第657話 vs呪術師⑨幼なじみ
ふたりの王子の言葉を繋げない顔を見て、メラノ公は進める。
「アイリーンよ、何を申し上げたかったのだ?」
アイラはチラチラと、アダムやロサの顔を見ていたけれど……
「リディアさまが、あたくしを信頼できないとおっしゃるのは、術のことではなく、あたくしのことをお嫌いだからだと思います」
そう胸を張って、爆弾発言をした。
庇う発言をしたメラノ公も、さすがに顔色を悪くした。
「なぜ、リディア嬢が其方を嫌うと思うんだ?」
アダムがぞんざいに尋ねる。
「リディアさまとあたくしは幼なじみなのです。その時から、嫌われていました」
メラノ公の口の端が少し上がった。
「シュタイン領の出身なのか?」
メラノ公がアイラに尋ねる。
礼儀がなってないことも知らなかったし、同じ仲間だとしても、メラノ公はアイラのことをよく知らないようだ。
「いいえ、ランディラカの砦におりました」
「……ランディラカの辺境か……」
メラノ公の目が細まる。
「なぜ、嫌われていたのだ?」
アダムが冷たい声を出す。
「……お小さい頃、リディアさまは癇癪もちでした。それを嗜めたのがお嫌だったのでしょう。そのお遣いさまにそっくりな子犬を飼ってらして、けしかけられたこともありました」
もふさまが唸ると、アイラはビクッとした。
「……おかしいな。私は小さい頃からリディア嬢を知っているが、そんな娘ではなかったが?」
ロサが味方をしてくれる。
「身分を気にされる方ですもの。王子殿下には、違った顔だったと思いますわ」
!
「リディア嬢は、領地にも学園にも、身分を超えた友達がいっぱいいる。貴族だとか平民の壁を嫌う娘だ」
ロサの言葉に、心が熱くなった。……ありがとう。
言葉を投げかけられ、アイラの薄い茶色の瞳がうるうるしだす。
「では、あたくしのことが、特別に気に触ったのでしょう」
目を赤くして寂しげに微笑んだ。
うわー、アイラの得意技だ。自分ではない誰かを悪者にする……。
やっぱり、この娘、あのまま成長してしまったんだなって思いがよぎる。
もふさまがアダムにまた耳打ちした。
アダムの目の奥が、きらっと光ったような気がした。
アダムはアイラに笑いかける。
アイラは釣られたように、泣きべその顔から口の端をあげようとした。
「嘘をつき、針で刺したり、首をしめたり、それで辺境から追放されたようだね? そんなことをしておいて嫌われている自覚がなかったら、君はまともじゃないよ」
みんなの目が大きくなり、アイラの手がブルブルと震えた。
「リディアさまは、そ、そんなふうに捉えていらっしゃいますのね、あたくしのことが嫌いだから」
「あぁ……、リディア嬢からの言葉は、君からの術は受けたくないということだけだった。
追放云々はお遣いさまから聞いたんだ。君、知らなかったんだね。お遣いさまがリディア嬢の飼い犬の中に同化していること。彼は君のことを知っていたよ。けしかけられたってのも嘘だってね。そうやっていつも嘘でリディア嬢を追い詰めようとしていたって聞いたよ」
「犬がそんなことを言ったり、思うわけありませんわ」
「ただの犬ではない。同化したお遣いさまが言葉にしている。犬の記憶を拾われたのだろう」
アイラは一瞬悔しそうな顔をした。王子殿下に対して。
「お前は王族に嘘をつくということが、どんなことかわかっていないのだな?」
アダムが据わった目で尋ねれば、表情が硬くなったのはメラノ公だけだった。
「いいえ、あたくしは嘘をついておりません。全て、リディアさまがそういうことにしたいのでしょう。でも、なんと言われても、あたくしにはどうしようもありませんね。平民のいうことは聞いてもらえないものですもの」
一息つく。
なんて鋼なメンタルだ。
そしてソックスに向かって言った。
「リディアさま、あたくし砦を出てからも苦労しましたの。でもそこで呪術と出会ったのですわ。天職に出会えたと自負しております。腕もあります。
辺境伯の孫へ生まれつき、努力もせず恵まれた環境に甘えるだけの存在。あたくしもそんなリディアさまが苦手でした。けれど、そのお姿はさすがに気の毒です」
アイラは極上に微笑んだ。
「あたくしの術で人型に戻して差し上げます。あたくし、呪術師の中で優秀ですの。そちらの赤の三つ目さん、トルマリンさんより、絶対に上ですわ」
もふさまが、わたしにだけ聞こえるように言う。
『肝の座った、おなごだ』
もふさまの言葉の方を信じた殿下たち。悲劇のヒロインタイプは効果がないと思ったのだろう。わたしから嫌われていたことがバレたから、自分も苦手だったと、でも術師として気の毒に思うからと、高飛車術師に戦略を変えてきた。
「それではランディラカ領で、呪術に触れたわけではないのか?」
メラノ公が尋ねる。
「はい、砦を出てから習いました」
チッて顔をしたね。メラノ公は後から〝呪術師と繋がって〟いたことで、おじいさまとか父さまを糾弾できないかと狙っているように思えた。
こいつ、アダムやロサの味方になるとか言っておいて、やっぱりわたしやわたしの一族を目の敵にしているんじゃない?
「殿下、よろしいですか?」
書記をかって出て、静かすぎて存在を忘れていたサマリン伯が片手をあげた。
「なんだ?」
「お三方の考えはわかりました。ただこれ以上話し合っても、平行線です。呪術師の方々の、腕を見せていただくのはいかがでしょうか?」
アダムは頷いた。
「トルマリンに尋ねる。術師であるなら、すぐに見せられる術のようなものはあるか?」
「はい、簡単な基本のもので、自分を依頼人として媒体にする、つまり自分の魔力で編み込むものが、最初に学ぶことでございます」
「ほう、具体的には?」
「わかりやすいところで、火を出す、水を出す、風を起こす、でしょうか」
「次に高度なものだと?」
「呪術師は解呪までできてこそ一人前。瘴気は多過ぎれば害となりますが、捨て去ることができるものゆえ、術により、病を軽くすることもできるのでございます」
「病を軽くする?」
「瘴気により、病を少しだけ活性化させるのです。そして解呪により全てを身体より排出させます」
「呪術でそんなことも……」
「呪術も使い方によっては、人の助けになることもあるのです」
ああ、トルマリン氏はそれを言いたかったんだね。




