第671話 彼女のはかりごと⑥女優
「侮辱? なんですか、証拠もないのにフランツくんをクラウス氏だと言ったことですか?」
「いいえ、それは事実だろうが、事実ではなかろうが、あまり関係ありませんわ。あなたは今、元第1王子殿下の婚約者の心を勝手に推測し、第1王子殿下、そして元婚約者のメロディー公爵令嬢。その引き合いに、幼くして亡くなられたクラウスさま、それからフランツさま、並びにその元婚約者のわたしの、人を想う気持ちを侮辱したんですわ」
「令嬢、ひとつ教えて差し上げます。想いに名前をつけられはしませんよ。感情を損なっただけのこと、そんな意見が議会や裁判で通るとでも?」
「あら、ここで発言を省みるならと、ことを荒立てないために、逃げ道を用意してさしあげましたのに。ロサさま、わたしからではなく、サマリン伯爵さまから、〝裁判〟という言葉を出してきたこと、証言してくださいませね」
「ああ、聞いていたよ。サマリン伯が、〝議会〟と〝裁判〟と言い出した」
ロサが冷静に言ったので、そこでサマリン伯は風向きが怪しい?と感じたようだ。余裕しかなかった表情が引き締まった。
「それでは、裁判などが大好きな大人のお話をしましょう。ご存知でしょう? 婚約は子供の口約束でできるものではありませんわ。特に貴族は最終的に国からの許可をいただくのです。それは陛下がお認めになったということ。最初はメロディー嬢とクラウスさま。メロディー嬢と第1王子殿下、そして、わたしとフランツさま。この3組の婚約を、あなたは侮り侮辱したんですわ。陛下に進言いたします」
まさか攻撃を受けるとは思っていなかったんだろう。驚いている。
でもみんなで決めた。敵を炙り出すために、わたしたちは傍若無人に振る舞うと。サマリン伯が敵かどうかわからないけど、わたしたちに反発心を持って欲しいからやりあうつもりだった。向こうから、変なところに突っかかってきてくれたので手間が省けた。
まさか〝兄さまクラウス説〟を出してくるとは思わなかったけど。
でも本当のところ、わたしとメロディー嬢の因縁があると知った誰かが、メロディー嬢がクラウスさまの婚約者だったことを思い出し、そして兄さまがクラウスさまではないかと噂が出たのだから、そこに繋がりを持たせる人は出てくると思ってた。っていうか、今まで出なかった方が不思議だ。
サマリン伯はふっと笑った。
「12歳にして、頭の回転も早く、度胸もある。王子殿下のパートナーに、なるべくしてなったようだ……」
試したってこと?
「私は現バイエルン侯の……」
そこまで言って、彼はドアに目を走らせ、人差し指を口にたてた。この件に口を閉ざす合図だろう。
ガチャっとノブが回って、入ってきたのはカートを押しているアイラだった。
茶器とポットとカップなどが用意されているけど……お茶の用意をするのにどんだけ時間をかけてるんだ。と、わたしは呑気に思った。
「ずいぶん時間がかかったようね」
いなくてよかったんだけど、と言葉を飲み込む。
アイラは少し頬を膨らます。
「ひどいんですよー。まったくリディアさまのことを敬ってなくて。リディアさまのお茶だと言ったのに、最後に回されたんです。抗議するって言っておきました!」
やられた。
わたしはこめかみを押さえた。
王族の婚約者はフリではあるものの、しばらく城でお世話になる。それはお城で働く従業員のお世話になるということだ。
元々いい印象ではないので、控えめに付きあっていきたかったが、こいつは高飛車な権力をかさに振るう婚約者の侍女だと吹聴してきたわけね。最後に回されたということは、最初から嫌な態度をとったのだろう。
結果、なんてわたしに対する地味な嫌がらせ!
人型に戻ったわたしの評判は、最初から最悪になるだろう。
「リディアさま、お疲れなのでは? 顔色がお悪いです」
あんたの嫌がらせが効いてるのよと、言ってしまいたい。
顔を合わせれば、体調を聞いてくるってことは、そろそろ術の効き目が現れる頃なのかもしれない。
なんで術が効かないのかしら?と探られたら、術の残滓がないってわかってしまうかもしれない。探られる前に、少しずつアイラに依存していかなければ。
サマリン伯はアイラがいたら、話さないだろうし、少しばかり依存が効いてきたをアピールしとくか。
「そうね、少し疲れたわ」
「では、調書はまた時間を空けて、午後に参ります」
ベアが尻尾をわたしの手に巻きつける挨拶をしてから、人の目につかないようにしてサマリン伯について行く。
アイラはわたしが少し横になるべきと、ロサまで言葉巧みに追い出そうとした。
ロサがふたりにして平気か?と視線を送ってきたので頷く。
「リディアさま、お休みになる前にお茶を飲みませんか? 心を鎮める効果のあるお茶なんです」
鑑定してみると、ジャスミン茶だ。爽やかでスッキリした香りと味だったはず。何かを混ぜてもわかりにくいかもしれない。
でも、何も入れてないようなので、いただくことにした。わたしは話しかける。
「アイラはわたしが嫌いでしょう? なのにどうして良くしてくれるの? 殿下たちの命を受けたから? だったら、別にわたしの世話をしなくても守ってもらえるようにお願いするわ。無理しなくていいのよ」
しおらしく言うと、もふさまとレオがあんぐり口を開けている。
「まあ、リディアさまはそんなふうに考えていたのですか。変わられたと思ったけど、心根は変わってないのですね。お優しい」
アイラはニヤリとした。
「嫌ってなどいませんよ。あのいつも泣いていたリディアさまが、貴族としてのマナーを身につけ、堂々としていらっしゃるのが嬉しいぐらいです」
「昨日は嫌なことを言って、ごめんなさい」
わたしは女優と唱えながら、上目遣いにアイラをみつめる。
向こうからはそこまで見えてないだろうけど。
『リディア、尊敬するぞ』
『ああ、嫌な相手に、なかなかできることではない。その目も、本当にそう思っているように見えるぞ』
ちゃちゃいれないで〜!
ふたりは純粋に応援してくれているのだろうけど、笑いそうになっちゃうから!




