第621話 子供たちの計画⑧密偵
元々は、もふもふ軍団がエレブ共和国のグレーン農場で聞いてきたことだ。
恐らくジャックが現場でやったこと。
もふもふ軍団はそこでキートン家の名前を聞いた。その他よく出ていた貴族の名前、それらを調べてみると、7年前キートン夫人を陥れた詐欺師を調査していた人たちの名前だった。彼らがエレブ共和国にて土地を買ったことになっていた。彼らもエレブ共和国に行ったこともないし、土地を買ったこともなかった。
もふもふ軍団がグレーン農場に潜んで得た情報とは言えないから、世界を股に掛ける商売人のウッドのおじいさまが、商談中に耳にしたこととした。おじいさまはキートン前侯爵夫人と懇意にしている。エレブ共和国に土地を持っているという話は聞いたことがなかったので不思議に思い、キートン夫人に聞いてみると、キートン夫人も現侯爵さまも覚えのないことだという。クジャク公爵家の力を借りて調べたところ、キートン家の名前で本当に土地が買われているとわかった。その他、ユオブリアの有名どころの貴族たちの土地もあった。彼らも身に覚えのないことだった。
キートン夫人が代表し、クジャクのおじいさま、ウッドのおじいさまの付き添いのもと、国に申し出た。知らないうちに名前を使われて、他国で土地を買われているんですけど、と。それを受け、ユオブリアがエレブ共和国に、彼らのものってことになってるんだけど、買った覚えがないって言ってるんだ。こっちでも調べるけど、どういうことか調査してくれる?って依頼を出した。現在進行形で調べている。
そこまで聞いて、アダムは上品にカップに口をつけ、紅茶を飲んだ。
「気を悪くしないで欲しいのだけど、その密偵はどれだけ信じられるのだろう?」
え。
ロサが唇を噛む。
ロサは少し思い当たっていたのかもしれない。確かめるべきところだと。
だって、その発端の情報が捏造されたものだとしたら、話は全く変わってきてしまう。
疑ってかかれば、兄さまが自分が助かるためにでっち上げとも、とることができるからだ。
でもロサは、兄さまを丸ごと信じたのだろう。
「絶対です。信用できます」
兄さまが静かにいう。
アダムは組んだ腕を解かなかった。
ま、そうだよね。兄さまの一人相撲とも受け取れるもの。
……仕方ない。
「わたしを信じられますか?」
場がシーンとする。
「……どういうこと? 君の信じる、シュタイン家に与している者からの情報だから確かだと?」
アダムの声は微かに怒りを含んでいる。話にならないと〝パサリ〟と斬られそうだ。
「トカゲのわたしが、聞いてきたことだから確かです」
誰もが固まった。みんなが目を大きくして、わたしを見ている。少しの間、言葉を発しなかった。
「はっ、君、トカゲの姿で農場に忍び込んだの? それで情報を取ってきた? ……お遣いさまを足にして、外国まで行ったのか。それを君は許したのか?」
最後にアダムが、兄さまへと声を荒げたのでびっくりした。
「それは、わたしの独断で……」
「無謀すぎるだろ」
アダムが、本気で怒っているのを感じる。
「フランツ、悪かった」
いきなりイザークが兄さまに謝る。
「何が?」
「よく、リディア嬢を閉じ込めておきたいって言ってたろ。君が束縛心の強い、危ない奴なんじゃないかって思ってたんだ。でも、君の気持ちがわかったよ。これは閉じ込めておかないと危ない」
なんか、話が変な方向に……。
「ちょっと待って。わたしが無謀だったのは反省しているし、よくなかったと本当に思っているの。でも、聞いてきたことは本当よ。
ジャックっていうのが現場の成人したてぐらいの男の人で。この人は悪いことをしている自覚があるみたいだった。それでいて、それをやらせた貴族が、自分たちに罪を被せる気だって話していたの。
でももっといい立役者をみつけたんだろうって。それが兄さま。兄さまがあの地で、何か悪いことをしていたら、前バイエルン候の仕事を秘密裏に引き継いでいたと、世間は考えるだろうから都合がいいって。
実際兄さまが、クラウスさまかどうかはどうでも良くて、クラウスさまだと噂が出たから、それと結び付けられればいいと。
それから、農場の人がジャックたちがカザエル語で話すのを聞いたことがあるみたいだった」
わたしは、カザエルのご飯炊きの仕事をしていた祖父を持つ農夫のひとりが、そう言っていたことを告げた。
みんなカザエルと聞いて表情を変える。カザエルのことも知っていたみたいだ。
「待ってくれ。リディア嬢たちは、どうして、土地買いの件もメラノ公がかかわっていると思っているんだ?」
アダムが首を傾げる。
あ。これはバラさないとか。
わたしは1年ほど前に兄さまがバイエルン公と似ていると言われ、実はその時点で、巻き込まれるのではないかと危惧していたことを話す。そして、スキルを使って、前バイエルン候が所有していたグレーン農場を探っていたのだと。
「実はその時に、キートン家や他の方々の家門の名が出てきて。おかしいと思って……失礼だけどキートン夫人にエレブ共和国に土地をお持ちか聞いたの。そしたら持っていないし、買ってもいないとわかって。ウチがあのあたりを調べていたというと藪蛇だから、そこからは親戚の方々が知ったことのようにしてくださったの」
「ということは、土地買いの話の元は、メラノ公のグレーン農場で聞いたことで、それを辿り調べたら、それが事実だったってことだね?」
アダムに念を押され、その通りだったので頷いた。
「悪いけど、その農場に〝ジャック〟がいるのか、調べさせてもらうよ」
「あ、少し悪い男風のジャックと、ひょろんとした人と、いかついトカゲ嫌いな人は農場で間借りしていて、今は別の場所にいる。その場所は……ちょっとわからない。農場のオーナーのカルビさんもジャックの上司には頭が上がらないんだって」
農場にジャックがいるかどうかを調べるというので、慌てて〝いた〟んだという情報を伝える。
恐らく、違う角度から2つ以上照らし合わせ〝事実〟と認められるかどうかを、信じる最低限の条件としているのだろう。
例えば、土地買いの話をグレーン農場で聞いたことかどうか本当のところはわからない。でも調べてみたら、本当に知らないうちにエレブ共和国にて土地を買ったことになっているユオブリアの貴族がいた。それは国でも調べた事実。ゆえに、全部を信じるわけではないが、恐らく事実であろう、というような。
アダムはわたしのトカゲ姿を見ている。だからトカゲの姿で偵察してきたというのも、突拍子もないけど嘘八百と言い切れない。お遣いさまという足があるだけに外国への移動も想定できる。けれど、本当に農場に偵察に行ったかどうかはまた別問題。兄さまを助けたくて、そういう筋書きにした線も否めない。わたしの話す通りジャックの存在を確かめられたら、嘘ではないようだと認めてくれるのだろう。




