第68話 困る大物
本日投稿する1/2話目です。
「リディー、やりたいことをやらせてやりたいが、目を引いてしまう。目立ってしまう」
「うん、わかってる。あのね、父さま。父さま、強さの話、してた」
悲しそうな顔をする父さまに、わたしはドアの外で聞いたと言った。いろいろな強さがあり、いろいろな守り方がある。それを聞いてわたしも考えたのだと。
「目立たないよう、もちろんする。でも、何か拍子、目に留まる、あるかも」
父さまは情けなさそうな、泣き出しそうにも見える顔をした。多分、父さまも、そう思っていたんだろう。
今回のカークさんに依頼した貴族だって、わたしのお妃候補の噂をつかみ先回りをしたわけでしょ? まだ正式に話がきたわけでもないし、話がきたってわたしは婚約済みだから、成立しないのにさ。
夜盗を捕まえただけで、何かあると思われた。父さまが真面目に取り組み、先祖たちが伝えてきてくれたことに気づき難を逃れたことも、それ以上に受け止められている。これから領地で何かいいと思えることがあったら、勝手に何か力があると思われるんじゃない? 逆も然り。天候がちょっと悪いとかも、何かやったんじゃないかと思われたりしそうだ。自分の想像に怖くなる。
「だから目に留まった時、手を出せないくらい、大物なっとく」
みんな〝え?〟という意表を突かれた顔だ。
目立たないように息をひそめていても、目を引く確率はある。それなら、興味をもたれたときには、手の内に納められないぐらいの大物になっていればいいと思うのだ。
ブフォーと、もふさまが吹いた。大笑いしている。わたし以外にはどう聞こえているのか、ちょっと知りたい。
あまりに笑うから、我に返って、恥ずかしくなる。
『大きく出たな!』
愉快そうに、頼もしいというように、もふさまが弾んだ声で言った。
そう、わかっている。身分が低い人をどうにでもできる身分の高い人たちが、手を出せない大物になるだなんて、無茶苦茶いってる。権力の前には、あり得ないことなのもわかっている。
そう、本来の意味通りの大物になるのは難しい。だけどさ、手を出すとめんどくさいことになるから手を出しにくい人ってのは結構いるものだ。最終的には権力でどうにでもできるけれど、手を出すとバランスが崩れるのか後々まで面倒ごとになっていく〝人・コト〟が。
母さまが教えてくれた歴史では、たびたび面倒ごとが起こっていた。
またそんなことが繰り返されてはかなわないからか、国が民たちを〝赦し〟たことになり、温情で国民でいさせてやるという表向きになっている。歴史には民に〝してやられた〟とは残さないし、こちらが赦してやったていで記憶にも残しているみたいだが。
直近のもので、胸がすくようなのがあった。それは農民の話で、収穫の何パーセントという税の取り方だったから起こったことだけど。
お偉方に無茶な要求をされて彼らは頭にきていた。道理に沿って異議を申し立てたが、取り合ってもらえなかった。彼らは意趣返しした。収穫前のものを周りの民に分け与えたのだ。だから収穫はほとんどなかった。故に納められた税金もちょびっと。でも税金が少なかったことより、市場に食べ物が出回らないことの方が困りごとだった。
中央に行くほど値段は高騰し、そして圧倒的に物がない。じわじわと余波は広がり、なんでこんなことが起きるのかと抗議が殺到する。災害があったわけでもなく、収穫がなくなるのはおかしなことだから、何があったか調査する。そして上の横暴さに民がヘソを曲げたと納得する。それもなんとも罰しがたい法をかいくぐった方法で。確実に多くの人にダメージを与え、怒りは共有された。
本当のところその農民たちは難しいことは考えていなかったのかもしれない。ただあまりにも横暴だから、そんな人たちに自分たちが大切に育てた農作物を食べて欲しくないなと思っただけかもしれない。それで収穫して売ることはせずに、収入にならなくてもせっせと周りの人たちに配り尽くしたのかもしれない。なんにしても結果、困った人々は原因を追求し、お偉方の横暴さに眉を寄せ、農民たちを支持した。それによりなぜこのようなことが起こったのかは自然に広まり、お偉方は嘲笑された。お偉方は慌てて、懐柔作戦に入った。プライドの高い彼らは自分たちの過ちは認めなかったが、少し歩み寄って、食物を分けてもらえることになったようだ。
強さの話を聞いたとき、その歴史の話を思い出していた。
権力ピラミッドの一番下の人々。権力はないけれど、人数勝負。いろいろ納めているだけのポジションにいて、何も持っていないように思われがちだが、ただシンプルに生きていくには、何かに属さなくても生きていけるだけのものもノウハウも持っていて、彼らはどこででも根強く生きられる。
民が拗ねると、面倒ごとになるのは、周知の事実だ。結局、世の中は〝人〟で回っているのだから。〝人〟の数が多ければ、それだけで脅威になるのだから。
「大物もいろいろある。わたし目指す大物、いなくなったら困る大物」
「いなくなったら困る大物?」
うん、と頷く。正しくは手に収めるのは可能だが、やると周りがうるさく、後始末に手間暇かかって労力だけやたらめったらかかる大物、だ。
「例えば、あの商品なくなったら困る、そんなもの作る。なくなるの困るなら、みんな動く。多くを敵にまわすほど厄介なことない」
ひとつひとつは小さくても集まれば大きな声となる。
何がなくなったら困るのか、それも思いついていないんだけどさ。
だからあくまでも例だ。それが〝商品〟になるのかもわからない。
できるかどうかもわからない。
でも、きっとあるはずだ。
〝ここ〟に居てもらわなくちゃ困る〝人〟になるための何かが。
息をひそめながら、やりたいことはやって、力をつけ、みつけるんだ。
父さまを見上げる。
「わたし、そういう強さで、みんな守りたい」
わたしはみんなを守りたい。
わたしの力で、わたしがいることで、肩身の狭い思いをさせたりするのは嫌だ。みんなが、わたしのために目立たないようにと、やりたいことを思い切りやれないのは嫌なのだ。だから守りきれる強さをみつける。
「お嬢様は大衆の真理をご理解されている」
ホリーさんが後押しするように頷いてくれた。
そんなおおげさなものではないけどさ。
それに、みんな何か言いたそうだったけれど、わたしに芽生えた思いを大事にしようと、心の中に言葉をおさめているのだろう。一応、荒唐無稽な自覚はある。
「父さま、目標立てるよう言った。冬の目標は考えたけど、もっと先まで考えた」
そ、目立たないように力をつける。大切な家族を守れるようにね。それがわたしの目標だ。
「目標だから、今すぐどうこう、違うよ?」
あまりにもみんなが真剣な顔をしているので、言ってみる。
気持ちだけだ。まだ、何も確かではない。
父さまが小さく咳払いした。
「……屋台はやるつもりなのだろう?」
「まだ計画だけ」
「計画だけ?」
あれ、みんな忘れてる?
「やりたいけど、わたし、5歳。働けない」
カードを持てるのは7歳からみたいだし、賃金がもらえるのは10歳からだそうだ。そう、9歳までは働くなと決められている。お手伝いならできるけどね。お手伝いでもお駄賃はもらいたいけどね。
「いや、だって、原価や儲けを計算していたじゃないか」
「概算だけ。手伝いする。けど、やる時は人雇う」
みんな目が点になっている。
それだけ、わたしの話を真剣に聞いて捉えてくれていたんだろう。
家族が目新しいことしても、意味深にとられるんでしょう? だったら関係ない人を雇うしかない。
屋台をやって儲けられたら素敵って思いはあるけど、それでまた目をつけられても困るからね。今回は商人さんと縁があっただけで、喜ぶべきだ。だから多くは期待しない。
相手は本物の商人さんだ、鞄で多少気を引けたのかなとは思うが、実際はどう思っているかはわからない。調味料のプレゼンが、うまく作用するかもわからない。調味料の使い方は間違いなく気に入るとは思うけど。気にいると、商売は別物だ。
とりあえず、今日はホリーさんたちに、今後が楽しみだと思わせたら成功だ。最善を尽くすのみ。ハリーさんのところの調味料を使うと、こんなおいしいものできるんですよ、をアピールだ。
興味を持ってもらえたら、これから商売のことの相談者をゲットできる!
「ロビ兄、アラ兄、ご飯1キロ買ってきて。精米して」
「わかった! リーは行かないの?」
「わたし、足遅い。ふたりなら、あっという間」
そういうととびきりの笑顔になり飛び出して行った。なぜか、もふさまもついて行った。双子と入れ替わりにハリーさんが入ってきた。
「使用許可、いただきました。店に戻って、肉と野菜と調味料をもってきました」
いい笑顔だ。双子の笑みと重なって見えて、大人なのに可愛らしいとか思ってしまった。
「炊事場、行ってくる」
兄さまと行こうとすると、父さまに尋ねられた。
「リディー、さっき計算をアランではなく、ロビンにさせたのはなぜだ?」
?
「ロビ兄、計算できるようなる、目標言ってたから」
「アランに、商売をするのにいるものを確かめさせたのはなぜ?」
母さまに聞かれる。
「アラ兄、目標、領地豊かする、いろいろ考える言ってた。きっとこれから、いろんな商売、アラ兄考えてくれる」
ふたりは少し驚いた顔をしてから、わかったと頷いた。
炊事場へ行く途中で、兄さまが言う。
「私も目標を言っておけばよかったな」
「目標、決まった?」
兄さまはにっこりと笑う。
「リディーがいつでも好きなことをできるように、力をつける」
はい、出ました。恩人効果。
「兄さま、恩人は、もういい」
兄さまの耳にこそっと呟く。
「婚約してくれて、助かった。十分!」
「……本当にそう思う?」
「うん」
兄さまはギュとわたしの手を握り直した。
手を洗う。宿の炊事場だし、兄さまたちもいちいち高くてやりづらいだろう。
わたしは靴を脱いで椅子の上に立った。よし、これなら見渡せるね。
双子がライズを買ってきてくれた。もふさまも尻尾を振っている。ずいぶん犬っぽい仕草が身についている。
「ありがと。疲れた?」
尋ねると、ふたりは首を左右に振る。すぐにお料理に突入してもいいというので、ご飯作りを始めることにした。少しだけ願いを込めて、ハリーさんにしっかり作り方を教えてあげてねと言っておいた。