第673話 彼女のはかりごと⑧違う目
ベルを鳴らして、アイラを呼ぶ。
水を所望する。
レオが何かいれていたと教えてくれて、鑑定すると、砕いた魔石入り……。
もふさまがアイラのいく手を邪魔して、気をそらしたときにカップの中の水を収納ポケットに入れた。
アイラはわたしに視線を戻し、空のコップを見て、口の端をあげた。
術で依存させるだけじゃなく、言うことを聞くようになるものを飲ませようとするなんて……。っていうか、わたしの魂乗っ取りする気なわけ? メロディー嬢ではなく、わたしに乗っ取るのか?
「リディアさま、お腹が空きませんか? ご用意しましょうか?」
わたしは少し考えて、まだいいと断る。
いいタイミングで、サマリン伯とロサがやってきた。調書の続きだ。
今度はペネロペ商会とのやりとりを、根掘り葉掘り聞かれる。
アイラは興味ないようで、あくびを噛み殺しているのを見た。
頃合いを見計らい、わたしはアイラに昼食の用意を頼んだ。王宮のメイドさんたちを急かなさいよう釘をさす。アイラは嬉しそうに部屋から出て行った。
「彼女が戻ってくるまでに、腹を割って話しませんか?」
そう告げれば、サマリン伯はクスッと笑った。
「そうですね、腹を割ってくださると、嬉しく思います」
え? こっちが腹を割る方?
「現在、ユオブリアでは何が起こっているのですか? 殿下たちはそれがわかっていて、だからこんな騒動を起こしているんですよね?」
「……騒動とは何を指すのだ?」
ロサが冷静に尋ねる。
「王宮では第1王子殿下の婚約騒動からです。前婚約者の公爵令嬢が公費を着服していたところから、おかしいと言えばおかしいですね。あまりに似つかわしくないことなので、リディア嬢が唆していたというあのわけのわからない噂に、真実味が増したくらいでした。まぁ、それは置いておきましょう。
でも新たな王子殿下の婚約者はその噂のリディア嬢。その上、変化された姿で、それが呪いを受けていた? 理解が追いつきません。
議会の中でも理解を得るものと得ないもの、この両極端でした。理解できない私は愚かだから、そう思いました。でも尊敬する方の中でも理解できていない方が多かったのです。それで私は思いました。
これは何かが起きているのだと。それに関係しているものは理解を得、関係していないものは全く理解ができない状態なのだと。
メラノ公爵さまも最初から落ち着いていられて、理解されているようですね。何かご存知なのでしょう。
殿下たち、そしてリディアさまもそうです。これだけのことが起こっているのに、皆さまは不自然なぐらい冷静に対処されています」
「……関係者が冷静で理解をし、関係者以外は何が起こっているかただ漠然に不安を抱いている二極端だというのだな」
サマリン伯は頷く。
その着眼点はなかった。まさにわたしたちは、〝中〟にいるから。何が起こっているかの詳細はわかっていないものの、何かが起こっている確信はあったから。
でも、そうだ。王子殿下の議会を通さない婚約、それを推奨している陛下、王宮。猫の婚約者。呪いをかけられる婚約者。300年前に禁じられた呪術の解禁。今ユオブリアでは呪術を使っての魂乗っ取りの危機にあるのだけれど、それを知らなかったら、もう不安要素しかないかもしれない。
言うなれば、戦いをしていて、その領地は敵国の物となりそうだった。敵が乗り込んでくる前に領地民を避難させなければならない。けれど、負けたからだと理由はまだ言うことができない。知識があるものは理由を察っしている。早く避難しようと急かす。でも思い当たることもないただの領民は? 領地からただ離れろと言われ、いつ戻ってこれるとも知らされることなく、ただせきたてられる。自分はちんぷんかんぷんだが、賛成している人たちも確かにいる。議会の中がそんな様子だったのではないだろうか?
たとえ話では知識があれば思いつくことだけど、今回の件については、察せられる人は全員ユオブリアの敵に何かしら関係していると思われる……。
「理解していると思う議員の名前を言ってくれ」
「……………………」
「義兄上に告げてからになるが、話せることは話す。今は先に教えてくれないか?」
「……ダンボワーズ伯、ブクリ伯、コラフェイス男爵、エラダ伯、デュボスト伯、グレゴリオ候、ルグラン伯、テソン伯、エロワ男爵……あくまで私見ですが」
「……助かる」
わたしたちは一方的な見方になっていた。やっぱり物事はいろんな方向から見られないとダメだ。いろんな目が大切なんだ。
「私たちも全てをつかんでいるわけではないが、ユオブリアがいくつかの脅威に晒されているのは言っておこう。朝の話ぶりからしても、サマリン伯は予想していることがあるのではないか?」
ロサがサマリン伯を促す。
「いくつか……ということは複数なのですね」
サマリン伯はダメージを受けたように、目頭を押さえる。
「……私は予想したわけではないのです。私は相談を受けました」
「相談?」
「実は、そう親しいわけではなかったのですが、学生だった時クラブが一緒だった伝手で頼られたのです。フランツ・シュタイン・ランディラカを探して欲しいと。この不可思議な一連の騒動。不可思議なことを誰もそうと言わない不自然さ。でも殿下たちと話し、何かに操られているとか、ぼんやりしているようには感じませんでした。だとしたら……。これらの一連のことは起こるべくして起こしていること。
リディア嬢が呪われたと聞いた時、悪評と同時に、今年に入ってからシュタイン家を襲った数々のことを思い出しました。それで思ったのです。リディア嬢は今もフランツくんと繋がりがあると。殿下たちも協力していると。先ほど聞かせていただいたことで、確信が持てました。リディア嬢の近くにフランツくんがいると」
「なぜ……」
もっと尋ねようとした時、ノックの後にカートを押したアイラが入ってくる。
邪魔なやつ。
レオが手を交差させてバツ印を作っている。
何か入れてるね。鑑定すると、全てに魔石を振りかけているようだ。遠慮を知らない振る舞いだ。
「サマリン伯爵さま、続きはゴットさまと一緒の時でもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。お疲れになりましたか?」
サマリン伯は、慌てて言い繕った。
「まあ、お疲れですか、リディアさま? お食事を食べれば元気になられますわ」
すこぶる笑顔で言った。
こいつ……。




