第65話 屋台
本日投稿する2/2話目です。
お昼もだいぶ過ぎたようで、広場には人が少なく、屋台も人が並んでいない。
町中に抑えた赤の点は存在したが、近くなったと思うと遠ざかっていく。恐らくスリの類だろう。広場に着いたときも、抑えた赤の点が近くなったので身を硬らせると、また点が遠ざかった。実際、点と同じタイミングでUターンした人がいて、その人はシヴァを見たとたん何もしていないのに逃げていった。そっか、見るからにシヴァは強そうだもんね。
「もふさま、お肉ある。あっち、甘いパン。あ、スープある」
屋台を見ているものの、心あらずという感じだ。
「もふさま、元気ない。具合悪い?」
もふさまがわたしの顔を見るように体をひねる。
『我は、リディアに何もしてやれないと思ってな』
!
「そばにいてくれてる」
『そうだ。けれど、それだけだ』
「それが大事」
『それが大事?』
うんと頷く。もふさまのおでこにおでこをあてる。
言葉を尽くすのは難しい。尽くしても、伝えたいように伝わるかはわからない。わたしがもふさまが大好きで、こうして抱っこさせてもらうことで、どんなに癒されているか。怖い思いをしたのを遠くにやれているか。強気でいられるか。こうして触れ合ったところから、全部同じ〝重さ〟で伝わったらいいのに。
『……リディア、どさくさに紛れて頬擦りをするな。寝るときだけと言っただろう?』
いつものもふさまに近付いたかな?
「今日寝るとき、我慢する。今ちょっとだけ」
『少しだけ、だぞ』
お許しいただきました!
大人しくしているもふさまに頬を擦りつける。ふわふわ。あったかい。お日様の匂い。こうやって頬をつけてふわんふわんを堪能していると、明るい穏やかな気持ちになるんだ。
とりあえず、目についたものを一通り買った。串焼き、シンプルな塩焼きだけど、肉汁がたっぷりでおいしかった。
スープは、不思議な味だ。甘いんだか酸っぱいんだかはっきりしない味。野菜の切れ端が入っていてこれで150ギルは高い気がする。
甘いパンは、見た目がおいしそうなだけに騙された気がしてしまう。っていうか、多分おいしい方なんだと思う。硬いから、こちらのパンは。噛み切るのが大変で、噛んでいるうちに何を食べているんだっけっていう気になってしまうのだ。勝手に期待してしまったので、残念な気持ちになってしまった。
うーーん、リピートしたいのは串焼きのお肉だけだな。
概ね、みんなの感想は同じで、串焼き肉をいっぱい買い込んだよ。
わたしのバッグがあれば、食べ物いっぱい入ってるんだけどね。
ああ、そうか。バッグだとこういうことが起こるのか……。
引き寄せることもできるのだけど、わたしの手作り感満載の鞄だからアレだと出来上がった鞄に機能をつけたってバレちゃうからね。
詰所に戻ると、父さまとおじいさまと会うことができた。
おいしかった串焼きを食べてもらう。
食べているときに、自警団の人が来て、父さまに何か耳打ちした。
父さまは一瞬顔を硬らせた。
「青のエンディオンが到着した。カークは、いないようだ。父さまは彼らと話してくる」
小一時間ぐらいしたくらいだろうか。父さまが戻ってきて、ウィリアムさんがわたしと話したいと言っているという。嫌だったら会わなくていい、と父さまは言ってくれたけど、わたしは彼と話したいと思った。
詰所にもいろいろなタイプの部屋があるようで、わたしたちが使わせてもらったのは〝いい部屋〟だったみたいだ。
父さまに連れられて行った部屋は、汚く圧迫感があり、ウィリアムさんたちは両手を後ろで縛られて、床に座らされていた。怪我などはしていないと思うが、冒険者たちは疲れて見えた。その姿に驚いた。
「君が無事でよかった」
ウィリアムさんは、まず安堵した笑みをくれた。
それから、今日、ここに連れて来られるまでのことを教えてくれた。
ドードリーさんが朝の鍛錬をしているときにカークさんはどこからか帰ってきたそうだ。「どこに行っていたんだ?」の問いかけには答えず、軽く話をして、彼は少し眠ると部屋に入った。
その後、カークさん以外のメンバーで朝食を食べ、カークさんと合流して、大きい村に向かった。土などの採集をしているときに自警団がやってきて捕らえられた。カークさんはそのときに姿を眩ませた。
彼がいなくなったことで、彼が何かしたのかと思ったが、何も教えてもらえず、イダボアまで連れてこられ、先ほど詳細を聞いたと言った。
信じられない出来事で、疑うわけではないが、本当にカークだったかと尋ねられる。
「カークさんだった」
「誰かがカークを装っていたとは考えられない?」
わたしは重たく頷いた。
カークさんが自分だけが請け負ったことだと言っていたと話した。
それから1年前に行った町すべてを彼らから聞いたかと父さまに尋ねた。父さまは、自警団がそれを聞いたと教えてくれた。それなら調べてくれるだろうとほっとすると、ウィリアムさんに1年前のことの何が関係しているのかを聞かれた。ウィリアムさんたちがこの犯罪に関わっていたかどうか調べる意味もあったので、理由は説明されなかったみたいだ。
父さまを見上げると、父さまが説明をした。
それまでカークさんを信じていた瞳の力が弱くなる。
呪符は作るのはもちろん犯罪だし、それを買ったり、持っていることも罪になるそうだ。特に冒険者の高ランクはそんなことをしたら資格剥奪、奴隷落ちもありえるようだ。
この世界には奴隷制度が存在した。大まかに犯罪奴隷と借金奴隷がある。犯罪により奴隷落ちをした場合、生ある限り強制労働となる。一般人には戻れない。
借金奴隷とは巨額な借金を負って訴えられた場合、奴隷になり労働で借金を返していくことになる。冒険者などが依頼を達成できず、違約金を払えない時に奴隷落ちすることが多いそうだ。借金を払い終わるまで労働を強いられるので、子供に引き継がれることもある。保証人にも借金が及ぶこともある。それゆえ流れの人売りなんてものが存在し、子供をさらって借金奴隷として売るなんてことが起こるらしい。この国では対価は一応〝労働〟だが、国により〝持ち物〟として扱っているところもあり、高値で売り買いされる。だからなのか、人さらいは後をたたない。
調べてみても怪しいところはなく、逃げたのはカークさんひとりということもあり、ウィリアムさんたちの疑いは晴れた。縄を解かれ、椅子に座って話せるようになった。
自警団としては、カークさんとカークさんに依頼した貴族を探し出したいので、情報が漏れることを防ぐために、シュタイン領には帰らせずにしばらくイダボアに勾留という流れに持っていきたかったみたいだが、ウィリアムさんたちは自分たちがカークさんを探したいと言った。
「私たちにカークを探させてください」
「探してどうする?」
自警団の人がウィリアムさんを睨んだ。
「Aランクに誓って、連れてきます。逃げたり、逃がそうとするわけではありません」
自警団の人たちとウィリアムさんたちのやりとりになった。
実際のところ、ウィリアムさんたちは犯罪者ではないので、被害者のわたしたちに判断は委ねられた。ランクの高い冒険者になると連帯責任という戒めを発動させることもできる。わたしたちが訴えればパーティ丸ごと罰することができ、拘留できるわけだ。
探索のおかげで、敵はひとりだったこともわかっているため、わたしたちは責任を求めない。父さまはパーティに声をかける。連帯責任を問わないといえば、ウィリアムさんからお礼を言われた。
「カークが貴族を嫌っているのは感じていました。でも、普通に話してくれるから、概念的なものだと思っていた。もっと話して、何を考えているのか知るべきだった。金が欲しかったのか?」
「……金を憎んでいるみたいだったのに」
エトライさんが呟く。
「ズルい、言ってた」
「ズルい?」
「ただ貴族生まれただけ。病気になっても、医者、診てもらえる。ただ、生まれついただけ、だから、運命いじってやる。そう言われた」
「あいつ、妹を病気で亡くしたから。金がなくて医者にも診てもらえなかったって」
カーブルさんが痛ましそうに言った。
ウィリアムさんがドンと拳で机を叩いた。
「それとこれとは話が違う! 気の毒なことではあるが、だったら、そんな境遇にあったものは、みんな罪を犯してもいいのか? 違うだろ。憎んだって、貴族に何かをしたって、過去は変わらないって。あいつに間違っていると教えてやらないと」
「そうだな。あいつのねじ曲がった心根を正さないと!」
ドードリーさんが目頭を押さえた。
「す、すみません。リディアちゃんをひどい目に合わせたやつですが、私たちがみつけて、罰を受けさせ、心根を正します」
ウィリアムさんがそうまとめ、父さまをみつめる。
「……保護するのが先決ですね。彼に依頼した人物は、彼の口から依頼人の名前が出ることを恐れ、彼をどうにかしようとするでしょうから」
父さまがそういうと、彼らは表情を引き締めた。
「皮肉だが、彼が引き受けたおかげで、リディーはこうして生きているわけだからね。無事でいてほしい」
そう告げると、みんなが重たく俯いた。