第660話 vs呪術師⑫グッときた
「危険だ」
アダムがすぐさま言った。
「そうです! アイラはお嬢さまに何をするかわかりません」
兄さまはテーブルをドンと拳で叩いた。
「アイラ?」
アダムが反応する。
ああ、アイラはアイリーンと名乗っていたっけ。
「術師としての名前はアイリーンなのかもしれないけれど、砦にいた頃はアイラといったの」
説明すると、アダムは頷いた。
「アイラはどうして確信しているのかしら? 術師の何かで感じているのかな? でも赤の三つ目氏がそう感じていないのはわかっているのに、術師と疑ってはいないから、呪術師みんながわかることってわけではないのよね、きっと。
だから、自分は三つ目氏やトルマリン氏より腕があるって豪語したのかしら?」
ふうと息を吐く。
「まぁ、とにかく、第1王子殿下ではないと見破った。
彼女のしたいことは、わたしへの〝解呪〟。それが言葉通り、呪術師として選ばれた証明するためなのかはわからない」
「そうです。術で、新たにお嬢さまに、何かするつもりなのかもしれません」
「でも、兄さま。アイラがメラノ公や、他の誰かにもう伝え済みかはわからない。ゆえにアイラをここで排除することはできない。だとしたら、明日みんなの前で偽物だって口走るかも。そうしたら、どうなる?」
「その場で首をはねればいい」
に、兄さま……。冷たい瞳は、許しがあれば本当にそうしそうだ。
『私が行く。私が口などきけなくしてやる!』
静かだったけど、怒りを抑えていたんだね。レオの怒りを感じる。
「……どう考えても無礼だけど、口走ったアイラに何かをしたら、言われちゃ困ることだからだと、言われかねないわ。だったら、今は余計なことに時間を使いたくないから〝解呪〟させたいならさせてやる。その代わり、術が不完全だったりしてみろ、お前を許さないとかいって、解呪させることにした方がいいと思うの」
「2度と人型になれない呪術をかけられたらどうするんだ?」
隣にいた兄さまに、肩を揺すられる。
「……呪術って魔法と違い、発動してから具現するまでに時間がかかるでしょう? そこがこちらの強味になると思うの。予防線として、解呪の後にトルマリン氏に診てもらうようにして、3人とも牽制し合うようにするのはどうかな? それで、赤の三つ目氏に最初に魔力を移してもらって、わたしが人型に戻る。それをトルマリン氏に診てもらって、すぐに解呪させるより、もう少し魔力が馴染まないと危険だとか言ってもらって、次の日に解呪することにする」
「アイラの術を回避する方法があるの? シールドで弾くの?」
「いいえ、アイラには本当に術をかけさせる」
「危険すぎる。どんな術をかけられるかわからないじゃないか!」
「大丈夫、すぐに解呪して貰えば」
「解呪って、術が本当に使えるのは新しい術師だけだ」
アダムが心苦しそうに言う。
「いいえ。トルマリン氏にアイラがどんな術をかけたか診てもらい、そして解呪してもらうわ」
「何言ってるんだ。トルマリン氏は術が使えないんだ」
「ええ、彼は術を使おうをすると身体中が痒くなって、呪術が使えないの」
「……痒くなって? ……トルマリンと話したのか?」
アダムが驚いた顔になる。
「ウチとかかわりがあるって言ったでしょ。トルマリン氏が呪術を使えないようにしたのはわたしなの。だから、彼と話して、……痒くならないようにわたしがするわ。その代わり、アイラの術をみるのと、解呪をしてもらう。どんな術をかけられたとしても、解呪をしてもらえば、大丈夫でしょ?」
「……君が呪術を使えなくした? 痒くなる? どうやって?」
「わたしのギフトを知ってるでしょ? わたしは付け足すことができる。彼が引き受けた呪術がウチにかかわるものだったの。術を返すのと同時に、わたし、その時は、それを作った呪術師も罰を受けるべきだと思った。2度と悪い術を使えないように、呪術を使おうとすると身体中が痒くなって、呪術ができないように」
アダムがごくんと生唾を飲んだ。
アイラの術もだけど、解呪してもらえば、わたしの中の瘴気の欠片も消えるはず。一石二鳥だ。
「君、すごいね」
いや、あれもやろうと思ってやったわけじゃないんだけど。
『今、知ったのか? リーは凄いんだ』
『そうだよ、リーは負けない!』
アリとクイがはしゃぐのを、ベアが落ち着かせている。
レオを落ち着かせているのは、もふさまだ。
「君は窮地に陥っても、同時に味方も呼び寄せている。そして誰かの窮地も救うんだ」
え? そんなことを言うなんて、アダムらしくない。ナーバスになってるな。でも最大の秘密ごとだもの、そりゃそうもなるか。
「……アイラのことは防げても、メラノ公や他の誰かに伝えられてるかもしれないわ。その時の方が問題よ」
「そうだね。事実がわかってしまったり、誰も助けてくれなかったりしたら、ていよく僕は、謀反人になりそうだ。ハハ、君をまた巻き込むね」
「ええ、絶対言われるわよね、わたしが唆したって」
わたしはアダムと顔を見合わせて、笑ってしまった。
ああ、そうか。アダムとなんでこうも気軽な関係になれたのかがわかった。
わたしたち似てるんだ。なぜだかしわ寄せに苛まれるところが。
「で、実際のところ、陛下や王妃さまのご実家は助けてくれそうなの?」
「敵の多さによって変わると思う。少なければ揉み消してくれるだろうけど、僕を謀反人として殺してしまう方が大騒ぎにならないと思えば、そうされるんじゃないかな」
「じゃあ言ってやって。あなたを助けないというなら、わたしが事実を知ってるって大騒ぎをするって」
「……君、すぐ消されるよ」
「だろうけど、ウチだって黙っていないだろうし、上級貴族の後ろ盾だっているからね。少々厄介ごとになるとは思うよ」
アダムは目を閉じて、一拍置いてから、目を開ける。
「君がたとえ何の力がない令嬢だとしても、今のはグッときたよ。もしかして口説いてる?」
何言ってんだか。
「この状況でそんな冗談が言えるなら、大丈夫そうね」
「陛下に知らせる手紙を書くよ。そして、君の言う通りにしよう」
「本気ですか?」
兄さまが目を見開く。




