第639話 王子殿下の婚約騒動⑨反乱分子
アダムは陛下に訴えかけた。
「陛下、呪術は禁じられたものです。それはわかっています。ですが、それは世間や法の目を掻い潜り、細々と受け継がれてきた模様。私の伴侶であるリディア嬢を元の姿に戻すため、呪術のことについて調べることをお許しください!」
陛下の言葉を待つ。陛下は顎を触ってから話し出す。
「議会と話し合ってきたが、シュタイン嬢だけのことでなく、呪術師が関係していると思われる案件がいくつか出てきておる。これを機に、呪術のことを一度考え直すべきではないかと、余は考える」
何人もが息を呑んだ。
「それとは別に、貴族令嬢が呪術を受け、命を落とした噂が出て、さらには前王族を陥れたなどと、事実無根の噂がさも本当のことのように伝えられてきたのも気持ちが悪い。この件に関して、徹底的に調べる権限をゴットに与えよう」
「陛下、私にも義兄上を手伝わせてください」
ロサが片手を胸にやり、訴える。
陛下は考えるふりをした。
「よかろう。ゴットとブレドで、この件を調べてみなさい。
さて、ダニーラ・サマリンよ。年若いながら議会に所属。そして王族に対しても意見できるその度胸を気に入った。議会の者として、ゴットとブレドを補佐してやってくれるか?」
ダニーラ・サマリンは膝をついた。そして片手を胸にやり頭を下げる。
「拝命、仕ります」
陛下は鷹揚に頷く。
「実力は十分であるが、若い者たちゆえ経験が足らぬ。メラノ公よ、息子たちを見守ってもらえぬだろうか?」
え? メラノ公をメンバーに混ぜるの? 彼だって何やってるかわからないのに?
メラノ公は胸に手をあて、陛下に頭を下げる。
「この老いぼれが、役に立てることがあるなら、喜んで」
呪術団を探す、特別部隊のメンバーが決まっちゃった。
ただの婚約発表の場だったのに、事が動いた。
やっぱり、すごい……。
「メラノ公爵さま、ダニーラ・サマリン、そしてブレド、私の婚約者を元の姿に戻すために、これからよろしく頼むよ」
アダム演技派。さも頼りにしているかのようなキラキラした視線を送っている。
メラノ公もサマリンさんも、呪術の件について調べるメンバーとなっただけなのに、アダムの発言によって、わたしを元の姿に戻す手伝いであり、なんとなくふたりは婚約者がわたしってのを認めたような空気になっている。策士だな。
その後も、議会の人たちは婚約を留めさせたいような言葉を発したけど、それらの全てを潰し、アダムと陛下は突っ走った。
猫のままのリディア・シュタインは、議会に嫌われた。疎まれている。
でもほとんどの人は、まともなんだと思う。国のことを憂いでいるんだ。
いくら幽閉される王子だといっても、呪われて猫になったままの令嬢を伴侶にし、それを認める議会などないと、抗議デモが始まりそうな勢いだ。
わたしが感じたくらいだ、陛下やアダムもわかっていることだろう。ということは、それが狙いだったということだ。
我慢比べのような攻防戦になったが、それに終止符を打ったのは第2夫人だった。
「ではゴット殿下の幸せと、国のこともよく考え、どうするのが1番いいと思うのじゃ? 反対するだけなら、それこそ子供でもできよう。誰もが納得する、そして殿下にもよい話があるなら持ってくるがよろしい。それを審議しようではないか」
それで議会を黙らせた。
そうして借りができてしまったからか、ご一家プラス、わたしと父さまで食事会をすることになってしまった。でも皆さまに協力を仰いでいるわけだから、仕方ない。
これが敵を炙り出すための芝居だと知っているのは第2夫人、そしてロサだけだそうだ。
他の夫人や王子たちは、本当にアダムがわたしと婚約したと思っているそうだ。そんな方たちと食事会なんて、それもどうなんだーと思ってしまう。わたしは猫ということになってるからいいけど、父さまが可哀想。
あとで芝居だと知ったときに怒り出さないのかと思うけど、王族は貴族の頂点であり、その中でもっとも上下が厳しい世界。だから、上には頭があがらない。知らされることがなかろうが、発言権がなかろうが、それが嫌なら寵愛を受けるなりして、実権を握るしかないようだ。
要するにこの場合、王太子を勝ち取り、身分が上にあがらない限り、第2夫人や陛下に何も言えないんだって。今はロサが優勢というのもあり、第2夫人の天下らしい。第2夫人のご実家を含んだね。
地下に帰れば、兄さまが迎えてくれた。
ここに入るまではアダムが緊張していたのが伝わってきたので、わたしも緊張していた。よくよく考えると、アダムは自分だけだったらこんな気を張る必要はないだろう。わたしというおまけがいるからだと思いあたれば、申し訳なくなってきた。
食事会まで、父さまも王宮に泊まるようだ。情勢がはっきりするまではなるべく動かないようにするという。
とりあえず、食事会が終わるまでは、変化を解かないことにした。通訳のもふさまがいれば、会話はなんとかなるからね。
アダムが着替えをして落ち着いてから、発表した時のことを兄さまに話した。
わたしが不思議に思ったことや、設定を変えたと思ったことを、その認識でいいかアダムに確かめる。
スキルではなく呪いで姿が変わったことにしたのか?と。
するとアダムは、成り行きで、一度だけ変化したとするか、影響を受け、スキルとなって発動したと言えばいいと言った。
そっか。アダムたちは変化のスキルを、公表するのは忍びないと思っていて、呪いで変化しただけ、ともできるようにシナリオを変えてくれたんだ。
それからわたしの感じたこと。
これを機に反乱分子を一掃する気なのかを尋ねると、アダムは少しだけ悪いねという顔をして、そうだと頷いた。
「それでは、お嬢さまが危険ではありませんか?」
兄さまが大きい声を出した。
「リディア嬢は最初から標的になっている。呪術をかけられたこともそうだし、あの噂でもそれはわかるだろう? もしここで見える敵だけを追い詰めても、きっとまた狙われる。それだったら大元から潰したほうがいい、そう思わないか?」
「それはそうですが……」
「リディア嬢は守るよ。この結界内にいれば、私が魔力の暴走を起こさない限り、絶対に安全だ」




