第676話 彼女のはかりごと⑪目から鱗
「もふさま、いろんなことがいっぺんに起こっているのかと思えるけど、本当はひとつのことなのかもしれないね」
『この一連のすべてのことがか?』
「多くの人がかかわっているから、その思惑で表に見えてくるところが違うけれど。一本道って感じがする。それに逆にいって、そんないろんなことがいっぺんに起こるなんて変じゃない? 誰かが誘導しているならともかく」
あれ、なんかデジャブだ。似たような図式を感じたことがあった気がする。なんだっけ?
あ、青い鳥。肩に止まったそれは封書となった。アダムからだ。陛下にも知らせて対策を取るとのことだ。
はぁ、よかった。
……起きている騒動がすべて繋がっているなら、兄さまのこと、土地買いの件も繋がっているはずだ。繋がっているというなら、兄さまの父さまである前バイエルン侯や、キートン夫人が狙われたことにも繋がりがあるんじゃないの?
ふたりに何か共通項が。
『リディア、誰かが入ってくる』
え。
わたしは横になって目を閉じる。
ドアが開く。ノックなし。
入ってきた者はベッドの横にのっそり立った。
そしてこちらにお尻を向け……もふさま専用の常備水入れに何かしている。
目を薄く開け、覗き込むようにすると、アイラではなくメイド服姿が見えた。
「何をしてるの?」
濃い茶色の巻き髪を束ねたメイドは立ち上がって、こちらを見た。
「起こしてしまいましたか、申し訳ありません。お遣いさまのお水を替えに来ました」
「替えの〝何か〟を持っていないようだけど? 今、ポケットに何か入れたわね。出して」
ベッドに入ってこようとしたから、わたしは風の幕で侵入者を弾いた。
この部屋は続き部屋だ。廊下と繋がっている隣の部屋にはアイラがいるはずだけど、この者を通したか、アイラがやらせているか。
少々手荒に風で上にやり、落とす。気を失ったか。
わたしは再度アダムに伝達魔法を送った。
すぐにアダムとロサが部屋に入ってきた。
後ろでアイラが〝リディアさまはお休み中です〟と声を張り上げている。
中でメイドが倒れているのを見て、驚きの声をあげた。
「り、リディアさま、一体何が?」
レオも目を見張っている。
「お遣いさまの飲み物に何かしようとしていたの。声をかけたら、襲われそうになったから、返り討ちにしたわ」
アイラはほけっとした顔をした。
「ああ、お遣いさまが返り討ちにしてくださったんですね」
わたしが倒したとは思わないみたいだ。魔法でやったから、ベッドの中のままだものね。
「すみません、手洗いに行くのに部屋を開けてたんです。その間に入られたんですね」
しょげているけど、嘘か、わざとあけたのか、はたまた他の勢力か。
ま、どれでもいいけど。
『この女の言う通りだ。手洗いに行ってた。私だけ残ればよかった』
ベッドに入ってきたレオが言う。
そっか、アイラのしていることはレオが見ているのだものね。
違う勢力で、何かしにきたメイドなのか……。
後ろからついてきた衛兵に、メイドを引き上げさせる。
アダムはその指揮をとるつもりなんだろう。
「ブレド、リディア嬢についていてくれるか?」
とロサに確認をした。
「……義兄上がついているべきでは?」
お、小芝居か?
アダムは大きくため息をつく。
「……ブレドに譲るよ」
「……ゴットさま、それはどういうことでしょう?」
わたしも参戦してみよう。
「……そうだな、3人で後できちんと話し合おう。今はこのメイドから話を聞く。……ブレド、こっちは任せていいか?」
「わかりました、義兄上」
アイラは胸の前で手を組んで、夢見るようにこちらを見ている。
まあ、エンタメ性のあるシチュエーションではあるね。
「あ、ゴットさま、サマリン伯爵さまの調書の時も一緒にいていただきたいのですが」
アイラだけ排除したいからな。
アダムは頷く。
「わかった。こちらのメイドの調書がひと段落したら、こちらに戻る」
そう言って踵を返した。
少ししてからサマリン伯がきた。アダムがいないので、わたしたちは談笑する。
「本調子ではない時に、1日に何度もすみません」
「いいえ。学園が始まる前に、いろいろ終わらせなくてはいけませんので、こちらもありがたいですわ」
「でも、リディアさま無理はなさらないでください。お昼も召し上がらなかったじゃないですか」
ロサとサマリン伯にパッと見られる。
「休んだから大丈夫よ」
「取調べ中のメイドのこともありますからね、落ち着けないですよね」
少し同情したようにサマリン伯が言った。
「そういえば、アイリーンさんはメラノ公爵さまとどういうご関係なんですか?」
サマリン伯がざっくりと尋ねた。
目から鱗だ。目的、横の繋がりを知りたい下心があるので、考えつかなかったけど、アイラ本人に尋ねるのはアリかもしれない!
わたしは何気なくカップを引き寄せて、特に会話を注視していないフリを装う。
つっぱねるか、はぐらかすか、それらしいことをいうか、俄然、興味がある!
アイラは世間話の延長のように気軽に言った。
「メラノ公爵さまのことはあまり知りません。あたくしたちの後ろ盾をしてくださっている方が、メラノ公爵さまとお知り合いだそうです。メラノ公爵さまから、呪術師を知らないかと問われて、橋渡ししてくださいました」
「後ろ盾、ですか?」
「はい。呪術は禁止されていましたから、大っぴらにできません。けれど、呪術の必要性を感じて支えてくださった方もいたんです。だから暮らしてこれたんです。偉い方ですよ。でもお名前を言ったらご迷惑になるので、それは勘弁してください」
「なるほど、支える方がいて、呪術は細々とではありながら受け継がれてきたのですね。そして需要もあった。依頼もそれなりにあったということですよね?」
サマリン伯、すごい。もっと追求してくれ。心の中で祈る。
「外国からが多かったです。ユオブリア民は呪術の存在を忘れてしまったのではないかと思うぐらい」
それからもサマリン伯はなんやかんやと質問し、アイラはなんでもないことのように答えた。わたしは下心があるだけに、警戒されるようなことを聞いてしまうのを恐れて、口をつぐんでいた。




