第64話 兄さまの選んだ服
本日投稿する1/2話目です。
「今まで、泣かないで、我慢していたんですよ」
ホリーさんの言葉で、父さまのギュッが強くなる。
父さまの肩をベチョベチョにして。今度は柔らかい母さまにギュッとする。母さまもわたしを2度と放さないというようにギュッと返してくれた。
涙が引っ込んでから、みんなとハグした。やっと落ち着いてきた。
「もふさま!」
ギュッと抱きしめる。
『我があのときに気づいていれば……』
「もふさま、悪くない」
そう伝えると、ざらりとした舌でほっぺたを舐めてくれた。
糸目のホリーさんが、馬車の中からのダイジェストを父さまたちに伝えた。それからまだ詳細は聞いていないけれど〝隷属の札〟なんていうとんでもないものも関係しているようだと、水をむけた。
わたしから話を聞くのを、保護者到着まで待ってくれてたんだ。
「リディア、何があったか話せるか?」
わたしは頷いて、ホリーさんとハリーさんたちがいたから助かったことをまず伝えた。父さまたちはホリーさんたちにお礼を言った。
わたしは目が覚めたところから順を追って話した。
カークさんに後ろ向きに抱えられていて森の中を歩いていたこと。カークさんは、わたしを邪魔に思う貴族から始末する依頼を受けたが、ご飯の礼だと殺すのはやめて、売りに出すと言われたこと。隷属の札というのを持っていて、わたしを外にひとりで向かわせただろうこと。そしてイダボアの近くで3人の男たちに売られたこと。樽の中に入れられて、お菓子とお水をもらったけれど口にしなかったら、水に眠らせる薬が入っている会話が聞こえたので、確かめられたときに眠っているふりをした、と。
誰かが荷台に乗り込んできて、声だけで助けを求めたら、気のせいにされてしまうかと思って、水魔法で樽から水を出したのを、ホリーさんがみつけてくれたのだと。そこからはホリーさんが話してくれた通りだ。
カークさんが失敗したこと=わたしが生きていることに気づいたら、依頼主の貴族は保身のためにカークさんをどうにかしようとするかもしれない。隷属なんちゃらの問題もある。隷属の札の情報を補足して伝えているあたりで、自分で話していながらわけがわからなくなってきた。
「よく、わかった。でも、リディーは眠いみたいだ。あとは大人に任せて、もう眠っていいぞ」
と頭を撫でられた。実はかなり朦朧としてきていた。でもこれだけはと思って伝える。
「カークさん、保護して。罰、受けてもらう。けど、わたし、カークさんじゃない人、依頼受けてたら、死んでた」
なかったことにできるほどお人好しにはなれないが、依頼を受けていたのがカークさんだったから、わたしは今生きている。それは間違いない。
父さまに引き寄せられて、ギュッとされる。
「お腹すいたでしょ?」
母さまに抱っこしてもらって眠っていたみたいだ。
お腹が切なく鳴り、その音で目が覚めた。
どこかの小部屋って感じだ。
「どこ?」
「……イダボアの自警団の詰所よ」
母さまがわたしの頬を撫でる。
「今、自警団の方がシュタインの町に、青のエンディオンの人たちを捕らえにいってるわ」
あ、カークさんだけって伝え忘れた? あれ、でも敵はひとりって父さまたちも知っているのに。母さまがわたしの考えを読んだように言う。
「そのうち一人だけを捕らえると早々にわかってしまうから、パーティ全員を捕らえることにしたの。リディーの情報も伝わると困るから、私たちもイダボアにいるのよ」
ああ、そういうことか。
人売りがわたしを引き渡しに行くつもりだった町にも、自警団は動いたようだ。〝流れの人売り〟たちが残らず捕まるといいのだけど。
静かなノックの後に、兄さまが顔を出した。
「起きたんだね、大丈夫?」
「リー、起きたの?」
「大丈夫か?」
アラ兄と、ロビ兄、もふさまも一緒だ。その後にシヴァが入ってくる。
「眠った。元気」
みんなに報告すると、ほっとしたような顔をした。
「レギーナさん、こちら、坊ちゃんたちが選んだ服です」
服?
「リディーは夜着のままだから、みんなに服を買いに行ってもらったの。リディーが気に入ったあのお店で選んでもらったから」
「じゃあ、私たちは出てるね」
そう言って、みんな出て行く。
靴下と靴もあって、それを見て、足裏が痛くないことに気づいた。
「母さま、足、治してくれた?」
「ええ。……痛かったね。よく我慢したわ。えらいわ」
「ありがと」
兄さまたちが選んでくれた服は……ヒジョーにひらひらふりふりとした、リボンがいっぱいついた服だった。女の子が好きそうなイメージを詰め込んだ、みたいな。
「……母さま、夜着のまま、だめ?」
母さまも服を広げて、一瞬、言葉を失っていたからね、苦笑いだ。
「夜着のままは良くないわ。せっかく兄さまたちが選んでくれたのだから、着替えましょうね」
今日は特別なのか、ほとんど母さまが着替えさせてくれた。
「あら、着てみた方がかわいい服だわ。リディー、とってもかわいいわよ」
……身内のかわいいは信じないことにしたから。
「さ、食事をしに行きましょう。この間の食堂にする?」
わたしは首を横に振った。あそこだと、もふさまが一緒に食べられないし。
! あ、思いつきで言ってみる。
「屋台、いい?」
「屋台?」
広場のところに屋台が何店も出てたのを見た。一瞬、迷ったものの母さまは笑顔になる。
「んー、いいわ。今日はリディアの好きなことをしましょう」
やったー!
わたしは靴を履いて、ドアを開けた。
「リー、かわいいよ」
アラ兄は、どんな格好をしてもそう言うと思う。
「リディー、とっても似合っているよ」
嬉しそうに兄さまが笑う。
「兄さまがそれ選んだ時は、すごいの選んだなと思ったけど、リーが着るとふんわりしてかわいくなるな。兄さま、すげえ!」
どちらかというと、わたしじゃなくて兄さま褒め。
でも、そっか、兄さまが選んでくれたのか。そして感覚はもしかしてロビ兄が一番信用できるのかもしれない。空気は読まないけど。
みんなに心配もかけたし。わたしはスカートをつまんでみんなに淑女の挨拶をした。
「服、選んでくれて、ありがと」
笑いかけると、みんな笑顔になる。
「屋台、行こ。お腹、空いた」
「リー、それ台無し」
アラ兄に残念がられたが、お腹が空いたのは一大事だ。もふさまを抱きあげる。
「父さま、おじいさまは?」
「自警団の人たちと話をしている」
「私たちだけで行きましょう。父さまたちにはお土産を買って来ましょう」
「はぁい」
もふさまごとシヴァが抱きあげてくれた。楽チン、楽チン。