第628話 子供たちの計画⑮実験
『リディアよ、戻れる手立てを見つけていたのか?』
「定かではないけど、戻れた時と同じ状態を作るのはどうかなと思ってる」
わたしはもふさまを見ずに答えた。
「お嬢さま」
あ、兄さまが復活した。
「最初にソックスを鑑定して、リディア・シュタインと出させるための実験だとおっしゃいましたね。変化とどう関係するんですか?」
赤みも消え、立ち直ったようだ。
気づかれてしまった。ここは慎重に。話す順番を間違えると、実験にもつきあってもらえなくなるかもしれない。
「ソックスはわたしが変化した姿です。だから絶対に安全な措置をとります。王子殿下に常に抱っこをしてもらい移動し、もふさまに補佐に入ってもらいます」
兄さまは頷く。
「その安全なソックスの首輪にわたしがなります」
「は?」
「だから。トカゲのわたしがソックスの首輪のように、首にしがみ付いて一緒にいれば、〝猫、リディア・シュタイン〟と出ると思うの」
鑑定する人の能力の差で違うと思うけど。
まあ、どんな風に出るとしても、わたしがひっついていれば、わたしの名前も出ると思うのだ。
そして、それがわたしの変化した姿だと情報を流せば、そういうことかと納得するんじゃないかと思うんだよね。他の余計な情報には目もくれずに。
「それは鑑定を受ける時だけですよね?」
「人型に戻れるタイミングによりけりだけど。敵が現れたら、猫の姿では反撃できないもの。人型で対峙すると思うわ」
兄さまは小さくため息をついた。
「実験はいつするのですか?」
「今」
「今?」
「もし戻れなかったら、よろしくね。それで……それでも戻れなかったら……しばらくそのままになるから……」
自分だけでできれば、迷惑をかけなくて一番いいんだけど。
「じゃあ、やるね」
「待って、リディー」
目を瞑って強く思う。変化! わたしはトカゲ、わたしはトカゲ、わたしはトカゲ、わたしはトカゲ、わたしはトカゲ、わたしはトカゲ、わたしはトカゲ。
トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ、トカゲ!
目を瞑っているのに、目の前が赤く染まった。体の節々が痛い。
何も見えてないのに、どうしてぐるぐると目の前が回っているってわかるんだろう?
魔力がごっそり抜けていく。気持ち悪くなって、息がしづらくなった。体がびくんと痙攣して、やがて治ったと思ったら、わたしは布の中にいた。
おお、手がトカゲだ。
わたしは服のトンネルからゴソゴソと這い出る。
「ぷはっ」
『トカゲ化できたのだな』
「リディーなんだよね?」
「(そうだよ!)ぴー」
「大丈夫? 痛いところはない?」
「(大丈夫、なんともない。魔力は結構使ったかもしれないけど)きゅっ、ぴーーーー、きゅっぴっぴ」
もふさまはゴソゴソして魔石を出してきて、それを触った。
『大丈夫、なんともない。……魔力は使ったかもしれないそうだ』
おー、翻訳魔具か。
「(今度は人型に戻る)きゅーぴぃぴっぴ」
『今度は人型に戻るそうだ』
「少し休んでからにしたほうが、いいんじゃないか?」
わたしは首を横に振る。
よし。お腹に力を入れる。
変化! わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る、わたしに戻る!
恐る恐る目を開けてみる。薄い黄緑色の手。短いアーチ。トカゲだ。
がっくし。
えーーー、なんで変化はできるのに、戻ることができないの?
「(もう一回やってみる)ぴっぴ」
戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ!
ダメだ。魔力が足らないとかじゃなくて、戻りそうな気配が1ミリも感じられない。
わたしは兄さまを見上げた。そしてこれがダメだったら、わたしはまたしばらくトカゲでいることになる……。
「(ごめん。兄さま、試させて)ぴき、ぴいっぴききー」
わたしは農場で鍛えた壁ばしりを応用して、兄さまを駆け上がり、肩にたどり着いた。
兄さま、ごめんなさい!
体を伸ばして、兄さまの口に当たりに行く。
唇に触れた瞬間、軽く電気が走ったような衝撃があった。
急に人型に戻ったわたしを、兄さまはガシッと抱きとめて、そのままベッドに埋められ、上に布団をかけられた。
兄さまはおでこの汗を拭っている。
「やっぱり。この方法で戻ることができるんだわ!」
わたしが起き上がりながらいうと、兄さまは全力で阻止してきた。
『どういうことだ? フランツと口づけを交わせば、人型に戻れるということか?』
「恐らくね。兄さま、ごめんなさい。ありがとう。それで申し訳ないことこの上ないんだけど、またトカゲから戻るときに、協力して欲しいの」
「ちゃんと包まって!」
あ、そうだ。戻るときは、一糸まとってない姿なんだった。
どうりでスースーすると思った。
それにしても戻ってよかった。
自力で戻れなくても、兄さまに協力してもらえばなんとかなると思っていた。それでもやはり不安だったし、緊張していたみたいだ。できるか試さなくちゃって、そのことしか頭になくなっていた。
そして試してうまくいった今の方が、興奮しているみたいで、気持ちが高揚している。
兄さまは力尽きたようにベッドに腰をおろした。脱力したように頭を抱える。
何かを葛藤している?
「……戻るときは私のやり方、指示に従って欲しい」
わたしはコクコク頷く。
「わかった。それを守るなら協力するから、危険なことはするんじゃないよ?」
「うん!」
「殿下の真似をしようかな。もし守れないなら、ペナルティー、だっけ?をつけよう」
「いいよ。無理いって協力してもらってるんだもん。その上、わたしが守らないなんてありえないけど、もしやってしまったらペナルティーを」
「トカゲと口づけをするような男が、人型となった君の唇を奪うよ」
「それは罰にならないわ」
「え?」
「思い人からの口づけは、罰にはならないよ」
兄さまが小さく口を開けて、顔を赤くした。
「き、君! リディーは私のことを……」
「多分、結局言えなかっただろうと思うけど、さっきの脅迫はね、兄さまに群がる女の子たちを排除できるという計算も入っているの」
わたしは布団を抱え込んだまま、兄さまを見つめた。
「くしゃん」
くしゃみが出て、わたしたちの時が動き出す。
そのとき、コンコンとノック音がした。




