第651話 vs呪術師③狙われたソックス
「赤の三つ目氏の言っていることで、ほぼ間違いないと思われます」
この人、本物だ……。
いや、途中から、呪術師ってことはわかっていたけれど。
曲がった背中、指を絶えず動かす癖。それから父さま、母さまに会いたいということから目的が察せられた。
「間違いない?……では、トルマリンに質問する。変化が高度ということは分かった。それも組織図が正確でなければ息の根を止めるという。それなら、その術でもいいのではないかと思ったのだが、呪術師はそう考えないのか?」
アダムがトルマリンに尋ねる。そっか。身体の設計図を間違えても結果、息の根を止めるんだものね。結果的には同じことだ。
っていうか、変化は高度って当たってたんだ!
ただ昔語りにも呪いで他の姿に変えられたってのは聞かないから、難しいのかなとは思っていた。
だって、もしできるなら、カエルにしちゃうとか、そういうのが一番簡単で打撃が大きそうだもの。
それが聞かれないってことは、やっぱり理由があったのね。
「呪術師とは……そうですね、呪術師が術を編み込みますが、依頼人がいて、術を送る相手がいるのです。編み込まれた瘴気が向かうのは送り先ですが、送り先で何かあった場合、送り返されるのは依頼人にです」
「そうか。不完全な術を送った場合、跳ね返ってくるのは依頼人に、なのだな。だから、成功率の高い基本の術の中から選ぶということか」
トルマリンは恭しく頷いた。
「人の身体の組織を変える、こちらは術の技術として高すぎます。人の身体の組織を知らずとも組み替える、その方法も規制される前はできた者もいたかもしれません。が、細々と隠し伝えられてきた現在の術者では無理なことではないかと。
私には無理なこととまでしかわかりませんでしたが、赤の三つ目氏が言ったように、令嬢のスキルが跳ね除けて、変化させたのかもしれません。
私にわかるのは、スキルだとしても編み込まれた瘴気を跳ね除けるのは、大変なこと。恐らく令嬢は、魔力が枯渇していると思われます」
「魔力の枯渇……」
当たってる。
「では、魔力が戻れば……」
「そう簡単な話ではありません。令嬢は元は人にございます。人の姿を猫の姿に変化させ、その姿を保つ。維持するだけで魔力を使っているはずです。漂う魔素から魔力を供給しようとも出ていく一方、長いこと、その姿でいるのは危険と思われます」
え、そうなの?
あ、でも、だから魔力が戻りにくかったんだ。トカゲの姿を維持するのに魔力を使うから……。
「では、どうすればいいのだ?」
「自分で取り入れるだけでは足りないので、足す必要があります。呪術で魔力を分けるやり方があります。赤の三つ目氏もそれを思いついたのではありませんか?」
アダムに促され、役者さんは答える。
「その通りでございます」
「殿下、確かに呪術で魔力を分けるやり方はございますが、呪術というのはあくまで呪術。瘴気の残滓が令嬢に残ったままとなってしまうのです。普通の方でしたら、瘴気の残滓は身体の負担になりません。……ですが、シュタイン嬢は、元々瘴気が少ないお身体だと聞きました。ですので、それだけでは不適切です」
本物だ。本当にこの人は呪術を知っている。
ちゃんとした、わたしが知りたかったことの、答えを知っている呪術師だとわかり嬉しくなる。
たとえ、この人が呪術を引き受けたせいで、わたしの中に残滓が残っているんだとしても。
この人は、光魔法で浄化しても、呪術の残滓が残ってしまう原理を知っている人だ。
「では、どうすれば?」
「できれば光属性の方から魔力を移し、その後にすぐ、解呪するのが望ましいと思われます」
「解呪?」
「はい。術というのは一度限りの術でも身体の中に、こういった呪術が通されたと身体に記憶されるのでございます。それが瘴気の残滓が残るということです。その記憶を、呪いはなかったことにすると書き換え、瘴気を引きあげる、それが〝解呪〟でございます」
そういうことか……。
光の使い手が知るべきは〝解呪〟だね。解呪ができるようになるのに、知るべき知識はもちろんあるだろうけど。そして解呪もして欲しいし、わたしもできるようになりたい。
「魔力を移すのに、魔法や神力、他のやり方もありましょう。けれど、一度受けた呪術の残滓を引きあげる意味でも、呪術で魔力を移し解呪をセットですることをお勧めいたします」
と相変わらず指を動かしているけれど、頭を下げた。
「殿下、どうなさいますか?」
サマリン伯が、アダムを促す。
「そうだな、検討するゆえ、今日は城に泊まってもらえるだろうか?」
みんな頭を下げた。
アダムが言いつけて、それぞれを客部屋へと侍従たちが連れていく。でもあれは侍従を装った騎士たちだ。
最初から、話は持ち帰ることに決めていて、お城に泊めることに話はついていた。そして守りきるように。
彼らが出ていくと、メイドさんたちがお茶の用意をしてくれた。最後に入ってきた人は、きれいな銀色のお皿に入れたお水をソックスの前と、深めの器をもふさまに出してくれた。
「にゃーご」
お皿に顔を近づけたソックスが、不機嫌な声をあげる。
鑑定と思ったけど、そうだトカゲの姿だと魔力が低下してるんだっけ。鑑定はできない。
もふさまがソックスのお皿をテーブルから落とした。
絨毯がジューッと言って白い煙が上がる。それは決して〝水〟じゃない。
う、嘘でしょ。
ソックスをというか、わたしを狙って?
場が一気に緊張したけれど。
「なーご」
ソックスは気にした様子もなく、アダムの腕から降りて、もふさまの器のお水を飲んだ、おいしそうに。
「この皿を用意したメイドを連れてこい」
アダムが鋭く声を上げる。
捕らえ連れてこられたメイドは、顔色をなくしてブルブルと震えていた。
「お前、この水に何を入れた?」
「わ、私は用意された物を、運んだだけでございます」
彼女の身元はすぐに分かった。3年前から城で働いていて、真面目な子だという。そしてこの階の水場、お茶などを用意する部屋では、ソックスともふさまの飲み物は考慮していなかったそうだ。
王子殿下が口にする物なので、鑑定士などもみていた。ソックスともふさまの水は予定されていなかったので、みていない。
鑑定士が呼ばれ、念のため全て鑑定したところ、ソックスに用意されたものにだけ、喉が焼けてしまうような劇物が入っていたことが分かった。もふさまのもただの水だった。
持っていくように指示したのは、執事スタイルの偉そうな人だそうだ。初めて見る顔だったという。彼女は一般貴族が使える2階の会議室担当。今まで王族と直接かかわるような仕事はしていなかったので、今回は王族担当の執事なのだろうと、気にしなかったそうだ。運ぶように指示を受け、素直に従った。
他のメイドたちにも話を聞き、知らない執事をみんな覚えていた。ただ、みんな自分は下っ端と自覚があったので、殿下の遣いだと疑わなかったそうだ。
その執事を探させたが、行方はわからなかった。
アダムは地下にすぐに帰ろうとしたが、メラノ公に呼び止められる。
「殿下、あのふたりの呪術師に任せるのですか?」
アダムは頷く。
「呪術師は見つけにくい。幸いふたり見つかり、言っていることもふたり同じだ。信憑性がありそうだ」
「……ふたりが知り合いで、騙されている可能性もあります」
アダムは考えこむふりをする。そして顔をあげた。
「他にも呪術師がいれば、話を聞いてみたいところだが……現時点ではふたりを頼るしかないだろう」
「……そうですね」
メラノ公は微かに微笑む。
微笑んでいるのに、それを見たわたしは、なぜかブルッと震えた。




