いだ、とね」
「話にならない。そんなことをして、なんの利がある?」
捕らえられている貴族が吠えた。
「王をすげ替えるより、もっといい手があるんです。それだと動揺も最小限で済む」
捕らえられた人たちの眉根が寄る。
「なり代わるんです」
この発言にはメラノ公も表情を変える。
「何、馬鹿なことを!」
吐き捨てる。
アイラの目が動いている。わたしたちが乗っ取り作戦を知っていたことに動揺している。
「馬鹿げたことだと思いますよね。でもその方法が確実にあるんです。なり代わられた人が、今ユオブリアでどれくらいいるか、わかりません」
「魔力を通わせ、魔石を体内に入れて言うことを聞きやすくする……そして儀式。ですよね、呪術師、アイリーン」
ロサが呼びかけると、捕らえられた人たちも一斉にアイラを見た。
「何をおっしゃっているのか、わかりません」
「お前は、コーデリア・メロディーになり代わるつもりだったよな?」
ロサが嫌な顔で言った。彼のそんな負の感情を見たのは初めてだ。
アイラはわたしに目を移した。
「まぁ。リディアさまに、リディアさまよりメロディーさまの顔が美しいと言ったから、そんな根も葉もない言いがかりをつけるんですね?」
はぁ?と思うが、乗っ取りのことの方が信じられないことだろうから、何を言っても今はあちらに分がある。
「そんな言い訳しか思いつかないか。でも、すぐにわかる。貴様が誰の手先かってことはな!」
ロサが吐き捨てるように言った。
「にわかには信じられないでしょうが、なり代わる術が確立しているのです」
冷静にアダムが言った。
「いるはずですよ、あなた方の周りにも。以前とまるで人となりが変わってしまい、全く違う人生を歩み出した者がね」
信じられないながらも、考えを巡らせるような捕らえられた人たち。
「西の大陸にグレナンという国がありました。すでに地図から名前は消えていますがね……。そこには言葉にしなくても思っていることを伝える〝伝心〟というスキル持ちが大勢いたそうです」
なんの昔話だという感じに、胡散臭そうにアダムを見上げる縛られた人たち。
「公けにはされていませんでしたが、実はそれはスキルではなかった。かの国の一部ではある物を使って、伝心の力を習得していたのです」
昨日の今日でそこまでわかったの? わたしは驚く。
「グレナンには魔の森と呼ばれる深い森がありました。ご存知の通りツワイシプ大陸以外の土地には魔素がそこまであるわけではありません。けれど、この森にだけはツワイシプ大陸、いやそれ以上の力が溢れていました。魔物も多かったそうです。そこで人々は見つけました。瘴気と魔素を源として育つ禍々しい、瘴気の樹である〝瘴木〟を」
あ、瘴気の樹で〝瘴木〟。魔石の扱い方の本に出てきたやつ。あの時、誤字かと思っていたけど、実際にあるんだ……。
あれ、本には確か〝瘴木〟で魔を得た魔石って……。魔石は魔物から取れるもの。
シンシアダンジョンの禍々しい赤い木。魔力を流しているってアダムが言った。そしてその木と同じ色の魔石を持った、凶暴になった魔物。
「その〝瘴木〟は瘴気をふんだんに含んでいた。その魔力が魔物に流れると凶暴化したそうです」
捕らえられた貴族たちは、議会にも参加していただろう。
だからなんか聞いたことあると思ったかもしれない。シンシアダンジョンでの報告と似通うところがあると。




