第655話 vs呪術師⑦女術師
アダムがゆっくり口を開いた。
「そう、たとえば。詐欺に加担していたワンダ夫人。途中でいなくなったんだよね?」
確認されて、ロサがそうだと返事をした。
「詐欺だとわかってしまう前に行方をくらませたのだと思ったけど、彼女が詐欺グループを裏切ったのだとしたら? キートン夫人に罪を被せるべく置いてくるはずだった盗まれた宝石も、キートン夫人の持っていた宝石も、ワンダ夫人は持って逃げた。だからキートン夫人の事件は中途半端なものになったんだ」
そう言われてみると、そう思えないこともない。
キートン夫人がワンダ夫人の事業に寄付をした。詐欺だとバレる前にそのお金を持ってドロンした、それはあり得そうなことだと思えた。
仲間のコルヴィン夫人は、さらにキートン夫人から家を巻きあげようと思って、残っていたんだと思ったけど、よくよく考えてみると、お金が欲しい詐欺事件なら、寄付金を得たことで終えても良かったはずだ。あのお屋敷がそんなに欲しかったのだろうか? キートン夫人を子供の家庭教師になってくれないことで逆恨みして……。買い叩いたのだとしてもそれは出費だから不思議ではある。
〝ちっちゃい人だ〟とあの時も思った。自尊心を傷つけられて、逆恨みしたのかもしれないけどさ。
彼女はあの時、ロサとかかわりを持とうとしたし、褒美をもらおうとしていた。浅はかだと思ったけど、実はワンダ夫人に裏切られていて、入ってくるお金がゼロだったとしたら?
仲間だったワンダ夫人が、キートン夫人からのお金を持ってドロンする。お屋敷を買ったお金はコルヴィン夫人の自腹かもしれない。逆恨みを加速させていたところに、ワンダ夫人にも裏切られ、その怒りがキートン夫人に向いていたとしたら?
あの時、異常な人とも思ったのを覚えている。でもあの時、彼女が仲間に裏切られていたのだとしたら、その異常性もわかる気がした。もちろん、だからってやっていいことと悪いことはあるけど。
そう思ってみれば、確かにあのお茶会で、わたしが拐われたことの意味がより通る気がした。あの時、実行犯たちが亡くなり、事件の詳細は実際に起こったことしかわからなかった。だから悪党の考えることは、一般人と違うからよくわからないんだと、そう無理やり納得していた。
だけど、あの詐欺が裏切り者が出たために不完全なものだったとしたら、……物語に盗まれた宝石というワードを混ぜたから、キートン夫人がワンダ夫人から何かを聞いていて、わたしが何か聞きかじったと思ったのかもしれない。キートン夫人は大したことではないと思っていて気づいてないけれど。
彼がキートン夫人と会うのはバレる率が高くなるので、わたしに接触を測った。そして接触したわたしは口を塞いでしまえばいい。
「もし、そんな台本だったとしたら、前バイエルン候の時と似ていますね。屋敷に盗まれた宝石があり、それが証拠となり、罪が発覚する」
ダニエルが息を吐き出す。
前バイエルン侯は、エレブ共和国の彼の持つ農場に、精巧な地図の端っこがあったとして、しょっぴかれた。
「なー、ロサ殿下、宝石……、いや魔石。たとえば持ってちゃいけない魔石ってあるの?」
「持ってはいけない魔石? いや、それは聞いたことがない」
「そっか」
「なんでそんな事を聞いたんだ、ブライ?」
ダニエルが尋ねた。
「ほら、もし持ってちゃいけない魔石があるなら、盗まれた宝石より、前バイエルン候とますます同じ感じになるじゃん?」
持ってちゃいけない魔石……とは違うけど。
ふと、思い出して、もふもふ軍団に尋ねる。
「ねーみんな、飲ませる魔石ってどんなのだった?」
『飲ませた魔石? 嫌なあかーいやつ』
あ……。
アダムと顔を合わせる。
「植える木って、もしかして魔力を出す、あの赤い木?」
「ユオブリアを攻撃していた、ダンジョンの魔物を凶暴化させる魔石」
「劇団が運び屋になっていた赤い魔石」
「核を入れると力を発揮させる魔石……」
「なんかぼんやりと、繋がってきたってこと?」
みんなが次々に口にする。
「王子殿下、ロサ殿下、お嬢さま、そろそろ用意をしないと」
兄さまに言われて、ハッとして時計を見る。
「中途半端になってしまうが時間だ。呪術師に会ってくる」
アダムは、まだ推測にすぎないからと、みんなに釘をさし、みんなも頷く。
みんなに見送ってもらった。
気持ちを切り替えよう。
って、わたしは何をするわけでもないんだけど。
でも気合を入れてないと、さっきの怖いことをぐるぐると考えてしまう気がするのだ。
本物の呪術師とご対面となるのかな?
私は今日ももふさまの背中にいて、姿は隠してもらう。
ソックスは、今日はちょっと不機嫌だ。アオに尻尾をあげないよういい含めてもらったんだけど、あれが嫌だったのかも。
なんて考えているうちに、室にたどり着いた。
今日は上級貴族しか立ち入れないし、警備も徹底している4階の会議室だ。
中にはメラノ公とサマリン伯がもう席についていた。
昨日と同じ配置で、メラノ公の前に赤の三つ目氏、サマリン伯の前に、男爵とトルマリン。
そして新たに用意された真ん中の椅子には、まだ年若い女性が座っていた。
貴族の女性? ドレスを身につけている。装飾品はなかなかかっ飛んだ選び方だ。統一感がなく……失礼だけど、値段のいいもので揃えたような、そんな上品でない印象を受ける。
「面をあげよ」
わたしは真ん中の女性を見ていた。
ゆっくり顔をあげた彼女を見て、わたしは息をのんだ。
!!!!!!!!!!!!!
たっぷりした栗色の髪。薄い茶色の瞳。
血色のいい頬には余裕の笑みが浮かんでいる。
『リディア、大丈夫だ。我がいる。息をしろ』
わたしはいつの間にか床に転がり、もふさまに顔を舐められた。
息が荒い。一瞬のことだったとは思うが意識が飛んだ。
『大丈夫か? ここから出るか?』
わたしは首を横に振った。
もふさまがぐったりしたわたしを咥え、自分の背中に放った。
もふさまの背中の毛をギュッと掴む。
わたしは見えていない。大丈夫。
目の前にいた、少し品位にかける令嬢は、砦にいたアイラだった。
わたしを嫌っていて、砦から追放された、アイラ。
平民のアイラが貴族令嬢のような格好で、優秀な呪術師として王族の前に出てきた。……そういえば、アイラの母君は呪術師だと言っていた……。




