第627話 子供たちの計画⑭雄問題
さて、どうやって切り出そう。
一応、わたしにも慎みというものもあるし、勝手なことはよくわかっている。
でも、変化が自由自在でなかった場合、どうしても兄さまの協力が必要なのだ。頼んでみるけれど、もしダメな場合……どうしよう……。
それからその頼みの綱でも戻れなかった場合も……。
明後日は、アダムとわたしの嘘っこ婚約式だ。
本来なら、最初に婚約するという噂を流し、婚約式したよとするはずだったのだけど、そういう慶事は星廻りが大切になってくる。偽りといっても当事者は第1王子殿下。そういうのすっ飛ばしたら、嘘だとすぐにバレそうだしね。明後日を逃すと、次の吉日は結構後になるそうで。それなら婚約式を先に済ませ、そこで発表しようということになった。
訳あって参列者はいないし、当事者のふたりと神官長とこっそりとやるものだ。
ってことで、明日父さまが、ソックスを連れてきてくれることになっている。
作戦会議は思うように時間が取れなかった。というのは、成人していないのに、ロサが公務でかなり忙しいからだ。毎日のように、何かしらの予定が入っている。アダムは地下の幽閉が決まっているし、病弱ってことになっているから、免れているそうだ。
とても言いにくかったのでここまで先延ばしにしてしまったが、もうあとがない。わたしは食事の後、兄さまを部屋に呼んだ。
ベッドにはもふさまが寝転んでいる。
「兄さま、お願いがあります」
「お願い? なんでしょう?」
「……きいてくださいますか?」
「内容を聞いてみないと、なんとも申し上げられません」
……だよね。
「実験につきあって欲しいのです」
「実験? どんな?」
「ソックスが鑑定される時に、リディア・シュタインと鑑定されなければなりません」
「……ソックスとは?」
「農場からついてきた猫の名前です。ソックスと名付けました」
「鑑定された時ということは……まさか、お嬢さまが猫に変化した姿を……」
「そうです。もふさまにも懐いているし、同じ翠色の目だからちょうどいいと思って……」
「父さまはご存知なのですか?」
兄さまが真顔だ。
「え? ソックスのこと? え、ええ」
「あの猫は雄ですよね?」
「え?」
「主人さま、あの子は雄でしたよね?」
『そうだな』
もふさまは顔を毛繕いしている。
「ええっ? ソックスって男の子だったの?」
『リディアは知らなかったのか? 何か意味があるのだろうと思っていたのだが』
…………。
わたしが変化して、雄の猫になる。性別が変わる、〝あり〟なのだろうか?
「猫の性別って見かけでわかるものなの?」
兄さまは眉根を寄せた。
「確かな見分け方は、尻尾をあげたらわかるでしょうね。生殖器で」
あーーーー、それかぁ。
なんてこと。
ソックスはお風呂嫌いだし、帰ってきてからも、洗ってあげる体力はないから、母さまに連れて行ってもらって、恐らくはハンナが洗ってくれたんだと思う。だからわたし、一緒に遊ぶぐらいで、世話をしてないから、全然見てなかったんだよね。
尻尾をあげたら雄ってわかっちゃうってこと?
「なぜ、雌だと思ったのですか?」
反対に、兄さまに尋ねられる。
「だっていつもうにゃうにゃ言ってお喋りだし、もふもふ軍団が一歩ひいた感じだから、女の子だからかと思ってた」
すると
『それは、魔物ではないからだ』
もふさまが冷静に言った。それが理由か……。
「……今から、猫を探しますか?」
「……いえ。翠の瞳の猫を明後日までに見つけるのは難しいと思うわ。それにすぐに懐いてくれるとは限らないし。その猫を見たことがあるとか、知っている猫である方がマズいよね。王族を巻き込んでいるんだもの」
町にいた猫だなんて、お披露目して足がついたらマズい。王族が嘘事に加担していたとバレるのは、かなり良くない。
全てが終わり、暴くためだったとなってからなら許されると思うけど。
だから他国から連れて来たソックスなら、ちょうどいいと思ったのだ。
「……お嬢さまがいいのなら、いいです。それで、実験とは?」
「……自分の意思で、変化してみようと思うの」
兄さまが息をのんだ。
「あれは起き上がれないぐらい、魔力を削られるんですよね?」
「多分だけど。魔力は使うと思うけど、あれは変化で削られたのではなくて、呪いを享受し、尻尾として切り落とすのに魔力がいったのだと思うの」
「……それで?」
「なれたとして、魔力をいっぱい使ったとか、戻れない可能性もある」
兄さまはわたしを不可思議なものを見るように首を傾げた。
「戻れなかったとき、兄さまに協力して欲しいの!」
「……具体的に、どんな協力ですか?」
グッと詰まる。すっごく言いにくい。
「その……すっごく嫌だと思うんだけど。わたしが人型に戻れたとき、……直前に……その……口が当たって」
くーーーっ、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「もし、自力で戻れなかった場合、同じ方法で戻れないか、た、試させて欲しいの」
兄さまの返事がない、恐る恐る顔をあげると、真っ赤な顔をした美女がいた。
「き、君は、あれが、人型に戻れた理由だと思っているのか?」
「……じゃないかと思ってる」
「もし私が断ったら、王子殿下に頼むつもり?」
え?
赤い顔した兄さまが、睨んでくる。
「兄さま以外じゃ……」
そこまで口にし。あれ。え。待って。もしそうだったら……嫌だな。誰でもよくて、節操なくキスすれば戻るものだったらどうしよう。
試したわけではないことに思い当たって、わたしは困惑した。
咳払いが聞こえる。
「わかりました。協力しましょう」
あ、よかった!
「でも本当に私が断ったら、どうするつもりだったんですか?」
「ひたすら頼み込んで……それでもダメなら」
「ダメなら?」
「脅すこともチラッと考えた。あ、でも、できなかったと思うけど」
「脅す? お嬢さまが私を? なんと?」
兄さまは余裕の笑みだ。
「できなかったと思う。けど。
協力してくれなかったら、言いふらすって」
「言いふらす?」
「兄さまは、トカゲに口づけするような人だって」
兄さまが口を開けたまま固まった。
かなり衝撃を受けている。
あれは事故だったけど、兄さまはトカゲのわたしに、おでこをコツンとつけていた。それが悪いとか気持ち悪いとか、わたしは思わないけど! 一度トカゲになった身だからね。でも世間の評価はいろんな意見があると思うんだ。
他の生き物に愛情深くいられる人の目を、自分だけに向けるのは難しい。
だから一般的に令嬢は、そういう人を恋人候補から外すと思うんだ。
兄さまに群がる令嬢をシャットアウトするのにも、いいかなと思って。
わたしが黒い心全開で考えた脅迫。使えないとは思っていたけど。
ふと見上げれば、未だ兄さまは固まっていた。




