第662話 トルマリンの懺悔①猫から人に
わたしは侍従見習いの格好をして、ロサについて歩く。
入れ替わりをする部屋に行くまで、メイド姿が妥当じゃないかと思ったけれど、それだとわたしが小さすぎるので、かえって目を引くというのだ。
一応、一帯を人払いしているんだけどね。今までも婚約式とかそうしていたのに乱入者があったので用心のためだ。
アダムはソックスを入れたふうの籠を持っている。これはフェイクだ。
ソックスは地下の結界の中。意見を出しあって、最初からソックスを連れて行かないことに決めた。
籠の中にはちっちゃくなったもふもふ軍団がいて、父さまとエリン、ノエルの3人からもらった誕生日プレゼントの、真っ白の毛皮をかけてある。触って確かめることがなければ、ソックスが丸まって眠っているように見えるだろう。
誰とも会うことなく、わたしたちは待機部屋まで行くことができた。待機部屋というか、ここに赤の三つ目氏を呼び、術をかけてもらうことにするんだけどね。
アダムともふさまが、特別班&術師たちのいる隣の部屋に行っている。
もうそろそろ準備した方がいいか。
ロサに後ろを向いてと言えば、なぜ?と首を傾げる。
服を脱ぐところを見ていて欲しくないからだと理由を言えば、顔を赤くして、なぜ服を脱ぐ必要がと焦っている。
「そりゃ、猫は服着てないでしょ?」
そこまで言えば、慌てて立ち上がり、部屋の隅に行って背中をむけた。
そんな脱兎して、離れたところまで行かなくてもいいのに。
用意してもらったベッドの上で、お仕着せを脱いで、収納ポケットに収める。
やっぱりスースーして寒い。
わたしは布団にくるまりながら、ロサに、もう大丈夫だよと伝えてもらった。
もふもふ軍団が協力してくれるというので、それぞれの人につき、偵察に行ってもらうことになっている。
地下の結界の中から出て欲しくなかったけど、俄然張り切っちゃったのである。魔物であること、わたしと繋がりがあるとバレたら、即刻反逆犯にされるからと言ったのが、かえってその制約の中でやり遂げて見せると、変なスイッチが入ってしまったらしい。
でも、もふもふ軍団の偵察は、わたしが何かするより、よっぽど安心できるんだよね、本当のところ。
わたしはこれから猫から人に戻った令嬢を演じる。といっても、今日はまだ相手の出方を見るのに、魔力が枯渇していて話すこともできない、ぐったりとしている令嬢役なんだけどね。
やがて部屋の中に、アダムともふさま、そして赤の三つ目氏が入ってきた。
時間がかかっていたので何かあったのかと思ったけど、アダムはロサに問題はないと言った。
赤の三つ目氏を部屋の中央に入れて、そこでベッドに向かって術をかけるフリをする。やはり小さな本を出してきて、そこに指で何かを書いている。そして最後にベッドに向かって指を向けた。
呪術は火や水や風を出すもの以外は、瘴気が身体を巡り達成するまで時間がかかるらしい。
今かけてもらっているのは、魔力を移すものだから、30分ぐらいで、ロサからわたしに移される見通しだ。
と、三つ目氏の誘導で、トルマリン氏が言っていた。
そして、魔力が増えたわたしが姿を取り戻すのに、早ければ2時間ぐらいだろうとも。三つ目氏は呪術に関し、押さえるところはトルマリン氏に言わせ、〝同じ考えです〟と、絶妙な会話術で乗り切っていた。
念のため、3時間、わたしたちは待った。
やがて、アダムとロサが頷き合う。
「リディア!」
「リディア!」
ふたりが感極まったような呼び声をあげた。
わたしは目を開ける。
「よくやってくれた、赤の三つ目よ」
隣の部屋に聞こえる大きな声で、アダムが褒めた。
もふさまが、ベッドのわたしの横に入ってくる。
部屋の外が騒がしくなった。ふたりの声が聞こえたのだろう。で、結果を知りたがっている。
「リディア、私がわかるか?」
わたしは、頷くのがやっとというくらいに首を動かす。
まぁ、今は〝身内〟しかいないから、演技する必要はないんだけどね。
「呪術により、姿が変化していたのだ。覚えているか?」
アダムが事情を説明しようとすると、赤の三つ目氏が遮る。
「恐れながら殿下、リディアさまは魔力を足したものの、人型に戻るのにまた魔力を使って枯渇している状態。お話しするのはひと眠りされてからにするのがいいと思います。それから第2王子殿下。魔力をかなりリディアさまに移させていただきました。椅子に座って、ご自分の体も労わってくださいませ」
三つ目氏に言われ、ふたりはそうだったというように、言われた通りにする。
そうは見えないけれど、実はふたりともテンパっているのかしら。
赤の三つ目氏が天蓋付きのベッドの中を覗き込んだとき、わたしの姿を認め、一瞬驚いたように見えた。気のせいかもしれないけど。
え、ちゃんと人型だよね、わたし?
外からのノックがあった。
「トルマリンを入らせる」
小さい声でそう告げて、アダムは自らドアへと赴く。
その後ろを三つ目氏がついて行った。
見事な素早さで、小さなレオがその後を追いかける。
隣の部屋が騒がしくなり、再び扉が開き、アダムはトルマリンを連れてきた。
レオが戻ってきて、彼らがベッドに着くより先に、わたしに耳打ちする。
女術師をピマシン国の呪術師集団のアジトで見かけたと。魔力がそうあるわけでもないのに、偉そうにしていたから記憶に残っていて、確かだと。
もふもふ軍団が見ただけなので証拠にはならないが、アイラが呪術師集団の術師ということがわかった。
ガインの情報によれば、呪術師たちは暗殺の依頼も受ける集団であり、ある〝物〟を使って人の魂を乗っ取れる方法を編み出している。
どれくらいの繋がりかはわからないけど、その集団のひとりをメラノ公が推してきた。
「リディアさま、お初にお目にかかります。元呪術師のトルマリンと申します。三つ目氏の術は成功して、お姿を取り戻されたのですね、おめでとうございます」
彼の瞳は深い藍色だった。
トカゲのときに姿を見ていたけど、もっと痩せこけて見えた。
顔色も悪く、骨張った細い指を絶えず動かしているのは、とても異様に映った。
彼は頭を下げてから、その双眸にわたしの姿を収めて、何かを感じ取ったように見えた。
動かしている指が、微かに震えているのを見た。




