第670話 彼女のはかりごと⑤サマリン伯の追求
「依存させるのに、孤立させるようにするでしょう。お遣いさまが何よりの障害になります。どうにか、お嬢さまをひとりきりにさせようとするはずです」
「レオからの情報の、その赤い輝く砂つぶを食事に混ぜてきそうだな」
恐らく、それは赤い魔石を砕いたものだろう。
わたしを乗っ取るつもりなのかしら。わたしの容姿を貶しておきながら!
「呪術師の仲間が城のメイドに紛れ込んでいるんだな。陛下には報告するが……そこで捕えたら警戒されてしまう。恐らく泳がすだろう。リディア嬢、彼女の出す物は絶対に口にしないように」
わたしは頷いた。
「それからリディア嬢、少しの間パートナーチェンジだ」
ロサに言われて、おうむ返ししてしまう。
「パートナーチェンジ?」
ロサはわたしから目を逸らす。
「メラノ公は義兄上にはメロディー嬢、そして私にはリディア嬢との婚約を望んでいるようだが、その先のことがわからない。魂を乗っ取るつもりなら、王族に接触できる人数を増やしたいのだという仮説が成り立つけれど、そうじゃないのなら、何が目的なのか……。だから、もうちょっと探りたいんだ。君が変化してから義兄上が冷たくて、私と仲良くなったという筋書きにする」
「サマリン伯からの調書が始まる。その時に僕とすれ違っている感を出そう。それで向こうから、婚約発表は時期をずらそうって話が出ると思うから、それに頷くんだ」
わかったと頷く。
「夜は必ず城の部屋に結界を張って、こちらに戻る。それからどんなことがあってもお遣いさまと離れるな」
アダムにも注意される。
「アイラに依存するふりか、気が重い」
わたしは自分の膝に顔を埋めた。
「愚痴は聞くから、頑張ってくれ」
「リディア嬢なら、大丈夫だ」
そうだ。とにかくアイラの思惑を知らなくちゃね。
朝ごはんをしっかり食べてから、城の部屋へと赴いた。
ノック音がして、アイラとサマリン伯が入ってきた。レオとサマリン伯についていたベアもだ。レオとベアは人目につかないように後ろ側に回ってベッドの中に入ってきた。ふたりを撫でまくる。
アイラは落ち着いたモスグリーンのドレスを着ていた。
ふたりとも中にロサがいたので驚いている。
「義兄上から頼まれて、調書に同席する」
腕を組んで、少々つっけんどんにロサが言った。
ふたりは丁寧に頭を下げた。
「調書の前に、リディアさまのお身体のお加減を」
そう宣言して、ベッドの横にアイラがたった。
「リディアさま、お加減はいかがですか?」
「ええ、悪くはないわ、ありがとう」
ニヤッとアイラが笑う。
「お辛かったら、すぐに言ってくださいね」
「ええ」
「リディアさま、本調子ではないところ申し訳ありません」
「いいえ、こちらこそベッドの中からで申し訳ありません」
アイラ対策なんだけどね。天蓋つきベッドにはカーテンベールがあるから、内側から外はよく見えるけど、外側からこちらは見えにくい。だから万全な体調ではないを理由に、わたしはこの〝多少〟の安全地帯にいた方がいいだろうということになったのだ。
ベアがこっそりと、サマリン伯は悪い人ではなさそうだと教えてくれた。
それは嬉しい。
「リディアさまが呪いにかかっていた間に、リディアさまを悪くいう噂が流れました。シュタイン家ではそれどころではなかったからでしょう。全く反論などがなかったため、まるでリディアさまが噂の通りだと、お認めになっているような風潮があります。
王族との婚約に民の声が響く場合がございます。民にリディアさまがどんな方か議会が知って伝える必要があるのです。それで、主に元メロディー公爵令嬢とのお話を聞かせていただきたいのです」
「わかりました。わたしは質問に答えればよろしいのかしら?」
そう言いながらサマリン伯をよく見たら、なるほど、わりと顔の形が四角かったので、笑いそうになってしまった。
わたしは咳をするフリをして誤魔化した。
「リディアさま、大丈夫ですか? お加減が?」
「いいえ、大丈夫です」
「あたくし、飲み物をお持ちしますね」
アイラはそう言ってご機嫌に部屋を出て行った。
「リディアさま、つかぬことをおうかがいしますが、アイリーンさんと本当に幼なじみなのですか?」
「年少の時、いっときよく顔を合わせていたという点ではそうですね。でも決して〝なじみ〟ではありませんわ」
彼はクスッと笑ってから、慌てて表情を引き締めた。
「疲れたらおっしゃってください。では、早速、調書を取らせていただきます。
リディアさまはペネロペ商会との裁判に出廷されていますね。ペネロペ商会が〝ぬいぐるみ〟が危険なものだと訴えたのでしたね。リディアさまが出廷され証言されたことでペネロペが訴えを取り下げた、間違いありませんか?」
ペネロペ裁判のことから始まり、時を逆行していくようにメロディー嬢とのかかわりを聞かれていった。しっかりと事実を調べてあった。
ロサはメロディー嬢のことを悪く思いたくないだろうから、この調書を聞かせるのは酷だと思った。ほぼ、知っていることだけどね。話したから。
「話を聞くと……リディアさまがメロディー嬢にかかわったというより、メロディー嬢がリディアさまにこだわったように感じられますね。……リディアさまはどうして公爵令嬢から目をつけられたのでしょう?」
彼はそう尋ねながら、自分の顎を触った。
「ひとつ、仮説ができますよね?」
今までと違って皮肉げな色を含んだ口調だったので驚いた。
「リディアさまの元婚約者、フランツ・シュタイン・ランディラカさまが、噂通りクラウス・バイエルンさまだとしたら。クラウスさまはメロディー嬢の最初の婚約者です。メロディー嬢はいずれ幽閉される第1王子殿下に嫁ぐことをよく思われていなかったとか。それもクラウスさまが罪人となり、亡くなられたから。亡くなられていたならただ嘆くですみますが、もし偽って生きていたら。そして他の令嬢と婚約をしていたら、それは心穏やかでいられないでしょうね?」
「何が言いたい?」
「ロサさま……」
ロサが声を荒げたので、わたしは制した。
もふさまもベアも、穏やかだ、のんびりしている。
わたしに向けられた悪意には、わりと反応するのに。
ベアなんてあくびしてるよ。
悪意を向けられているわけではないのかな?
だから、わたしは落ち着いていうことができた。
「サマリン伯爵さま、今の発言で、成人前といえど貴族の子女5人を侮辱しました。その自覚はありまして?」




