第630話 子供たちの計画⑰婚約式
ソックスに地下にいる時以外、尻尾をあげないようにお願いはしてみたけれど、理解しているかはわからない。
ソックスは黄緑色のスカーフを首に巻いて、その結び目は宝石で留めてある。わたしはそのスカーフにぶら下がる予定だ。少しだけ仕掛けを施してある。って程のものではないのだけれど、ポケットをつけてある。もふさまや兄さま、それからアダムまでもが、ぶら下がったり、張りついたりするより、ポケットをつけて、そこに入っていろという。落ちるのではないかとハラハラするからとのことだ。張りついたりぶら下がったりが基本だけど、確かにポケットがあれば休むこともできるので、こしらえてみた。
今日は秘密裏のうえ、儀式の真似事なので、鑑定はされない。だから、もふさまと一緒にいるのでも大丈夫だろう。もふさまに乗っている時は魔法で落ちないようにしてくれるから、気分的にしがみついてはいるけれど、振り落とされるようなことはない。だからもふさまに乗っている方が俄然安心ではある。
でも鑑定士に見せる時の練習のために、ソックスになるべく張りついていようと思う。
時間が近づいてきたので、わたしはトカゲへと変化した。
もふさまは大型犬サイズ。その上にわたしが張りついたソックス。
ソックスはもふさまの背中に乗せてもらうのを気に入ったようだ。ウニャウニャが止まらない。
「婚約者殿?」
アダムが呼んでいる。
わたしたちは部屋を出た。
おお。
アダムの正装をするお手伝いを、侍女の兄さまがしたようだ。
真っ白の立ち襟の長衣。ボタンや飾りは金色だ。
斜めに紫の帯、サシェをしている。
城でのアダムの髪は金色で、瞳の色は紫だ。魔法だかを解いているのだろう。
髪と瞳の色が違うだけなのに、結構印象は変わるものなんだよね。
イケメン度が2割増しだ。
「婚約者殿、今日はよろしく頼むよ」
アダムが跪きソックスの鼻の頭を、優しく人差し指で押した。
「なーご」
元気にソックスが返事をしている。
アダムはソックスを抱きあげる。
張りついたわたしと目が合うと、クスッと笑う。
何笑ってるのさ。
もうすっかり親しんだ感じでソックスを抱え、顎を撫でる。ソックスがゴロゴロ喉を鳴らした。
安定感がいいと、しがみつくのも楽チンになる。
兄さまに行ってきますをして、わたしたちは地下を出た。
長い廊下を歩き、離れの宮からも出て。
おお、外だ!
風が気持ちいい。日差しが心地いい!
日向ぼっこしたい。
「リディア嬢、問題が起きそうだ」
アダムが小さな声でいう。
大型犬サイズのもふさまが、アダムの隣へと足を早めた。
「人払いをしているはずなのに、複数の人の気配がします」
『捕まえるか?』
念のため翻訳魔具を触っていた、もふさまが尋ねる。
「もし、何か仕掛けてきたらお願いします。僕は手が塞がっているので」
『心得た』
「見られています。気をつけて」
背中を撫でられ、ソックスはアダムの腕の中でおとなしくしている。
足早に歩いていたアダムは本宮殿の中に入ると、息をついた。
「何事もなくよかったです。このまま聖堂に急ぎましょう」
「(聖堂が宮殿の中にあるの?)きゅっきゅ」
もふさまが訳してくれて、アダムが答えをくれた。
「離れにはなるけどね。本当は外からまわっていくはずだったんだけど、人の気配があるから本宮殿の中を通って聖堂の近くまで行き、そこから外に出る」
アダムはソックスをひと撫でする。
「夕方まで聖堂付近、王宮の西側には入らないように言ってあるし、規制してあるんだが、……中も人の気配がする」
アダムはスッと柱の影に身を寄せる。もふさまもそれに倣った。
誰だ? 首を伸ばすようにする。
「第3王子とその侍女だ」
アダムが顔を歪めた。一歩進み出る。
「義兄上」
「バンプー、なぜここにいる?」
「義兄上こそ、なぜここに?」
「ここは規制されていただろう?」
アダムが冷たく鋭い声をあげた。
あ、あの学園祭にきてた子だ。
「あ、義兄上だって同じじゃないか。それにどこに行くの、サシェをつけて正装だよね?」
後ろに控えている侍女が、微かに視線だけでアダムを見ようとしている。
「バンプー・トスカ・ニキ・ド・ユオブリア、すぐ部屋に戻れ。私は陛下より許しをいただいて、ここにいる。このことは陛下に報告するからな」
「正装をして許しを得ている? 何をしているのです? 私にも教えてください!」
アダムは振り切って、歩き出した。
少し歩いてからわたしに謝る。
「すまない。まさか、陛下の言葉に背くとは。それも……。誰に唆されたんだ、あの馬鹿は……」
アダムは〝家族〟と一線をひいている。その気持ちもわかるけれど、ロサへの気持ちは態度でもわかるし、それから今、第3王子のバンプー殿下にも愛情を持っているのが伝わってくる。
馬鹿と言いながら、声音でバンプー殿下を心配しているのがわかるもん。
その後、人に会うことはなかったけれど、人の気配があると、もふさまは言った。
宮殿から出てまた少し歩き、街中の教会のような建物にたどり着いた。
凄っ。王宮には聖堂まであるのね。
重たそうな扉を開けて、中へと入る。
いくつもの光の玉が乱舞していて、あまりの眩しさにわたしは目を閉じた。
もふさまもアダムの歩みも止まらない。怯んだ様子もない。
恐る恐る目を開けると、……あれ、光の反射だったのか?
色のついたガラスで窓に絵が描かれている。あれが眩しかったのかな?
教会のように正面には神さまの像があり、その前に説教をといたりする教壇があった。扉からその教壇まで道がまっすぐに続いている。その左右には7人が腰掛けられるような長椅子が並んでいた。
前の教壇には、ルシオのお父さんである神官長さまが、神官服姿で佇んでいる。
神官長さまがアダムに礼をとった。
「今日はよろしくお願いします」
アダムが先に言葉を発する。
「殿下、こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って頭をあげた後、ソックスを覗き込むようにして、背中に張りついていたわたしと目があった。
「ひょっとして、リディア嬢でいらっしゃいますか?」
「(ご機嫌よう、神官長さま)ぴっぴっぴ、ぴー」
「なんと、愛らしい姿ですね」
頬を緩めて見てくる。お世辞ではなさそう。……いや、お世辞かもしれないけど、嫌われたわけではなさそう。わたしはほっとした。
またまた扉が開き、入ってきたのは父さまを従えた陛下だった。




