第642話 協力者と思惑③同一犯?
兄さまは少し考え込んだ。
「そうですね。芝居により、民衆の間ではメロディー嬢の好感度があがっています。こんなことは言いたくありませんが、もしお嬢さまが猫のまま自身の潔白を証明できない場合、大衆はメロディー嬢を陥れられた令嬢と捉え、第1王子の婚約者に返り咲くこともあるやもしれません」
「不正をしたのに?」
「金銭は返しているし、陥れられたとすれば、そんな計略に乗ってしまった愚かさはありますが、令嬢自身は悪い心根の持ち主ではないと思って、民衆は応援するでしょう。ましてや嫁ぎ先は、2年後に幽閉される王子。お互いを思いあっていて、だから起きた不祥事だとすれば、ふたりを引き裂くべくではないという考えが強くなり、そうなるかもしれません。
でもこうしてお嬢さまが生きていることを伝えた今、次は人型に戻れることを知らしめ、あんな噂は事実無根だと証明すれば、そんな噂はすぐに消えます」
兄さまをクラウスさまと結びつけることは、罪を着せたり、いくつかの思惑が考えられてくるから、利を得る人も複数考えられるけど。
わたしが呪われた場合の利は、探すのが難しく、なんていうか、兄さまでも無理やり出したような、メロディー嬢のことしか思い浮かばないようだ。
そうなると、わたしがいなくなることで得をするのは、やっぱりメロディー嬢? でもメロディー嬢は、アダムのことが特に好きではなかったと思うんだけど……。堂々巡りだ。
……兄さまがクラウスさまだと言われた時、最初はわたし、メロディー嬢が何か仕掛けたんだと思った。
わたしが兄さまの婚約者になったから。彼女の居場所を取ったから、それで憎まれていたのだと思った。だから、その兄さまを取り上げるために、クラウス・バイエルンだと証明したのだと。
……けれど。
彼女は最後に、わたしに学園に来て欲しくなかったと言った。会えば憎んでしまうとわかっているから、と。なんで会う前に憎んでしまうとわかったのかを尋ねれば、わたしがメロディー嬢の大切なものを奪ったからと言っていた。
奪ったとは、兄さまというメロディー嬢の最初の婚約者のことかと思ったけど、どうやらロサのことのようだった。ロサを奪ったりもしていないが、ロサがメロディー嬢の唯一の光だったのは、その通りだったのかと思う。
ロサはその前までメロディー嬢を思っていたと思うけど、きっと大きくなるにつれて、彼女が義兄の婚約者であることを理解したんだと思う。
それでメロディー嬢が大切なのは変わらないけれど……、その変化はメロディー嬢にとって、絶望的なことだったのだろう。そしてそう心が動いたのは、わたしのせいだと思ったということだ。そのあたりから、領地を潤す約束をして、定期的に会っていた。もちろん兄さまたち込みだけど、メロディー嬢はわたしが肝だと思ったんだろう。
彼女は忘れないでと、にっこり笑った。
ーー同じことが起こっても同じ行動を選ばない人だけが、その行動をした人を責めることができるのです。あなたが私と同じ道を選ばないことを、心からお祈り申し上げますわーー
同じこと、わたしは商会が潰れたことだと思った。商売がうまくいかなくて、その原因と思われるわたしを叩きたかったのだと。わたしの商売がうまくいかなかった時、その原因であることを叩かないでいたら、初めてメロディー嬢とわたしの選ぶ道が違うといえると、そう言われているのだと思った。
だけど、仮定が違ったのかもしれない。メロディー嬢は婚約破棄のことを言っていたのかもしれない。婚約破棄をされてもその原因をわたしが憎まずにいられるのなら、初めてわたしはメロディー嬢と同じ立場になり、責めることができるのだと。
ねぇ、メロディー嬢、あなたはそう言いたかったの?
わたしが婚約破棄をされて、原因を責めずにいられるかどうか、確かめたかったの?
「……私たちの敵が、同じ可能性も出てきましたね」
兄さまは調理器具を洗い終えると、ため息と共に言った。
そう、その可能性も出てきた。
キリアン伯とバイエルン侯が乱入してきて、兄さまがクラウスだとかましてきた。あれは別物だと思っていた。
パーティーはウチの親戚が浮かれて決めたことだし。クラウス疑惑はメロディー嬢のような過去にクラウスさまと親しかった人しか、気がついても言い出すようなことではないからだ。それをいい機会だと利用されたのだと思っていた。
けれど、フォークリング社のオファーから目をつけられていたのだとしたら、パーティーのアレから仕組まれていたと認識を変えた方がいいだろう。
土地買い=兄さまを犯人に、の人たちと、わたしを亡き者にしようとした呪術師を含んだ集団、これは別物だと思っていた。目的が2つだと思ったから。
でももしかしたら、目標はひとつなのかもしれない。
わたしを亡き者にするか、兄さまを罪人にするか。その過程でどちらかが巻き込まれたのかもしれない。あのパーティー、わたしの物語を本にするオファーがあったところから仕組まれていたのだとしたら、……わたしを呪うことが本命だったのかな?
そしてその黒幕がメロディー嬢? まさか。
敵のことは何度も何度も考えてきた。フォークリング社も敵だったという新たな情報を踏まえて、もう一度考えてみたけれど、決め手になるような考えは浮かばなかった。




