第634話 王子殿下の婚約騒動④幽閉の真相
「お嬢さま、変化されますか?」
少し顔を赤らめた、兄さまが言った。
頷きかけて思い留まる。変化したら眠ってしまう。話せるように戻りたいけど、アダムともふさまから情報を得て、対策を立ててから、戻るかこのままでいるか決める方が良さそうだ。
もふさまが戻ってくれば、通訳してもらえるし。
わたしは首を横に振る。
「わかりました。ソックスにも飲み物を持ってきましょう」
ソックスにもわたしにも飲み物を持ってきてくれた。
浅いお皿にいれてもらったミルクを、ぴちゃぴちゃと飲んだ。生き返る。
ソックスが首をかきたがっているのを見て、兄さまがスカーフをとってあげる。ソックスは大きく伸びをしてから、部屋を駆けまわった。
ソックスにひっついていれば温かいけど、ひとりだと、まだ寒い。
兄さまをチラチラ見ていると、エプロンを取り替えた。ヒダは王宮のよりおとなしいけど、胸ポケットがある!
「入りますか?」
「(入る!)きゅい!」
兄さまは掬いあげて、胸ポケットにいれてくれる。中にはタオルが仕込まれていた。わたしは兄さまの胸ポケットの中で、ウトウトしながら過ごした。
夜前にやっともふさまとアダムが帰ってきた。
「(おかえり)きゅっ」
もふさまの機嫌が悪い。
なんかあったのかな?
兄さまがアダムに確認する。
「お風呂にされますか? それとも食事になさいますか?」
なんか美男、美女だけあって、別のドラマが始まりそうな錯覚に陥る。
アダムはお風呂に入るといい、もふさまには先に食べてくれてかまわないと言った。
アダムの着替えを手伝ってから兄さまが戻ってきて、もふさまご飯をてんこ盛りに出す。
わたしは着替える前に、テーブルへと下ろしてもらっていた。
もふさまに話を聞きたかったけど、獣の姿になっていると、強さもだけど、状態がなんとなくわかる。今も怒っているんだと思う。だからせめてご飯でお腹がいっぱいになって、穏やかになったら話そうと思う。もふさまが怒るのは稀なことだ。
なんて過ごしているうちに、アダムがお風呂から出てきて、みんなで食事となった。
わたしには兄さまが、スプーンで食べさせてくれた。
具沢山スープとベリーをくれた。ベリーはひとりで抱え込んで、食べることができる。甘いベリーは、力が湧いてくる気がする。
ソックスは走り回って疲れたのか、早めのご飯をもらい、もう夢の中だ。
お茶タイムにする頃には、穏やかなムードになってきていた。
どんな話し合いが持たれたのか聞きたかったけど、アダムたちが口を開くのをまった。
飲み物が半分ぐらいになったところで、アダムは兄さまにわたしから話を聞いてないんだよね?と確かめた。
兄さまは聞いてないと、はっきり答える。
では、聖堂に向かったところからと話し始める。
まず規制されていたにもかかわらず、外には人の気配があったこと。
本宮殿の中にも気配があり、第3王子であるバンプー殿下と会った。
聖堂で陛下たちと合流し、その話をしている時に外が騒がしくなり、闖入者が現れる。
メネズ候爵とその派閥の者だった。
メネズ候の特徴としては、何の意図があるのかは知らないけれど、いつも何か新しいことには、まず反対する人だそうだ。何かあったときに突っかかるのに適した人で、ちょっと情報を流せば喜んで特攻していくような人。
つまり、敵だか何だかに利用されたと、アダムは思っているみたいだ。
彼らはアダムの過ちを、正しに来たと公言した。
ということは、何かがあると察し、その場所が聖堂だったことから、婚約式であることも視野に入れ、止めに入ったと思われる。
最初は、今日はただの婚約式を本当に行ったのだと、見せかけるために聖堂に入っていただけ。この後に発表し騒がれたら、わたしが生きていること。猫に変化しちゃったので公けにしにくくてとするはずだった。が、役者は揃っていたので前倒しにした。
婚約式はすでに終わったこと。婚約者はアダムの抱いていた猫で、それがリディア・シュタインであることを匂わせ、都合よく鑑定士がいたので鑑定され、見事その3つをクリアした。
わたしが陛下の威圧の余波を受けたとして、寝所に帰し、アダムは戻った。
陛下が用意した室は、皮肉をきかせ、犯罪者を取り調べる室だった。
陛下と父さまが椅子に座り、侯爵は立たせたまま。
アダムが到着してから、発表をしたそうだ。
「明日、公式に知らせるが、ユオブリアの第1王子、ゴット・アンドレ・エルター・ハン・ユオブリアが婚約の儀を無事、終わらせた」
陛下がそう告げると、みんな息を呑んで、物いいたそうにした。
「シュタイン伯第三子、リディア・シュタインがゴットの伴侶となるわけだ」
「陛下、発言をお許しください」
メネズ候が声をあげた。
「なんだ、祝福の言葉なら受けつけよう」
陛下がニヤリとすると、メネズ候は目を細めた。
「恐れながら申し上げます。第1王子殿下の婚儀のことは、議会に通ってきていません」
「それはそうだろう。通してないからな」
陛下はこともなげに言う。
王族の婚姻に関しても、陛下の鶴の一声ではあるけれど、貴族の摩擦を少なくするために議会に先に伝達する。それがなかったと難癖をつけた。
それに対して陛下が烈火の如く怒ったそうだ。
余の決めたことに異論があるのか?、と。
続けて陛下は、議会に対する不満をぶちまけた。
「余は議会に妥協した。王族との婚姻は最終的に余が決めるとしても、絞り込むまでを把握したいというから、先に伝えてきた。それがどうだ? 今では難癖をつけてばかり。第2王子は14だというのに、婚約者も決まらぬままだ。
それに議会は余の第一子に何をした? 狂う前提として話を進め、幽閉を決めた。ゴットにずっと危険だと言い続け、自分から幽閉を受け入れるように仕向けた」
わたしはてっきり、国が……、陛下が、アダムの幽閉を決めたのだと思っていた。
それにアダムが従うのだと。
でもそれは違った。ことあるごとに幽閉をほのめかされ、アダムが決めたことだそうだ。
陛下はそんな必要はないと言ったけれど、アダムの魔力量は桁違い。抑えられるのは陛下ぐらいらしい。人が狂うというのは、それだけでとんでもないことだけれど、本来ならそうなってから、閉じ込めるなどの対処を考えるのが普通だ。
でも前もってそれをするのは、狂って魔力の暴走が起きたときに、それを止められるのが陛下しかいないからだった。陛下がご存命の時はいい。けれど、お隠れあそばした後に、そんなことになった場合。暴走は王都を破壊ぐらいでは済まないかもしれない。
……それが、アダムの幽閉に頷いた件を、陛下が撤回することができなかった理由でもあった。




