第623話 子供たちの計画⑩法案
「エレブ共和国の気候で、育ちやすい木があるのかしら?」
木を育てるんだかなんだか知らない。けど、人の名前で土地を買うって、やはり自分の素性が知られたくないとか、悪いことをするためのような気がする。
「で、ブレドたちは、どうやって敵を追い詰めるつもりなんだい?」
大人しく聞いていたアダムが質問をした。
「なぜ、その者たちはフランツに罪をなすりつけようとしているのか、その点が一番気になっています。
わかっていることは、エレブ共和国に、ユオブリアの貴族が名を語られ、土地を所有した者がいるということだけ。確かに珍事ではありますが、これがわかっても大した問題にはなりません。名を語ったというところがユオブリアの法で問題になるくらいです。
ではなぜ、あちらは焦っているのでしょう? 大した罪でもないことを、フランツになすりつけようとするなんて。
罪を誰かに被せようとする、その理由として考えられるのは、大した罪では済まない犯罪が隠されているから、でしょうね。焦っているのは、犯罪にかかわることを、こちらがもう手にしているからかと思われます」
「え? どういうこと?」
慌てて待ったをかける。みんな少ない言葉で理解しちゃうから、わからない時はわからないと声をあげないと、どんどん先にいってしまう。
「私たちは敵が焦るぐらいに、情報を手に入れているのですよ。ただ結びついていないだけ。だからあちらは焦っているんです」
ダニエルが言葉を足してくれたけど。
え、え、え?????
「答えはもう出揃っているってこと?」
「恐らくね」
と、みんなが声を揃えた。
何それ。
「だから、こちらから攻撃を仕掛けます」
攻撃?
「罪を被せるのに、なぜフランツへと白羽の矢がたったのか、本当のところはわかりません」
「……それは前バイエルン侯の農場だからだよね?」
だよね?と確かめるように見回したけど、みんな頷かない。
「ええと。そうだとすると、あの農場で何かしたと決定づけることになる。フランツが何かを引き継いでいたとしても、あの農場の現持ち主はメラノ公だ。フランツが糸を引いていたでもなんでも、知らなかっただけでは免れない。メラノ公も何かしらの責任は取らされる。だとしたら、メラノ公も陥れられる側かもしれない」
えええっ。
こんがらがってくる。
そっか、わたしはあの場所で何か悪いことをしていたって知っちゃっているから、思考がそれに縛られているんだ。でも、わたしもそう聞いただけだし、ジャックたちがあそこにいたのは間違いないけど、何をしたかもわかっていない。
「あ」
「な、何?」
急に大きい声をあげたので、みんな一様に驚いている。
「もふさま、あれ出して。あの紙」
『リディア、みんなの前では、我に話しかけないことにしたのではなかったか?』
あ。
もふさまはみんなの注意を引きつけるように、子犬姿のままで宙返りをした。
すると、一枚の紙がひらりと落ちる。
しまった。犬が収納箱みたいの持ってたらまずいね。
もふさまの中のお遣いさまに言ったことにしようっと。
「お遣いさまに預けていたの。トカゲだと見るのに時間がかかって。解読しようとしたんだけど、意味がわからなくて。ジャックたちが仕事場を移すときに、農場に残していた資料の一部よ」
何枚か拝借して実際のを見ていた。そのうちソックスと一緒にドタバタと農場から出てしまったので、もふさまに預けたまま帰ってきてしまったのだ。
書類はほぼ数字の羅列で、計算式にしてもどんなものか、さっぱりわからなかったやつだ。
父さまたちに見てもらうつもりで……すっかり……。
みんなが食い入るように見た。
「わからねー」
一ヌケしたのはブライだ。
「わかりません」
とルシオとイザークが脱落して。
「殿下、これ、もしかしてコード表ではないですか?」
ダニエルがそういうと、殿下ふたりはさらに紙をじっと見た。
「リディア嬢、他にはないの?」
「ええと……」
わたしは見せ収納袋から記録の魔具を出した。
レオたちが書類を片っ端から撮ってくれたものだ。
次々と書類を送って見ていく。そして手を止めた。
コード表なる書類と交互に見ている。
「コード表って何なんだ?」
ブライが尋ねる。
「暗号の元になる表のようなものを、総体してそう呼ぶんだ」
「「暗号?」」
ブライとルシオが、目を輝かせた。
ダニエルは薄く笑う。
「暗号といっても、これは星ならびに準じたものを示すってことだと思う」
よくわからないけど、ダニエルがいうなら、そうなんだろう。
「これは!」
ロサが息を飲み、アダムが頷く。
「何かわかったんですか?」
「これは多分、ユオブリアの座標を示している」
え?
魔具のボタンを押し、何枚か画像をめくっていく。
「この書式と、座標と、金額のような数値。このよく出てくる記号は……解読しないと正しくはわからないけど。恐らくこれは、売買契約誓約書の草案だ」
「まさか?」
兄さまにアダムが頷く。
「ユオブリアの土地が買われているのだろう」
?
「え、外国に? ユオブリア民しか土地を持てないよね?」
外国人がユオブリアの土地を買えるのも謎だし、誰の持ち物だとしても、その契約誓約書に関するものがエレブ共和国にあるというのも不気味だ。
国土は国持ちだ。結局、国のもの。賜った領地でさえ、所有者ではあるけれど、所有権はない。各領地内で、領主の考えたように権利を主張することはできるけれど、王の言葉で全てはちゃぶ台返しが可能だ。
つまり、領地を持って住んでいるが、忠臣だとされているからで、税という形でいろいろと納めている。
領地内のことは各領主に任されている。だから国と同じ感じで売り買いしている領地も多い。シュタイン領もそうだ。
お金持ちが、他領に土地を買うこともあるけれど、その広さにより、国からの調査が入ることもある。別荘くらいなら、何も言われないけど。
「ああ、外国人ではなく、多分ユオブリア民がだな」
数枚の書類を見て、アダムが目を細めている。
その書類がなぜ外国に?
「……数年前、土地を返納しなくてもいいように、法を変える案が出たな……」
アダムが独りごちた。
「あれねー」
みんな頷いたブライに、失礼にも〝嘘だろ何でお前がそんなこと知ってるんだよ?〟という顔で振り返る。
「何だよ?」
「あ、いや。お前、何でそんなこと知ってんだ?」
「だって、そのせいじゃねーか、あの土地活用について作文書いてこいって、宿題が増えたの。他国との比較をしろとかまで言われてさー」
ブライは迷惑そうにため息をついた。
「外国なんか行ったことねーのに、何で外国の土地活用について調べなくちゃなんねーんだよ。本は外国語でしか書かれてねーから、兄ちゃんに訳してもらって、スッゲー高くついたんだ」
腕を組んでふんふん頷いている。ジェイお兄さん、翻訳でお金とったんだね、実の弟から。
それにブライ、今回の作戦も外国の土地活用を目的としているのに、真っ向から否定している。ダメじゃん。




